このまま、時がゆったりと過ぎて行けば良い
そんなことを願う程
私はあなたが大切で、愛しくて――


世界の裏切り 第60話


「俺たち、付き合うことになったから」
広間にいる人間の視線が、繋がれた手に向かうのが分かる。こういったことで注目されることになれていない私はとても恥ずかしくて、思わず下を向いた。
「やっとくっ付いたのね。見てるこっちがもどかしかったわ」
「おめっとさん」
「シャルあんた、を泣かせてごらん、アタシがあんたの手足切り落としてやるから」
各々向けてくれる言葉に違いはあれど、私たちの仲を祝福してくれているようで、嬉しく思った。しかも、あのフェイタンまでもが私の近くに寄ってきて、手の上にあるものを乗せた。
「手錠……」
「…お互いを逃がさないようにするためね」
そう言ってふいと顔を背けてしまった彼に、ありがとうと笑う。プレゼントの内容は流石フェイタンといった感じだが、そういった行為をしてくれる彼は大変貴重だろう。そうすれば、彼はそそくさと自室に戻ってしまって、きっと照れ臭かったんだなと微笑ましくなった。
一通り報告が終わったので、私たちはあらかじめ決めておいた予定通りに、街へ出かけることにした。


「あー、やっぱりセントラルパークにしといて正解だったね」
「うん。ゆっくり自然を見ながら散歩ができるもんね」
ぴちちと可愛らしい鳴き声をあげながら楽しげに飛んでいる小鳥や睡蓮が綺麗に咲いている池を眺めながら、私たちはゆったりと過ぎていく時間を感じていた。お互い、自然に手を繋いでいて――まだ少し恥ずかしい気持ちが抜けきらないのだけれど――森林浴を楽しむ。半歩前を進むシャルがゆっくりと私の手を引きながら、この自然公園のことを穏やかな声で話してくれる。
「あ、あそこにある建物はさ、この公園を作ったピーター=ルーカスのお墓なんだ」
「あれがお墓なんだ…全然そんな風に見えない。だって、あんなに小さな古城みたいなのに」
背の高い柳の木に囲まれながらひっそりとたたずんでいるそのゴシック様式の墓に、私は軽く驚いた。だって、こんなにきちんとしている建物なら誰か人が住んでいてもおかしくはなさそうに見えたのだ。
そんな私を見てシャルはふふっと笑い、近くにあったアイスクリーム屋さんから二つアイスを買ってきてくれて私の手に渡した。昼でも少し肌寒いこの季節にアイスは寒々しく感じるけれど、そんな中でアイスを食べるのもまた楽しい。一緒に食べているのがシャルだからなのかな。因みに私のはイチゴ味で、シャルのはバニラ味。バニラの色がまるでシャルの髪の毛の色みたい。そんなことを思いながら、私は小さなスプーンでアイスを掬って口に運んでいく。
「ちょっとちょうだい?」
「うん、私も貰っていい?」
お互いのアイスを少しずつ貰いながら、私たちは自然公園の中を歩いて行った。途中、大きな池に到着して、カモの親子がすいすいと泳いでいる様を見つめる。カモたちは時折この公園を訪れた人たちからパンくずを貰ってガアガアと嬉しそうに鳴いていた。
ベンチに座って暫くそんな光景を言葉少なく眺めていると、くしゅんっと小さな嚔が出てしまった。そこまで寒いわけではなかったが、水辺で何もせずにじっと座り込んでいて身体が冷えてしまったのだろう。
「ほら、これであったかいだろ?」
「うん、ありがとう」
そんな私を慮ってくれた彼が彼の首に巻かれていたストールを私に巻きなおしてくれる。今まで蓄積されていたシャルの温もりが首を温めてくれて無意識に頬が緩んだ。
私たちはベンチから立ち上がり再び散歩を続けることにした。秋の少し冷たい空気が私たちを包んで、シャルは私の左手を彼のポケットの中にお招きしてくれる。それに嬉しくなってぴとっと彼の逞しい腕に頭を凭れさせた。
――ああ、なんて幸せなのだろう。
移ろいゆく木々の色や、夏が終わり色あせた花々を眺めながらゆっくりと足を進める。歩幅が違う彼は私の歩調に合わせてくれて、たったそれだけのことなのに、私の事を考えてくれている彼が堪らなく愛しい。
元々、このデートにはあまり口数は少なかったけれど、今は二人とも無言で景色を眺めている。しかし、空気で私たちが繋がっている事を感じられているのだ。言葉が無くても、私たちの気持ちは通じあっている。
心地よい沈黙に満たされながら、自然の奏でる音に耳を澄ませた。二羽の番の小鳥がぴちちと歌を歌いながら私たちの頭上を通り過ぎていく。
途中、小さな薔薇園を見つけてその中を散策することに決めた。色とりどりの薔薇に囲まれて、その香りを楽しみながらシャルとの会話に花を咲かせる。
「あ、この薔薇可愛い」
「ああ、これはクイーンネフェルティティって言うんだ。花びらが多いのが特徴だね」
博識な彼は多くの種類の薔薇の名前を教えてくれて、その度に新しい知識が私の中に増えていく。




