君が俺を忘れたと言うのなら
いったい誰が俺を愛してくれるの?


世界の裏切り 第57話


二人きりの車内に沈黙が落ちる。私が運転手でクロロが助手席に座っている状態。今更ながら、車の免許持っていなかった、と思ったが、本当に今更なことなので気にせず運転し続けた。事故をしても私たちなら怪我をすることなどないだろう。
少し危なっかしい運転をしているから、運転に集中するために会話が無くても良いかと思うが、正直この沈黙は居心地が悪い。クロロが何を考えているのかは分からないけれど、こうも真剣に考え事をしていると私の方まで緊張してきてしまうのだ。
「そこの空港だ。駐車場に止めて彼女を探そう」
「了解」
やっと始まった会話も、すぐに終わってしまい心中嘆息した。今日のクロロはどうしたのだろうか、やはりウヴォーが死んでしまった(かもしれない)この状況に少しでも悲しみを感じているのだろうか。私も人柄の良いウヴォーがいなくなってしまって酷く寂しい。仲間になったのが一番遅くても、私にとって仲間は家族同然だったから、そのうちの一人でも欠けてしまえば悲しいに決まっている。
空港の地下の一般駐車場に車を止めて出る。扉を閉じて彼を見ると、何もない空間を見つめていた。
「クロロ、何を考えているの?」
「…何でもない」
そのまま動こうとしない彼が不安でそう投げかけると、いつもの何を考えているのか分からない顔ではなく、私を安心させるように彼は微笑んで、ぽんと頭を撫でた。彼が何に悩んでいるのかは知らないが、それは仲間の私にも言えないことなんだろうか。
――そんなにも、私は頼りなく見えるの?
彼にそう訊きたくなるのを堪えて、歩き出した彼の背を追う。
いつだってそう。皆は私を子ども扱いして、割れ物のように扱って大事なことは何も話してくれない。私だって、皆と同じ場所に立ちたいのに、いつも守られているような気がするのだ。思い出せば、彼らはよく私の頭を撫でる。それをされる度に、嬉しい気持ちもあるけれど私は必要ないのだと、何も知らなくて良いのだと言われているようで、少し寂しい感情があった。
「どうすれば良いのかと考えていたんだ」
「――?何を?」
唐突に切り出された会話に頭を傾げる。彼はいったい何をどうすれば良いのかと考えていたのだろうか。目的語が無い文章に、そう問いかけるけれど、彼はそれは教えられないなと言って笑った。それは先程のような誤魔化す笑みではなく、複雑な笑顔。それの真意を図りかねたけれど、先程の私の問に少しでも答えてくれた彼に、心がじんわり温かくなる。全部言うことはできないけれど、部分的だけでも教えてくれたことが嬉しかった。きっと、落ち込んだ私の気配に気づいて話してくれたのだろう。クロロは優しい。
「ここだな」
絶をしながらロビー付近の壁に寄りかかる。どうやら、彼の情報ではネオン=ノストラードはこの空港で買い物をし終わった所らしい。椅子が並べられている場所には護衛と思わしき人物が二人と従者が二人、そしてクロロの狙いの少女がいた。写真と比べても違う点は無いから本人だろう。
「どうするの?」
「暫く尾行をする」
そう言った彼の通りに化粧室で変装してでてきた彼女を尾行する。彼女は変装であっさりと護衛を巻いたことから、計画的行動だろう。そのおかげでとても尾行がしやすくなったけれど。
――何時間か彼女を追跡し続けたが、どうやら彼女は競売に行きたいらしいことが判明した。競売が行われるビルに入ろうとして検問に捕えられたのだが、参加証が必要だとは知らなかった様子で、そのまま引き返していた。
そして今、その彼女は私が運転する後座席に座って、クロロと喋っている。
「良かったー、検問通れなくて困ってたの。ホントにありがとう」
「どういたしまして」
にっこりと好青年風に返事をしたクロロをバックミラーでちら見する。本当、この変貌ぶりは詐欺罪で掴まってもおかしくないと思う。検問を通過しながらそんなことを考えていたが、暫くすると好青年のクロロにも慣れてきた。
ロビーに入って少し歩いた所の広間で、彼らは談笑することに決めたようだ。彼女を席に座らせて、彼は少し離れた所にいた私の所までやってきた。
、暫くそこら辺を散策したらどうだ。他のビルの中にも色々な物が飾ってある」
「そう、分かった」
たぶんこれからクロロはあの少女の念を奪うに相違ない。それに時間がかかるから私を暫く自由にしてくれたのだろう。素直に自由時間を喜んで、私はセメタリービルから出た。外の空気は少し冷たくて、空調で火照った頬が冷えて気持ちが良い。そのまま私は気の向くままに足を進めた。




