終わりの始まり
意識せずとも何かが近づいてくるのが分かる
それが一体何なのか分からないまま
私はそれに向かう


世界の裏切り 第53話


深呼吸した息を吐きだし、自分の部屋の扉を開けた。途端、目の前に現れる見知らぬ男の顔。
「やあ◆」
「誰?」
顔にペイントを施した、奇妙な形(なり)をしたピエロのような男を睨む。このような者は今までアジトの中で見たことが無い。
不信感を込めて彼を睨み続けていると、彼が少し驚いた、というような顔をした。
「誰……ね◆イルミが泣くよ。ボクはヒソカ、旅団の4番さ◆」
「私は。…イルミって、誰?」
「さぁ?」
彼からその名前を聞いた瞬間、ほんの一瞬だけ、脳に甘い痺れが起きた心地がした。イルミって誰なの?そんな人の名前、私は知らないというのに。どうしてその人が泣いてしまうの?
彼が意味深に囁いたその名前が私を縛り付け、動けなくさせる。覗き込んだ彼の瞳から目が離せない。動け、そう思うのに時が止まってしまったのではないかと錯覚する程、私の身体は硬直している。頭はこんなに回転しているのに。
一体、誰なの?私にとってその人は何なの?こんなに胸を締め付けて、痛みを与えるその名前の持ち主は――。
「どうして泣くんだい?」
「……分からない。その人の名前を聞いたら勝手に…」
自分でも分からないうちに溢れていた涙を、ヒソカが指でそっと拭う。どうしてこんなにも胸が苦しいのだろうか。私はその人を知らないというのに。
彼ならその人を知っているとでも言うのだろうか。イルミとは、いったい――
「ヒソカ!!あなた、に何をしているの!?」
「別に、何も◆」
階段を下りてきたパクの声で意識が戻される。はっとして彼女を見ると、冷静な彼女がいつになく怒っている様子だ。
、何もされなかった?」
「うん、平気だよ」
こんなにも焦っている彼女を見るのは初めてで、若干驚きながらも彼女の言葉に頷く。それを見て、一瞬彼女を纏う空気が柔らかくなったが、彼女はヒソカをキッと睨み、私の手を取り彼から引き離した。
「行きましょう、。あいつとはあまり関わらない方が良いわ」
「え、うん……」
半ば彼女に引きずられるようにしてヒソカから離れ階上に向かう私は、パクの様子が気がかりで彼が笑っていることに気が付かなかった。
「カマをかけてみれば……ビンゴ◆面白くなりそうだ」


「パク、どうしたの?」
「ええ、取り乱してごめんなさいね。…彼は仲間の中でも危険な人物なのよ。団長と闘いたがっている、異質な存在なの」
ホールに来て落ち着きを取り戻した彼女に訊くと、その答えに納得できた。だから、先程彼に絡まれているように見えた私を心配してくれたのだろう。団長であるクロロと闘いたがるなんて、きっと相当の戦闘狂なのだ。
「良かったわ、何もなくて」
「ありがとう、パク」
私の事を心配してくれることが嬉しくて、彼女に微笑む。そうすれば、彼女も微笑み返してくれてほっと安心した。
もシャル達と一緒にオークションに入り込むんでしょう?その恰好似合ってるわ。少し可愛さが足りないけれど」
「うん、もうそろそろ出かけるよ。スーツじゃなきゃオークションで目立ってしまうから仕方ないよ」
私が来ているスーツに目を通した彼女が、可愛さが足りないと述べたことに笑いながら返す。彼女も分かっていながらそんなことを言うのだから人が悪い。
だがそんなやりとりも私にとっては楽しいもので、大きな仕事に対する緊張が解れていく。
ー、もう行こうか」
「うん、じゃあ行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
アジトの入口から、スーツを着用しているシャルに名前を呼ばれ立ち上がる。パクノダに手を振って、私はシャル、マチ、ウヴォー、ノブナガと共にアジトを出た。残りのフェイタン、シズク、フランクリンは後程合流することになっている。
「はい、サングラス」
「ありがとう」
シャルから変装の為に黒のサングラスを受け取り、胸ポケットに仕舞う。そのままちらりと上を見上げれば、ウヴォーの見慣れないスーツ姿が目に入る。
「ウヴォーのスーツ姿って初めて」
「俺はいつもカジュアルな格好だからな!!」
「…あれってカジュアルっていうんだ……」
意外にも似合っている彼のスーツ姿ににっこりと微笑めば、彼もがははと笑い返してくれた。ばしばしと私の背中を叩く掌が強いが、よろけないように足元に気を付ける。
彼から返ってきた言葉に、同じくスーツ姿のマチにきつい一言が述べられたが、彼は全く気にしていないようだ。
「じゃあ車で行くから乗って」
「了解」
運転席の扉を開けたシャルに従い、ウヴォーは助手席、私とマチとノブナガは後ろに座る。
ブウウウウウウンとエンジンを噴かす音が車内を満たす。見た目に似合わず、車を高速で走らせるのが好きなのだろうか。
「今は6時。ヨークシンシティまでそんなにかからないから準備しといてね」
「帰りは気球だろ?楽しみだなあ」
窓際に座っているノブナガが青い空を見上げながら呟く。彼にはシャルナークの言葉など耳に入ってはいないようだ。
計画実行中なんだから参謀の話くらい聞けよ。運転席で呆れたように溜息を吐きながらシャルがそう言う。だが口元に笑みがあるから怒っているわけではないのだろう。
「まったく、失敗したら団長に怒られるんだぞ」
「大丈夫だよ!!後でフェイタン達も来るんだし、万一にもオークションに俺たち以外の能力者がいても倒しゃ良いんだからよ」
「ウヴォーは自分の力を過信しすぎ。もっと慎重にいくべきだよ」
運転席と助手席で繰り広げられる会話に隣にいたマチが呆れたように笑った。それにつられて私も笑う。
「ったく、もうすぐ仕事なんだからしっかりしなよ」
「でも楽しくて良いじゃない」
車内で思い思いにくつろいでいる彼らの様子に、これが本当に大仕事の前なのかと思わせられる。だが、こんな雰囲気だからこそ妙に肩に力が入らなくてすむに違いない。この面子で嫌に静かだったりすると緊張してしまいそうだから。
「あ、ほら。もうヨークシンに着いたよ。セメタリービルまであとちょっと」
人々が無邪気に歩く街並みを通りながら、シャルが報告した。いよいよ今までで一番大きな仕事をするのだ。
気を引き締めなければ。
「俺とウヴォーは係員、フェイとフランクリンは客の前でオークションの開会式を行う。シズクはその外で待機、マチとノブナガとは先にオークションの品を取りに行って」
「了解」
テキパキと指示を出す彼に、皆が頷く。私たち以外の三人には既にこの役割を述べているようだから、私たちは彼らを待つことなく、自分の役割をすれば良いようだ。
「はい、到着」
大きなビルの前で車が止まった。


2012/08/07

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