さあ、前を見据えよ
この悲劇の幕開けをしかと見届けようではないか


世界の裏切り 第54話


「さて、俺たちもさっさと獲物をいただくとしよう」
「ちょっと、あんた。そっちじゃなくてこっちだろうが」
「二人とも、落ち着いて」
スーツ着用の男女が通路の端で何かを揉めている。その様子は周りから見れば変なものだろうが、今はどの人々も自分の組のことしか考えていないこの状況ではあまり目立つことも無かった。
道順を間違えかけたノブナガにマチが正しい道を教え、その方向へ足を進める。
「シャルは巨大な金庫があるって言ってたけど…」
「あ、あれじゃない?」
シャルに教えられた通りに通路を進んでいくと、目前にウヴォーよりも大きな金庫が現れた。その傍には警備員が4人いるが、彼らに気付かれることなく背後を取り、呆気ないほど早く彼らの意識を落とす。
悲鳴を上げる事さえしなかったことで、この状況はトランシーバーで伝えられることはなかった。
「さて、金庫の鍵は、と」
警備していた者の衣服から金庫の鍵を取り出し、鍵穴に差す。
「意外と早かったね。こんなに警備が薄いとは思わなかったけど」
「そうだね、まさか――!」
ノブナガが扉を開けた瞬間続けようとしていた言葉が止まってしまった。これは一体どういうことだ。
オークションの品物が一つもないなんて。二人もぽかんと空の金庫を眺めている。
「こりゃどういうことだ?」
「シャルが場所を間違えるわけはないしね」
何も守っていない金庫の中に入り眺めている彼らに続いて中に入ろうとするが、足元に転がった警備員のことを思い出し起こすことにした。
「この人たちに訊けば分かるんじゃない?」
「ヒィィ!!」
能力によって目覚めさせた一人を金庫の中にいれ、二人に提案する。私の能力を使えば、知っていることを話してくれるだろう。
「ああ、でも簡単に喋るか?」
「大丈夫、私に任せて」
怯える様子でいる警備員――だとおもっていたが、彼は実はオークショニアだったようだ――に目を向け命令する。
「あなたが知っている限りの、競売品の情報を言いなさい」
その途端彼の目が少し虚ろになり、口を開いた。
「変更指令ということで、陰獣の一人が手ぶらでこの金庫に入りました。その後、金庫の中にあった競売品は無くなり、彼は出ていきましたが、来た時と同様手ぶらでした」
「……眠れ」
情報を伝え終った彼に能力で先程のように寝かしておき、彼が言った事を反芻する。
「陰獣の誰かが持ち出したってことか…どこからか情報が流れてるのかもな」
「アタシたちの行動がばれてるってこと?」
マチたちの推測にそんなこともあるのだろうか、と暫し思考する。だが思考しても結論は出る事がないので、客を片づけ終わりこちらへ向かってくるフェイタンたちを待つことにした。
数分も経てば、彼らだけではなくシャルたちも現れた。
「そうか、競売品が無い事は予想外だったけど、いったん外に出て団長に電話してみよう」
ふうむ、と彼は考える仕草をして一旦退却の指示を出した。それの通り、私たちは屋上へ向かい気球に乗り、夜の空へと出発する。
「取りあえず、俺が団長に訊いてみる」
「そうして。俺は舵とるのに集中したいから」
ウヴォーが懐から携帯電話を出し、クロロの番号を押す。数回鳴って彼は出たらしく、零れてくる会話を聞きとるために私は耳を澄ませた。
『品物が無い?』
「ああ、金庫の中には何一つ入って無かった。唯一情報を知っていたオークショニアによると一度金庫に入れた品を数時間前にまたどこかへ移したらしい。」
余りにもタイミングが良すぎる。俺たちの中にユダがいるぜ。そう続けた彼に、クロロがそれはないと断定した。なぜなら蜘蛛のメンバーでそんなことをしても何のメリットもなく、満足する者もいないからだ。そう説明されて、ウヴォーは納得したようだ。
