手を伸ばした先につかんだものが
私の幸せだというのなら


世界の裏切り 第52話


ヨークシンシティで大々的なオークションが行われる9月1日。とうとうこの日がやって来た。
深呼吸して溜めた空気を肺から少しずつ吐き出す。今回の仕事が大きいということもあって少し緊張しているようだ。
「気合入れなきゃ」
ぱちん、と顔を両手で挟んで気持ちを引き締める。このオークションまでにも何度か小さな仕事をしたが、今回は規模が違う。
どれも印象深い仕事だったが何度目かの仕事で、言葉にしなくともフェイタンが私を認めてくれた仕事があった。それが一番記憶に残っている。




「この屋敷は“忍者”の屋敷をモチーフにしたからくり仕掛けがたくさんある。どんな仕掛けがあるか分からないから余計な物は触らない事」
情報を的確に述べていくシャルナークに今回の仕事のメンバーが頷く。中にはその仕掛けを触ってみたかったらしく渋々頷く者もいたが。
「つまりはわざとじゃなけりゃあ良いんだろ」
「おい、ウヴォー。面倒なことはしないでよ」
がははと笑うウヴォーギンにシャルナークは面倒なことになりそうな気配を察して眉根を寄せる。
「持って帰るのは女の人の絵画だけで良いんだよね」
私が確認するようにシャルに目を向けると、彼はそうだよと頷いた。持って帰る物が少ない分、からくり仕掛けに引っかからなければとても楽な仕事だ。
もちろん何もないと言い切れる保証は全くないけれど。すぐ傍でフェイタンがふんとつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「狭いなぁ…っおい、ウヴォー押すな!」
「わりーわりー、俺の身体だと身動き取りにくいからよお。フェイタンみたいに小さかったらもっと動きやすいのにな」
「私小さくないね。ウヴォーが大きすぎるだけよ」
細く長い通路を小声で話しながら進む。この屋敷は中々大きいが、屋敷の主人の意向で通路がとても細くなっているらしい。
私は一番前を行くフェイタンの後ろを歩きながら通路に仕掛けられたからくりを眺める。壁には多種多様な隠し扉や釦がついていた。これらのうちのどれかを押したらどうなるのだろうか、と思うが面倒なことは嫌なので手は触れない。
「えーと、確かここらへんの……」
暫く歩き回ったところでシャルナークが壁を触りだし、絵画の隠し場所に繋がっている隠し扉を見つけようとする。
今は眠っている屋敷の住民たちを起こさないように――彼らは並はずれて強いが、この入り組んだ屋敷の中では彼らの方が地理的に優位であろうから――なるべく物音を立てずに行動している。
がこがこと壁の内側の空洞に響く音と「あっ」という彼の小さな声が聞こえたのと同時に、私とフェイタンの足元の床が抜け落ちた。
!!フェイタン!」
突然の事で対処しきれずに二人して落ちていく。落ちる前にウヴォーが私たちの名前を呼んだけれど、返事をする前に抜け落ちた床は元通りに戻ってしまった。
数秒間落ち続けて着地した場所は高さが2メートル程度のコンクリートで出来た密室だった。
「面倒なことになたね。ささとここ抜け出して仕事するよ」
「そうだね」
死ぬような罠はないだろうと思ってあのまま落ちてきてしまったが、心底嫌だ或いは面倒だというフェイタンの顔を見て、それが失敗だったと気が付く。
何もそこまで顔に出さなくても良いのに、とは思うがまだ完璧に私という存在を彼に認めてもらえてない以上仕方がないだろう。
「あれ、天井が下がり始めた…」
「水も出てるね」
上から徐々に迫ってくる天井、そして同じく上から溢れ出す水。それらは明らかに侵入者に対して殺意を持ったからくりだと判断できる。
しかも思っているよりも天井が下りてくるスピードは速く、水の勢いも強い。このままでは圧死と溺死かのいずれかで死んでしまう。
「チッ。面倒ね」
彼が舌打ちして髑髏が描かれた傘から隠し刀を抜き、下りてくる天井に向かって思い切り振り上げた。
「え…」
だが天井はびくともしない。念能力者が攻撃しても壊れないように頑丈な造りにしてあるのかもしれない。フェイタンが硬をして攻撃をしたにも拘わらず、天井が壊れなかったことはあまりにも意外で私たちは一瞬動きが止まってしまった。
その間にも天井は下がり水嵩も増している。既に私の腰にまで水が溜まり、嫌でも動きが鈍くなる。私の腰ということは頭一つ分小さい彼にとっては、より動きにくいことだろう。
「困たね。私、怒らないと能力発動できないよ」
「どうしよう…」
お手上げというように天井を見上げた彼に困惑する。彼は全く焦っているようには見えないが、彼が怒りを感じなければどうする事もできないのだ。
さらに天井は私の頭上15センチあたりまでに下がってきた。もうあまり時間が無い。私にはフェイタンに破れない天井を破壊する力はない。残る手は一つだけだ。プライドの高い彼が頷いてくれるかどうかが疑問だが。
「私の能力でフェイタンをサポートできるかもしれない。」
「……じゃあ、ささとやるよ。今回は仕方ないね」
以前彼と闘った時に私が声で対象物を操ることはなんとなく分かっているのだろう。返事が多少遅かったが、彼は私が彼の肉体を操ることに同意してくれたようだ。
彼が協力してくれるのならば、私も今までで一番完璧に能力を使わなければならない。
「今から私のオーラをフェイタンに注ぎ込む。ぎりぎりまで渡すから、その後のことはお願い」
「…分かたよ」
普段は私以外の生物にしか能力を使わないでいたが、私の身体に命令して彼にオーラを分け与えることは多分出来るだろう。
ふー、と息を吐いて神経を落ち着かせた。既に水は私の顎にまで迫っている。よし、いける。
「私のオーラをフェイタンへ譲渡し、彼の肉体を強化せよ!!」
「……っ!!」
天使の囁き(スイートボイス)を使った途端に自分の身体からオーラが極端に減っていくのを感じた。眩暈がしてふらりと身体が傾いたが何とか持ちこたえる。
対して彼の方は私の分のオーラと自分のオーラを合わせた強大な硬を刀の先端に集め、天井へ力を込めて振り上げた。