数分ほど歩いただろうか。目の前に聳える高層ビルがなぜか気になり、その中に足を踏み入れる。その建物の中は静寂に満ちていて、人の気配を感じない。きっと皆が競売に出かけて行ってしまったのだろう。未だなぜ気になるかは分からないけれど、そのまま最上階を目指して階段を上がっていく。エレベーターを使えばいいのに、私はそれを使う気が起こらずひたすら階段を踏みしめた。上へ上へと進んでいく度に、何か分からぬ緊張感でどくどくと心拍数が上がっていく。
――なんだろう、この感じ。私、何かを期待しているみたい。
いつもより大きく聞こえる鼓動に、緊張感が増す。
何かいる。咄嗟にそう思い、ある階で脚を止めた。微かに香る血に、冷静になっていく自分がある。
きっと誰かが殺されたのだろう、だけど私には関係ない。何故かという程この場所が気になっていたけれど、面倒事に巻き込まれる前にこのビルから出よう。そう思って後ろを向いた刹那、私は心臓が止まる思いをした。





視界を占める黒い長髪と人形のように綺麗な顔。否、それ以外にも視界に入っている物はあったけれど、彼以外のものが視界の中から消え去った。
――ぐにゃりと視界が歪む。脳髄に響き渡る、私を呼ぶ甘い声。その声は酷く懐かしくて、涙が出そうになる。けれど、私はそれに覚えがない。私は、あなたなど知らないのだ。
あなたはだれ。誰なの?どうして、私の名前を知っているの?
「――あなたは、誰……?」
震える唇から出た唯一の言葉は、目の前にいる彼の目を見開かせた。


「――あなたは、誰……?」
呟かれた言葉に、頭が真っ白になった。――俺が、“誰?”だって?
見間違えたかと思った。いつの間にか肩の所まで短くなっている銀髪に、赤い雫型のイヤリング。別れた時とはまったく違った雰囲気でいた彼女に最初は気付かなかったけれど、その後ろ姿を見た時に確信したのだ。これはだと。
そして名を呼び振り返った彼女は本当に彼女だったのに、なぜ俺を知らないなどと言うの。その言葉が、何か性質の悪い冗談のように聞こえる。は唇をわなわなと震わせていた。震えたいのは、こっちなのに。
「俺だよ、
誰だなんて、知らないだなんて言わせない。――だって、あんなにも俺と一緒にいたのに、俺を忘れるわけがないだろう?
「イルミ」
そう優しく呼んでほしいのに、初対面の人間に見せるような顔をした彼女にぞっとした。思考が上手くまとまらない。
――嘘でしょ?そう紡ぎたいのに、からからに乾いた喉はひゅっという意味のない音を生むだけ。
ねえ、そんな目で見ないで。俺たち、いつからこんなに遠くなってしまったの。いつか戻ってくると信じて君を手放したのに、君は俺の事を。俺の事を、忘れてしまったの――?
「なぜ、泣いているの?」
「え?」
彼女の言葉が信じられなくて、手のひらで頬を擦ると本当に涙が流れていた。俺は熱を持たない闇人形なのに、どうして。彼女が意識不明になった時も、俺を置いて家出した時も涙なんて出なかったのに。
――そういう君だって、泣いてるじゃないか。俺の事を忘れてしまった癖に。酷い、酷い。けれど世界中を敵に回しても良いと思える程、愛していた双子の妹。それなのに、なぜ、君は俺の事を忘れてしまったの?
苦しくて、悲しくて。いつの間にか俺たちの距離は縮まっていて、俺は絶望の余り、膝をついた。
「愛してる……君を愛しているのに…」
「誰なの…っ?あなたは、誰なの?!」
俺より視線が高くなった彼女が両手で俺の頬を優しく包む。やめて、その言葉は聞きたくない。俺の心を壊さないで。
――君の中に俺がいないと言うのなら、俺は何を信じて生きていけば良いの?
俺を忘れた彼女が、何度も、何度も俺の頬を撫でて涙をぼろぼろこぼす。その指先はとても冷たくて、けれど酷く優しい。酷い顔、なんて昔の俺たちなら笑いながら言う事ができたのに、今の俺は落ちてくる彼女の涙を受け止める事しか出来ない。
誰が、俺たちをこんな風に引き裂いたのだ。止まることを知らない彼女の涙を震える指ですくってやる。真っ赤な目をして泣きはらした彼女は、それでもまだ泣くことをやめない。まるで、苦しい、悲しいと彼女が悲鳴を上げてるような気がして、俺の心臓も締め付けられた。
昔はこうして感情も身体も分け合っていたのに。今では決して届くことがなくなってしまった俺たち。


ドオオオオン!!!!!!!パラララララッ!!!


突如鳴り響いた衝突音と銃声に、ははっとして俺から離れた。待って、。まだ行かないで、俺は、俺は、君の事を――
!!」
「…さようなら」
唇をきゅっと結んで駈け出した彼女の後ろ姿を、俺は追いかけることが出来なかった。

―――どうして、俺たちはいつも擦れ違ってばかりなのだろう。


2012/09/12
イルミはこの後十老頭を暗殺

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