ただあなたに会いたくて
あなたの声が聴きたくて
届かないと分かっているのに月に手を伸ばす


世界の裏切り 第64話


私のことはどうやらシャルがホームにいる仲間たちに伝えたらしい。クロロにもその情報は行っていたらしく、私の携帯にメールでお前は馬鹿だなと送られて来ていた。何故だろうか、その言葉が呆れと優しさが込められている気がするのは。もしかしたら本当にその意味しかないかもしれないのに。
他の人達も私に暖かい言葉を送ってきてくれていた。今度流星街に来なよというお言葉に甘えて、ぜひ訪れてみようと思う。異臭が凄いけど。


蜘蛛との問題を片づけた今、私が抱えている問題はイルミとの関係だけだった。私は彼とも向き合おうと決めた。もう、これ以上逃げ続けるのは辛いし、寂しい。記憶を失った私と出逢った時の彼は私のことを愛していると言っていた。あの言葉が嘘ではないなら、今まで私のことを避けていた彼はどういうことなのだろう。それが分からなくて数日悩んでいた。
会いに行きたくても、彼がまた拒絶するかもしれないと思うとどうしても勇気が出ないのだ。
そのことをホームに戻ったシャルに相談すると、妬けると言われてしまった。兄妹なのに、と言えばそれでもにとっての一番は俺が良いの!と普段あまりそんな事を言わない彼から訊かされてしまい、電話越しに照れる。
とにかく、私が彼に会う勇気が無いのは彼と同じ成長過程を歩んでこなかったからだ。外見も精神年齢も彼に釣り合わない。彼は24歳なのに、私の姿は19歳。ずっと同じ私たちが変わってしまったことが心の距離を生んだのだと思う。
それなら、私の身体を元の年齢まで引き上げれば良いのではないか。精神年齢はたぶんどうやっても上げることは難しいと思うが、外見なら多大なオーラを消費させるだろうが変えられる気がする。失くした記憶だって取り戻せたのだ。きっと出来る。
そう思って行動に移してみたが全然外見が変わらない。しかし、大量にオーラが消費されているのが分かる。時々骨が音を立てているように感じるから、もしかして元の年齢に成長するには時間がかかるのかもしれないと判断した。
なるべく体力を使わないようにベッドに寝そべる。
「24歳に成長して」
寝そべりながらも何度も身体に言い聞かせるように念を使う。出来るだけ彼との差を縮めたい。双子なのだ、一緒が良いに決まっている。