薔薇園の奥まった所に小さなカフェがあることを発見した私たちはその中に入って紅茶を楽しんでいた。この店自慢のローズティーは先程見て回った薔薇園の薔薇を実際に使っているようだった。どうりで香りが豊かなわけだ。それに合うショートケーキを頼んでフォークでさくさくと切って口に運んでいく。ショートケーキの甘さとローズティーのほのかな酸味が溶け合って最高だ。
先程から食べてばっかりな気がして、太っちゃうねとシャルに言うと彼はいつも動いてるんだからそれくらい大丈夫だよと言って笑った。
そんな彼の言葉に素直に頷いてケーキをまたぱくり。本当に、甘いものを食べている時は幸せだなぁ。それに目の前には恋人がいる。これ以上幸せなことなんてあるのだろうか。
カフェで一時間ほど過ごした後、私たちはまた公園の中を歩いていた。
ふと目に入る一組の親子。母と子供がある木の下で何か困ったように上を見上げていた。上を見ていた子供は泣き出してしまった。一体何だろうと目を凝らすと風船が木の枝に引っかかっているのが見えた。きっと手を離してしまって風船が飛んで行ってしまったのだ。
風にそよそよと揺れているそれはいますぐにでもどこかに飛んで行ってしまいそうだった。きっと飛んで行ったらますますあの男の子は泣いてしまって母親は困るだろう。
「ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい」
シャルは私の言葉の意味を理解しているようでにこっと笑った。少し離れた所だけど間に合うかな。急いで駆けてその勢いのまま太い木の枝に飛び乗る。泣いていた男の子も母親もぽかんと口を開けてこちらを見ているのに気が付いた。順調に風船の紐が引っかかっている所まで行けるが、これ以上進むとこの枝の太さなら私の体重を支えきれなくて落ちる。別に落ちても5メートルくらいなら私は怪我などしないけれど途中で風船が割れる恐れがあった。
ぐっと手を伸ばすがぎりぎりの所で紐に届かない。真横にあるのに。
仕方がないので、下の親子には聞こえないようにこっちへ寄りなさいと風船に命令した。ふわりとこちらに凪いだそれは、風によって煽られたように見えるだろう。
ぐっと紐を掴んで、枝から取る。そうすれば下から幼い「おねえちゃんすごーい!!!」という声が響いた。
掴んだ風船を割らないようにするすると木を降りていく。すたっと地面に飛び降りればわー!!と男の子がきらきらと目を輝かせながら走って来た。どうやら涙は止まったようだった。
「すみません、風船を取っていただいてありがとうございました」
「いえ、これくらい何てことはないですよ」
「おねえちゃんありがとー!!」
きゃっきゃと喜んでいるその子に風船をはい、と渡す。今度は手放しちゃ駄目だよ。そう言えばうん!!と元気よく頷いた。
大変安堵した様子である母子にじゃあと挨拶をしてシャルを探す。さっきまでけっこう後ろにいたけど、どこにいるのかな。
しかし見渡しても彼の姿が見えない。あれ?さっきまではあそこにいたのに。
「シャル?」
「呼んだ?」
気配もなしに背後から聞こえた声に肩が跳ねる。振り返るとそこには探していた彼がいた。若干息を切らしているように見えなくもない。走っていたのかな。
「気配殺して後ろに立たないでよ。吃驚した」
「あはは、ごめんね。驚かせたくて」
そろそろ帰ろうか。そう手を差し出した彼。私はその手をとってうんと頷いた。
行きに来た道を進んでいると、先程訪れた薔薇園を通りかかった。ああ、あの薔薇は綺麗だった。そう思い出していると、その薔薇園の中から一人の髭を伸ばした老人が出てくる。エプロンを着けているからこの薔薇園の管理者なのかもしれない。
手には可愛らしい薔薇のブーケが。誰かに渡すのかな。そう思って見ているとこちらにやってくる彼。
「この薔薇をあなたにと」
「…私に?」
目の前に来た老人は私にブーケを差し出してにこっと笑った。彼からのプレゼントですよ。そう言って老人が指したのは隣に立っていたシャルナーク。驚いて目をぱちぱちと瞬きを繰り返してしまった。彼が、私の為に?
「シャルが?」
「うん。どう?気に入ってたみたいだったから」
老人から受け取った花束を私に渡す彼。それは少し小さめで、白と赤と黄色、と色とりどりのブーケだった。大きかったら少し恥ずかしいけれど、これくらいの大きさなら…。彼の気遣いが見えた気がして、私は彼に向かって微笑んだ。
「うん、嬉しい…。ありがとう」
「良かった、気に入ってくれて」
本当に嬉しい。さっき彼が息を切らしていたのは猛スピードで老人の所に行ってお願いをしていたからなのだ。ああ、この気持ちが全部彼に伝われば良いのに。
老人にもありがとうございますと礼をして、私たちは公園を後にした。
「楽しかったね」
「うん、本当に」


2013/11/30

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