降り積もる不安を
失くそうとするあなたの声
それはいったい誰なのですか


世界の裏切り 第55話


言い知れぬ不安を感じていると、陰獣の一人がウヴォーの身体に毒を持ったのか、彼の身体が動かなくなってしまった。
「ウヴォー、大丈夫かな?」
が心配しなくても大丈夫だよ。いざとなったら俺たちがあいつらを倒せば良いんだし」
「そっか…」
だけど、この不安は今の状況から来るものでもないらしい。もう一人の陰獣が彼の身体に蛭を生みこんだが倒されたその瞬間を見ても、まだこの胸の妙に速い鼓動が収まることは無い。これはきっと陰獣から来るものではない。その他の脅威が彼に迫っているという事だろうか。けれど、私はマチ程感が良いという訳でもないし、ただの思い過ごしということもある。シャルが言った通り、心配することは無いんだろうか。
そう自分に言い聞かせて、彼の闘いを見守っていると、どうやら決着が着いたらしい。
やはり、私が心配するようなことはなかったらしい。毒で動けなくなっているが、割と元気そうにしている彼にほっと一息吐いている時だった。
戦闘が終わって気を抜いていた私たちは、ウヴォーの身体に鎖が巻き付いた時に咄嗟に行動が遅れてしまった。
「ウヴォー!!」
彼の名を叫ぶけれど、彼は鎖によってどこかに飛ばされていってしまい、私たちの視界には彼の姿を捕えることができない。私が不安を拭いきれなかったのはこれのせいだったのだろうか。きっとそうに違いない。あの時もっと注意して彼の周囲を確認しておけば、と悔やむが今となってはそれも遅かった。
「アタシの糸付けておいたから暫くは大丈夫だよ」
「そっか…よし!追手チームとビール配達チームに別れよう。車に乗れるのは五人までだからね」
身体を動かすことが出来ないウヴォーを救出すべく、2班に別れて行動することになった。どうやら、ウヴォーの体内にいるマダライトヒルという種はアンモニア濃度が低いと孵化しないらしく、その為にビールが大量にいるらしい。
私はフランクリンと共にビールを調達することになり、彼らにウヴォーのことを任せた。
「気を付けてね」
「うん、もね」
別れ際に、シャルと互いに笑い合って、私たちはここから一番近そうなコンビニやスーパーに行くことにした。



「何?」
静かな車内にフランクリンの低い声が響く。どうしたのかと思って運転席に座っている彼を見ると、前方を見据えながらもぽんと私の頭に手を置いた。
「あまり思いつめるな。お前のせいじゃない」
「そんなに顔に出てた?」
彼の言うとおり、ウヴォーのことを考えていたけれど、まさかそんなに顔に出ているとは思ってもみなかった。ぺたぺたと自分の顔を触るけれど、いつも通りの自分の顔には何ら変化は見られない。対向車の光でクロロから貰ったイヤリングが赤く反射する。
「それなりにな。心配するな、あいつはそんな軟な奴じゃない。あいつらも助けに行ってるんだ」
「そうだね。ありがとう」
頭の上に置いたままの彼の手は、無言でぐしゃぐしゃと私の髪の毛を撫でて再びハンドルの上に置かれた。そんな無言の優しさが嬉しくて、私は無意識に微笑んだ。
数分経ち、私たちは一つ目のスーパーを見つけ、駐車場に車を止めた。
「盗むんだよね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ私店員を眠らせてくる」
フランクリンを酒コーナーに向かわせて、私はレジの傍にいた数名の店員に近づく。
「何か御用ですか?」
「私たちが去るまで眠っていなさい」
近づいてきた私に何か用があると勘違いした店員に能力を発動させる。途端、彼らの身体は傾き、地面に倒れた。手刀で眠らせても良かったのだが、そうするといつ目覚めるのか分からないから、これが一番良いだろう。
「終わったか?」
「うん」
両手に缶ビールが入った段ボールをいくつか抱えたフランクリンがこちらにやってくる。それは彼の視界より高く積み上げられているから、彼は円を使って歩いているようだ。私もそのいくつかを彼から受け取り車に乗せる。あっという間に後座席がビールで埋まってしまったが、ウヴォーの飲む量を考えるとまだ足りないだろう。
「もう一軒行くか」
「そうだね」
彼がそう言ってエンジンをかけた時、私のポケットにある携帯電話――持っていないと不便だからとクロロから渡されたのだ――が鳴った。
相手を確認してみると、それはシャルからである。
「もしもし」
『あ、?ウヴォー助けたよ。でもあいつ鎖野郎と決着つけるとか言うからさー、今からいう所に来てくれる?』
「うん、分かった」
ピ、と携帯を切ってフランクリンにそのことを教える。彼らがいる場所はそう遠く離れた場所ではないらしく、このままの速度で行けばものの十数分で着く所であるようだ。
「ったく、あいつも変にプライド高いからなあ」
「仕方ないよ、強化系だもん」
きっと自分でもそうしていただろうから、あんまり強い事は言えない。でも私の場合は自分より強い相手なら諦めてしまうのだろうな。でも、どうしてそう思うのだろうか。


“勝ち目のない敵とは戦うな。”


脳内で誰かが命令するそれ。クロロでもなく、旅団メンバーでもない。どうしてなのかは知らないけれど、私はこの言葉に囚われている。厳しいが優しさが込められているその言葉は、いったい誰のものなのだろう。
「着いたぞ」
「早速ウヴォーに届けよっか」
緩やかに車が止められた感覚で、思考の海から脱却する。彼が持ちやすいように何枚かのビニール袋にビールを詰めていった。車から出て彼らがいるというマンションに入っていく。
「確か部屋番号は204だったかな」
「ここか」
がちゃりとノブを回すと鍵がかかっていないらしく、簡単に開いた。
「おー、待ってたぞお前ら」
「ったく、油断しすぎだ馬鹿ヤロー」
「はい、これビール」
「サンキュ」
シャルと共にプロハンターサイトを見ていたウヴォーが早速とばかりにプルタブを開け、ビールをその喉に流し込んでいく。相変わらず良い飲みっぷりだ。これで取りあえず蛭の心配は無くなった。あとは、ウヴォーが鎖野郎とやらを倒してアジトに戻って来れば良いのだけれど。
「もう見つけたの?」
「うん、何件かあるから一個ずつ調べていくしかないかな」
シャルの横から電脳ページを覗き込む。なるほど、マフィアともなると何件も住宅を持っているのか。はい、これ。と彼からメモを渡されたウヴォーはお礼として金を請求してきたシャルにキスをしていた。
「きたね!何すんだよ!!」
「あはは」
「遊んでないでさっさと行って来い」
彼らのしていることが面白くて、つい笑ってしまった。フランクリンは呆れたというようにしっしとウヴォーに向かって手を振っているけれど、そんなことは全く気にしていないという風に彼は窓に足をかける。
「ウヴォー!油断禁物だよ」
「ああ」
そうして、彼は闇の中に姿を消した。


2012/09/12

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