確か、私が能力でオークショニアに情報を訊いた時、彼は梟と名乗った大柄の男が持って行ったと言っていた。そのことをウヴォー越しにクロロに伝えると、陰獣かと彼は呟いた。
『陰獣は十老頭が組織最強の武闘派を持ち寄って結成したらしい。おそらくそいつはシズクと同じタイプの念能力者だろう』
「なるほど」
そんな会話をすぐ傍で黙って聞いていたけれど、本当にクロロは頭が良いと思う。瞬時に会話から聞き取った少ない内容で頭を回転させ、ここまでの推理が出来るのはきっとシャルを除いて彼しかいないだろう。
結局、追手相手に少し相手をしてやれ、という結論に至ったらしく、ウヴォーは嬉しそうに携帯の終話ボタンを押した。
「ちょっくら暴れてこいってよ」
「聞こえてるね」
喧騒に満ちた夜の都会を眼下に収めながら、やる気が漲っている彼がそう言うと、隣のフェイタンが少し呆れたように、だが面白そうに笑った。
「あーあ、さっさとお宝ゲットして打ち上げするつもりだったのになあ」
「良いじゃない、たまには障害があった方が喜びも増えると思うよ?」
面倒くさいー、と冗談半分に文句を言うシャルに私はまあまあと宥める。彼の言っている事は尤もなところ――何しろ、団長のクロロは大抵蜘蛛の手足に仕事を任せて読書に耽っているのだ――だが、その分達成感も増してくれるに違いない。
「団長は良いよね。いっつも本ばっか読んで仕事は俺たちに押し付けてさ」
「あんただってサボることはあるだろ?団長にばっかなすりつけるんじゃないよ」
「そうだけどさー」
「まあまあ、シャルもマチも落ち着いて」
それでもまだ納得してくれないシャルと話していると、ゴルドー砂漠の荒野に到着した。どうやらここで追手と対峙するらしい。
しばらくそこをうろうろしているとマフィアの車が次々と集まってきた。可哀想に、今から殺されるのにね。と彼らに憐憫の情を抱くが、すぐにそれを払い、その光景を上から見下ろす。
「わーあ、団体さんのお着きだ」
「俺がやってくらあ」
楽しそうに笑うシャル達にそう言い残して、ウヴォーはマフィアたちでざわめいている下に降りて行った。
「ウヴォーに任せておけば大丈夫だね」
「そうだよ、暇なんだよね。あっ、俺トランプ持ってるんだー。ダウトしよー」
「そうだね」
会話の流れで自然にトランプで遊ぶことになってしまい、ウヴォーの戦いを見ながら「1、2、3、4」とカードを出していく。
「ダウト」
「げっ。手札多くなった」
13の所でカードを出したシャルにマチが告げる。マチは勘が鋭いからこういう勝負は強そうだなあ、と隣で手札を多くした彼をちらりと見て微笑する。シャルってポーカーフェイスは上手いけど、何か雰囲気に出てるとこあるから少し心配。なんて、勝負中にそんなことを考える。
そんな風に遊んでいると、陰獣が出てきたらしい。ビックバンインパクトを相手に繰り出したウヴォーに驚いて、一時ダウトは休止となり、眼下の闘いを見つめることにした。
自分の体毛を自由自在に操る者や、鋭い歯で彼の肉体を裂く者など。三名と彼の闘いを見ていて、彼らがかなり鍛えられた念能力者だと分かる。
「手伝おうか、ウヴォーギン!!」
「余計なお世話だ!!」
シャルが声をかけるけれど、ウヴォーらしい返事に苦笑している。あんな、体毛で腕を貫かれている状態でそんなことを言うなんて、やはり彼は強い。三対一とは一見五分五分に見えるが、ウヴォーの内包する強さの方が彼らより勝っているからそう時間はかからない筈だろう。
それなのに、何だろう。この変な胸騒ぎは――。


2012/09/12

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