一つの脚が欠ける時
蜘蛛に囚われし蝶は
かの脚のために涙する


世界の裏切り 第56話


アジトに戻ってから数時間。それはウヴォーが出て行ってからまだ帰ってこない時間に相当する。今まで彼の闘いがこんなに遅くなったことが無くて、落ち着くことが出来ずに広間でそわそわと彼の帰りを待ちわびていた。先程シャルがフェイタンの所に確認をしに行ったけれど、浮かない顔をして戻って来ていた。
――分かっている。彼がそう簡単に敗れるような者ではないことを。私よりも強く、経験豊富だということを。
それなのに、この胸を占めている不安はなんなのだ。彼の実力を疑っているわけではないのに、その信頼とは反して不安が私の身体を蝕んでいくのだ。
「落ち着け、
「でも……」
ろうそくを灯しても暗い廃墟の中心で、クロロは本から顔を上げて私を見た。そこまでうろちょろしていたわけではないけれど、気配で落ち着いていないのが分かったのだろう。
「丁度良い。皆を集めてくれ」
「うん」
本をぱたんと閉じて号令をかける彼に従い、私は部屋に籠っている団員を呼ぶことにした。


「鎖使いか…。操作系か具現化系だな。圧倒的な戦闘力を誇るウヴォーギンだが、一対一の闘いで敗れるのがこの両タイプだ」
具現化系なら物体化したものに特殊な能力を付加する能力者が多く、その能力次第ではウヴォーの力が通じない場合がある。操作系ならウヴォー自身が操られる場合が危険だ。そう続けるクロロに、シャルが彼について行かなかった自分を責めた。
「夜明けまで待って戻ってこなければ、予定変更だ」
猶予は夜明けまで。でももう今日という日にちは始まってしまっている。
――早く帰ってきて、ウヴォー。
彼の言葉と共に、私たちは解散した。


自室のベッドに横たわっても、全く寝ることができない。思考を閉ざそうとしても、頭の中に浮かぶのはウヴォーのことばかり。初対面の時は中々私を受け入れてくれないような雰囲気があったのに、一緒に仕事をした時には私の事を最初に認めてくれた彼。粗野な面もあるけれど、仲間想いで何事にも真っ直ぐな人。からくり仕掛けの屋敷で仕事をした時は、オーラを大量消費してしまった私のことをおぶってくれて、とても嬉しかった。
思い出してしまえば、次々と彼の顔が目蓋の裏に浮かび、鼻の奥がつんとする。泣くな、まだウヴォーが死んだという訳ではないのだから。彼が帰って来た時に、心配したんだからと言って「俺が敗ける筈ねえだろ!!」って怒ってもらうんだ。そうしたら、皆呆れたように笑って、だけど安心して、また昨日みたいに馬鹿みたいに騒ぐことが出来るんだよ。
ぱちりと目を開けて時計を見ると、時刻は深夜2時を回っていた。どうやっても眠ることが出来ない。もう他の団員は寝てしまっただろうか。そうっと物音をたてないように扉を閉め、廊下を見渡す。何か所か扉から淡い光が漏れている部屋があったが、私はその中からマチの部屋に向かうことにした。
とんとんと彼女の部屋を控えめにノックすると、入ってきて良いよと扉の向こうから返事が聞こえる。お邪魔しますと、彼女の部屋に入るとふわりとミルクティーの香りが漂っていた。
「眠れないのかい?」
「うん」
ベッドに腰掛けてマグカップを手にしている彼女は、こっちに座りなというように彼女の隣をぽんぽんと叩く。余っていた紅茶で、私の分のミルクティーを作ってもらい、それを口にした。
温かいそれを飲んで、ほうと溜息がこぼれる。
「落ち着いたかい?」
「うん、ありがとうマチ」
私が彼女の部屋を訪れたことに対して、マチは何も訊かないで私の隣に座っていてくれた。その優しさが心にしみて、私は今なら眠ることができそうな気がする。紅茶を飲み終わって空になったコップをテーブルの上に置いて立ち上がった。
「ありがとう、ミルクティー美味しかった」
「ああ、おやすみ」
最後に頭を撫でられて、私は彼女の部屋を後にした。その後は彼のことで悩むことは無く、夜明けまでの短い間、ぐっすりと眠ることができた。


翌朝、ウヴォーは戻ってこなかった。そのことを重く捉えながら、私たちはクロロの計画を訊くために広間に集まっている。
「今日はペアで行動し、マフィアの動きを探る。ノブナガ、マチペア。シャル、コルトピペア。フランクリン、シズクペア。その他は俺と一緒に来い」
「了解」
彼の計画を訊くと、ペアを組まされた者たちは数十秒して外へと出て行った。だが、彼らが出て行ったのに未だにその場所を動かないクロロに皆首を傾げている。
「私たちはどうするの?」
「お前たちもペアになってあいつらを尾行しろ。は俺と一緒に来い。5人だから一人余るが問題ないだろう」
「了解。じゃ、俺たちも行くか!」
なるほど、二重尾行かと彼らは納得してペアを決めている。結果、ヒソカが一人になったらしい。ぞろぞろと彼らはアジトから出て行って、私とクロロの二人だけになってしまった。
「さて、俺たちも行くか。、これに着替えておけ」
「?分かった」
彼から渡されたのはスーツで、どこかフォーマルな場所にいくのだろうかと思案する。一度自室に戻ってスーツに着替えて広間に戻ってくると、彼は髪を下ろして包帯で額を隠し、同じくスーツを着込んでいた。
「俺たちはこの少女に近づく」
「あ…ネオン=ノストラード?」
彼が手にしている写真を見て、昨日ウヴォーたちと落ち合ったマンションの電脳ページで見た顔だと思い出す。そうだ、と彼が頷いて続けた。
「俺一人だと警戒されるかもしれないからな。には従者を演じてもらいたい」
「うん」
彼の作戦に頷くと、では行くかと私たちもアジトを後にした。


2012/09/12

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