ねぇ、小さな私
もう怖がらないで
進むべき道は決まったの


世界の裏切り 第63話


あの後私はレオリオと別れてカフェを出た。用事を思い出したからと言う私に、行くんだなと彼は肩を叩いた。終わったらまた連絡するね、ありがとう。と言って私は彼にもう一度会うためにあの廃墟に向かった。
タクシーを捕まえて出来るだけ近くまで行くけれど、その間ずっと彼らがいなくなっていたらどうしようと不安だった。オークションの宝は全部頂いて、ウヴォーの弔い合戦も果たしたし、この街に留まる理由が無い。彼を亡くして皆はきっとこの街に良い思いがしていないだろうし。
どうか、いてくださいと願う。
タクシーを降りる時、運転手がどうしてこんな所にと怪訝な目を向けるのが分かった。私が彼に多めのチップと料金を与えると、彼は何も言わずに元来た道を引き返していく。
一週間ぶりの廃墟。周りの建物は特に変わっていないような気がする。その廃墟の間を通って彼らがいた廃墟に向かって歩いた。まだまだ距離はあるけれど緊張から心臓が平生より速く打っている。
足音を鳴らさずに歩き続ける事十数分。とうとう彼らと最後に会った廃墟に着いてしまった。人の気配はしない。円を広げようかと思ったけれど、それに気付いた彼らに攻撃を仕掛けられるのも嫌だったからそのままギィ…と軋む扉を開けた。
暗闇の中をゆっくり歩く。今ではきっと私の立場は仲間では無いだろうからいつ攻撃をされても臨戦できるように心構えた。いつも彼らが集まって自分の興味あることをしていた大広間に着く。ぽつん、と自分一人が存在していた。
誰もいない。やっぱり、本当のホームに帰ったのだろうか。私の繋がりと言えばケータイの中に入った彼らのアドレスとこの場所だけ。彼らのホームがどこにあるのかさえ、私には知らないのだ。知らされてなど、いない。
「シャル…!!」
自分の心細さが表れた声が廃墟に反響する。クロロ、パク、マチ、ノブナガ、フィンクス…!!何度も彼らの名前を呼ぶ。全部全部、廃墟の中に吸い込まれて、消えた。皆、いない。私の傍から離れて、私はまた一人ぼっちだ。あの時笑い合ったことも、少しずつ仲良くなったことも、皆にとってはどうでも良いことだったのかな。私にとっては代えがたい幸せだったのに。
「シャル……好きなのに…」
もう一度会いたいよ。溢れてきた涙を指で拭おうとした時、背中にとんっと衝撃が加わって腰に逞しい腕が回された。
――ああ、この腕は、この匂いは。
ぎゅっと抱きしめる強さが増す。
……何で戻ってきたの?」
「シャル…」
そっと呟かれた言葉は、彼が私の肩口に顔を埋めたことによって、くぐもって聞こえた。
――だって、だって、忘れられるわけがないじゃない。あんなに幸せだった日々を、あんなに大好きだったあなたをそう簡単に忘れられる訳が無い。苦しくて、悲しくて、何度も泣いたけど、それでももう一度あなたに会いたかった。愛してほしかった。
「俺はを利用していたんだよ。大切な家族と引き離して、記憶まで奪って…」
だから俺はを諦めたんだ。なのに戻ってくるとか…バカなの?そう呟いた彼の腕の中で身を捩り、彼と向き合う形になる。彼は薄く隈が出来ていた。でも、それ以外はいつも私に優しくしてくれていた彼と何も変わっていない。あの時、私に真実を告げた時の彼の姿などどこにも無かった。
「私のこと、好きって言ったのは嘘だったの…?」
震える唇に叱咤して私が本当に訊きたかったことを訊ねた。彼は私を抱きしめる力を強くして違うと言った。
ああ、それなら良いのだ。もう、良い。彼の気持ちが嘘ではなかったのなら、私はそれだけで十分だった。
「記憶を取り戻したら、は俺たちよりも家族を取る。それが怖くて…あんな酷い事言ってごめんね」
「うん、傷付いた……」
瓦礫の中でそっと二人で寄りそう。彼はどうして私の記憶を奪ったのかを教えてくれた。クロロがどう考えていたのかは分からないけれど、最終的には私のことは私に自由にさせるつもりだったらしい。きっと、あの時私にイルミを合わせるようにビルの外に導いたのは、彼の最初で最期の私への思いやりだったのかもしれない。皆は今は流星街のホームに戻っていると彼が話してくれているのを、ずっと腕の中で頷く。皆が出てったことに残念がってたと言われた時には嬉しくてまた涙が溢れてきた。良かった、私は皆にとってどうでも良い存在なんかでは無かったようだ。特にパクが心配しててさ。そう穏やかに言う彼にうん、と返す。私の記憶を奪った諜報人であるけれど、人一倍私に優しくしてくれていたパクノダは、きっとその分罪悪感が強かったんだと思う。今度会った時はまた仲良くしてくれるかな。
「クロロは、が蜘蛛を取るのも家族を取るのも好きにしろって感じだった」
「酷い人…」
そう言いながらも私は彼の優しさを感じていた。きっと私が記憶を取り戻した時点でするべきことのベストは私の能力を奪った上で口封じをすることだっただろう。それをずっと放っておいて、選択肢を与えてくれるのはきっと少なからず私のことを仲間として思ってくれていたから。自惚れかもしれないけれど、何度かそういうことをしてくれた彼だから、そう思えた。


「ねぇ、シャル。私、蜘蛛か家族なんて選べない」
暫く話を聞いていたけれど、その中で分かったことは自分の気持ち。こんなこと言って、強欲だと思われるだろう。だけど、私にとってはどちらもかけがえのない存在だった。私の蜘蛛での存在はただの補佐で準蜘蛛という感じだったけれど、私にとっては大切な仲間。その仲間と家族のどちらかが欠けなくてはいけないのは、辛い。私にとってはどちらも愛しい人たちで一杯だから。
「そう言う風に言う気はしてた」
「分かってたの?」
は分かりやすいから。そう言われてそうかなと目を伏せる。
「良いんじゃない?盗賊らしくてさ」
「……うん、私は…蜘蛛も家族も両方欲しい」
にっこりと笑った彼に自分の思いを告げる。どちらも諦めたくない。どちらとも向き合って、またあの時のような関係に戻りたい。シャルがここで一人残っていたのだって私と向き合う為だった。それなら、私も頑張って皆と向き合わないと。
そして私のことを納得してもらいたい。


――シャル、ありがとう。私のことを好きになってくれて。ずっと、ずっと忘れてしまう程昔に友達になってくれた、大切なシャル。
「もう、離さないから…」
「私だって」


2014/03/23

inserted by FC2 system