ドオオオオオン!!!と大きな爆発音が響き渡り、上から壊れた瓦礫が降り落ちてくる。私たちに迫っていた天井は跡形もなく崩れ落ち、私たちが落ちてきたほの暗い通路が見える。
「お前の能力、とても便利ね」
「……ありがと…」
周りの壁まで数か所亀裂が走り、密室に溜まっていた大量の水が抜けていく。邪魔な物が消えてすっきりしたらしい彼が素直に私を賛辞してくれる。
だが、今はそれに感動しているような体力が無い。彼は一度に大量のオーラを消費したらしく、元よりもオーラが減っているが私よりは疲弊していないだろう。
「行くよ、
「!…うん」
初めて彼が私の名前を呼んでくれたことに、目を見開く。これは、私のことを認めてくれたと思って良いのだろうか。
驚きの余り彼を凝視していると、ぷいと顔を背けられてしまった。その様子に、疲れ切っているにも拘わらず、思わず笑みがこぼれる。
「何笑ているか。置いてくよ」
「待って」
垂直に通路を駆け上がり始めた彼の跡を追い、私も駆ける。疲れている身体にこの行動は些かつらいものを感じるが、シャル達の場所にはこの道が一番近いに違いない。
彼が走る跡をついて上がり続けると、天井が見えた。あれが私たちが落ちた扉だろう。だがフェイタンは素直に開ける気は無いのか、刀でその扉を大破し元いた場所へ飛び出た。
「あれ、シャル達がいない」
「多分外ね。十分以上経てるから絵を持ち出して外に出てる可能性が高いよ」
辺りを見渡すけれど彼らの姿は無い。円をして彼らの位置を確かめたくても今の私の状態では何も出来ないため、彼の言葉に頷いて出口へ向かう。
先の罠で水を多分に吸い込んだ服が重たい。ずっしりとしていて、また床に染みを作るそれが酷く煩わしいが、無言で歩き続けた。
外に出てみると外界の新鮮な空気が肺を満たし、生き返ったような気になる。あのからくり屋敷から無事に出る事が出来て無意識のうちに安心した。あんなに大きな振動と破壊音がこの屋敷の主人は目を覚まさないのだろうか。覚ましたとしてもシャル達に殺されている可能性が高いけれど。
「あ!、フェイ!!」
「おー!二人とも無事だったのか!」
少し離れた場所から姿を現した二人に顔を綻ばせる。ウヴォーの手には一枚の大きな額縁に収められた絵画があった。
「二人が消えて探してたんだよ!獲物はすぐに見つかったんだけど、良かった…無事で」
「無事じゃないね。なんてほとんど足手まといよ」
ほっとして笑顔を出したシャルにフェイタンがむすっとしながら答える。ずぶ濡れになっていて彼は機嫌があまり良くないのかもしれない。
私の名前を彼が呼んだことに、シャルは敏感に察知してニヤニヤと彼を見やった。
「ふーん、そうなんだ」
「黙るよ、シャル」
苛立たしそうにフェイタンがシャルナークに傘を振り上げる。だが本気でないそれを彼は軽々と避けて笑った。二人の様子にふふふと声を上げて笑うが、気を緩めた途端身体がぐらりと傾いた。
っ」
「ごめん、ちょっとオーラを消費しすぎて…」
踏ん張りがきかず重力に従って地面に引き寄せられる私の身体をシャルが優しく抱き留めてくれた。フェイタンにオーラを譲渡したおかげで二人分の力によりあの場所を出ることが出来たが、力を使い果たした私は立っているだけでも体力を消耗する。
「ほら、。俺の背中に乗せてやる」
「ありがとう、ウヴォー」
片手で絵画を持ちながら私をおぶってくれた彼にお礼を述べる。いつもより高い視界に好奇心を擽られるが、今はじっとしておくことにした。
「俺が抱えても良かったのに」
「お前にはこれをやるよ」
少し不貞腐れたように見えるシャルに彼は絵画を渡した。こんなもの貰っても嬉しくないんだけどな、と彼は呟いたが、ウヴォーの背中に身体を預けた私は疲労から睡魔に負けて眠りに落ち、その言葉は耳に届かなかった。


2012/08/07

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