はっと目を覚ました。いつの間にか眠っていたようだった。今は、何時だ。そう思って壁にある時計を見ると20時。念をかけ始めたのが13時頃だから7時間寝ていたことになる。身体が若干重いことから7時間の間に念を消費して成長に費やしたのだろう。そう推察して携帯の画面を開く。
「えっ」
しかし画面を見て驚く。私が念をかけ始めたのが10月20日だったのに、現在は10月23日。つまり三日間眠り続けていたということだ。私は急いで全身鏡の前に立った。
身長はあまり変わらない。けれど数センチは伸びているようだった。髪の毛は五年の歳月を感じさせるには十分に伸びていた。以前と同じがそれ以上だ。ああ、本当に良かった。髪の毛だけでもイルミと同じようになれて、胸が締め付けられる。顔は自分でも判断が出来なかった。5歳も一気に老けるのだから分かるかと思えっていたのだが、きっと私が念能力者だからだろうさして変化が見られない。体型もこれといって変わっている所が無いから、もしかしたら若いままでも良かったのかもしれない。
――そうだよね、私たちは男女の違いがあるし身長に差があるのだって当然だ。
そう思う一方で、もう少しでも良いからイルミに近づきたかったという思いもある。彼はこの私を受け入れてくれるだろうか。
「あ、まだ精神年齢が残ってた…」
外見よりも難しい問題を突きつけられてどうしようと考える。精神年齢を高めるためには色々な経験が必要だろう。その年月分に合った年齢しか得られない。はあ……どうしよう。まだまだイルミに会いに行くことは出来ないのかな。そう沈んでいるとピリリリリと携帯が鳴った。誰からの着信だろうか、と画面を覗くとそこにはクロロという文字が。
どきっと心臓が一瞬跳ねる。私は廃墟を飛び出して以来、一度も彼と話してすらいない。どうやら彼はまた一人で姿を眩ませたらしく、どこにいるのかは旅団の仲間たちでさえ知らない。そんな彼からの電話。元はと言えば彼が私の記憶を奪った元凶だが、今となってはそんな彼のことをほとんど許しかけている自分がいた。
「もしもし」
「俺だ」
結局、悩んだが彼の電話に応じた。名前ではなく、俺だと言う所がクロロらしい。久しぶりと言えば、彼はそうだなと返して何故かフッと笑った。電話越しでも聞こえたその音に首を傾げる。彼は何故今笑ったのだろうか。そう考えていたのが伝わったのか、彼は利用されていた相手に久しぶりってのはお人好し過ぎると多少呆れの混じった声で言う。確かにそうかもしれないけれど、本当なら私から能力を奪うことが出来たのに奪わないで手元に置いておいた彼も彼だと思う。勿論、何かしら障害があるだろうから取捨選択したのだろうけど。だけど、私は彼がルビーのイアリングをくれたことを今でも覚えている。
「それで、お前は結局両方を取るのか」
「うん。どっちかを捨てるなんて出来ないから」
我が侭だな。そう言う彼に、私を盗賊に引き入れたのは誰?と返す。そうすれば彼はそれを見越していたかのようにそうだなと小さく笑った。まあ、私は両方を取ると言ったけど普段は演説屋としての仕事を続けるつもりだし、なるべく殺しが行なわれる活動には参加しないつもりだ。そのことはクロロたちにはまだ内緒だけど。
「ところで、お前。イルミとはもう会ったのか?」
「……まだ」
暫く会っていなかったというのに突然の鋭い指摘に心臓が跳ねる。駄目だ、こんなことで一々動揺していたらこれから先が思いやられる。彼は私の言葉にやはりなと頷いた。何でもかんでもお見通しなのだからどうせなら精神年齢のことについて相談してみようかと口を開く。そうすればやはり彼は私が思っていたことと同じように上げようと思って上げられるものではないだろうと答えた。
「精神年齢を上げるために何かをするのではなく、何かを乗り越えて精神年齢が上がるものだと俺は考えているがな」
「そうだよね…それは流石に無理やり能力で上げられないよね…」
はぁ…と溜息を吐く。博識な彼でもそう答えるのだからこれはそのままということなのだろうか。こんなんじゃイルミに会ってもまた避けられるだけかもしれないと思うと、気分が落ち込む。そんな私の状態を知ってか知らずか、彼は別に無理して精神年齢を上げなくても良いだろうと呟いた。
「お前はお前なんだから、そのままで十分だ」
ごく自然に吐かれたその言葉。十分…?思いもよらぬ言葉に驚きというよりも疑問の方が強かった私は戸惑った。だって、今の私は19歳程度の精神年齢しかない。イルミは24歳なのに、それがどうして十分と言えるのだろう。
「お前は思い込む癖があるな。そんなんじゃ自ら視野を狭めているに他ならない」
なぜ、何から何まで同じではないといけないと思っているんだ。そう続けられた言葉にだって、と口を開く。イルミは私が目を覚ましてからずっと私のことを避けてきた。今まで一緒にいない時の方が珍しい状態だったのに、あの時以来私たちは言葉さえ交わさなくなってしまった。以前と今の違いを考えてみたら自分の成長が遅いからだと私は頑なに信じていて、それ以外は考えられなかった。
「他にも原因があるかもしれないということを考えろ」
とにかく、お前はお前だ。そう彼は言って一方的に電話を切った。ツー、ツーと電子音が静かな部屋に響く。言いたいことだけ言って切ってしまった彼に、彼らしいと溜息を吐く。
――私は私、か。
彼が言っていることは理解できる。だけど本当にそうなのか信じることが出来ない。イルミに対しては何故だか自分でも驚くほど臆病になってしまった。受け入れてもらいたいから必死になって、だけど受け入れてもらえなかった過去のことをいつまでもずるずると引きずっている。
「イルミ……」


2014/03/26

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