忘れたくても忘れられない
だって、私は今でもあなたのことが好きだから


世界の裏切り 第62話


あの後自分がどうやってホテルに泊まったのかは微かにしか覚えていない。降りしきる雨の中、私はびしょびしょになってベッドに沈んで眠った。おかげで翌朝、目が覚めた時頭痛がしてとても不快だった。
だけど、そんな不快度指数などどこかにいってしまう程に、昨日の出来事は私にとって衝撃が大きかった。いったいこれから何をすれば良いのか。ヨークシンシティはもうオークションが終って落ち着きを取り戻している。ぽつんと自分一人がいるこのホテルの部屋で、ただただ昨日の悲しみが襲ってきて私はぐしっと鼻水を啜った。
――家族を失って、仲間も失った。
今まで心の拠り所になっていた彼らが裏切ったのかと思うと酷く寂しくて、胸が引き裂かれそうに痛んだ。


――私は、いったいこれからどうすれば良いのかな。




ピリリリリリリ、と携帯の着信音が鳴る。誰だ、一体。こんな朝から迷惑な奴だ。そう思ってベッドから二日酔いの頭で時計をちらりと見上げると時刻はもう11時だった。くそ、朝じゃなかった。そう思って未だ鳴り続けている携帯に手を伸ばす。電話番号は知らない相手だった。
どうせ間違い電話だろうとそのままにしておくことも出来たが、俺はあえてその電話に出ることにした。
「あー、もしもし?」
『…レオリオ?私、
ごめん…もしかして、寝てた?と言う彼女の声に、瞬時に目が覚める。は?え?から電話?一度耳から携帯を話して画面を見るがやはり知らない番号だ。もしかしたら携帯ではなくてどこかホテルなどで電話をかけてきているのかもしれない。
「ああ、別に大丈夫だ。どうしたんだ?」
『…私、どうしたら良いか分からなくて…レオリオの電話番号しか覚えてなかったから』
きっと彼女は気を遣って電話を切るかもしれないと危ぶんで、平静を装う。彼女の声は、キルアを助け出した時以来聞いていなかったが、どことなく沈んでいる。それに加え、すんと鼻を啜る音が聞こえてもしかして泣いているのではないかと、何か彼女の身にあったのかもしれないと胸がざわめいた。
、今どこにいるんだ?」
『ヨークシンのホテルに』
電話越しでは彼女の表情も見えないし、ただでさえ表にでない彼女の感情も読みにくい。出来るなら会って話がしたいと思えば、彼女はヨークシンシティに来ていたらしく、幸い俺も暫くヨークシンシティ付近のホテルに泊まって観光していたから(恐ろしいこともあったけどな)午後3時にフォリア通りのカフェで会うことにした。




カフェで頼んだカプチーノに口を付けながらレオリオを待つ。彼には申し訳ないことをしたかもしれない。いくら彼の電話番号しか覚えていなかったとは言え、急に会うことになってしまって彼にも予定があったのかもしれないのに。彼は確か医大を目指していたから猛勉強していた筈だろう。だけど、誰かに頼りたかったのも事実。ただ、話を聞いてもらえるだけでも心の負荷が落ちる気がして、気付けば彼と会う約束を取り付けていた。
「悪い、待たせたな」
「ううん、久しぶり」
からんからん、とカフェの扉を開けて入ってきたのは相変わらずスーツ姿が似合うレオリオだった。私の前の席に座った彼は、注文を取りに来たウェイターに私と同じものを頼む。それでひと段落ついたのか彼は改めて私のことを見やった。
「急に悪かったな、呼び出しちまって。何か元気ないみたいだったからよ」
「ううん、来てくれてありがとう」
穏やかなジャズが流れるカフェの中で私たちの声が小さく響く。話したくないんだったら別に話さなくて良いけどよ、何かあったんじゃないのか?そう優しい配慮をして訊いてきた彼にうん…と返す。思い出すのは私を抱きしめて泣いたイルミと、最初から利用していたのだと叫んだシャルナーク。あの出来事からもう既に一週間経っている。その間私はずっと、ただぼーっとホテルの中で過ごして、思い出しては泣いてを繰り返していた。
「実は…」
震える唇を開いて彼を見つめる。あの出来事を自分の口から話すのはとても勇気が必要だった。だって、口にしたらそれが事実として私に伸しかかって来るから。まだ現実を見つめたくなかったけれど、だけどこの胸の苦しさを誰かに共有してもらいたくて、私は幻影旅団などのワードは避けて彼に話した。仕事先のパーティーで意識を失った後記憶を失っていることに気付いた私を新しい仲間として受け入れてくれたこと、その彼に恋をして恋人同士になっていたこと、だけど記憶を取り戻したら実はその仲間が私の記憶を奪い能力の為に私を利用していたのだと暴露したこと。全てを話した。
「裏切られたのに…彼を忘れられないの…っ」
あんなに酷いことを言った彼を、今でも好きでいるなんて私はきっと彼の目におろかに映っているのだろう。きっと、忘れた方がお前の為なのだと彼は言うかもしれない。溢れてきた涙をハンカチで拭く。
彼は非情に複雑な表情をしていた。憤っているようだったし、同情しているようでもあった。何度か何かを言おうとして口を開いたり閉じたりする。
「ひでぇ奴だな。その仲間ってのもそうだ。そんな奴らのことなんて忘れちまった方が良い」
やっぱり、そうだよね。苦々しい表情でそう言った彼に諦めに似た感情が表れる。しかし彼の言葉はまだ終わっていなかったようだ。先程とは違って困ったような表情をしている。
「でもはそれじゃあ嫌なんだろ?自分の感情に従え」
「自分の感情……」
ぽつりと呟いた私に、彼はそれでまた傷付いた時には俺が慰めてやるよ!とにっこりと人を安心させるような笑みで言った。
――私の感情、それは、もう一度シャルに会いたい。シャルだけではなくてパクや皆にも。もう一度私の気持ちを伝えたい。たとえ裏切られていたのだとしても、私は本当にシャルや皆が好きだったということを。今でも好きだからこの胸が苦しいのだということを。
だから何?って言われるかもしれない。態々ご苦労様って言われてまた攻撃されるかもしれない。そうなったら喧嘩をしてやろう。今まで彼とは一度も喧嘩なんてしたことが無かったから、お互いに本音をまき散らすのも良いのかもしれない。
「ありがとう、レオリオ」
「別に何もやっちゃいないがな…」
私がどことなく気持ちが吹っ切れたのを察知したのか彼は照れくさそうに頬を掻いた。
何も、なんてことはないよ。だって、レオリオが私の話を聞いてくれたから私は自分の気持ちに気付けたんだもん。彼らのことが今でも好きなら、会いに行ってもう一度話を聞けば良いじゃないか。
「レオリオは絶対良いお医者さんになるよ」
「そ、そうか…?」
ありがとな、と照れ笑いを浮かべる彼に、お医者さんになったら診てもらおうかなと笑った。めったに倒れない私でもたまに倒れたりすることはあるだろうから、その時を楽しみに取っておこう。


2014/03/23

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