とどまることは許されない
自分が何なのかさえ分からない中で
蝶々は懸命に羽をはばたかせるのだ


世界の裏切り 第51話


「皆、集まれ」
アジト内に響いた抑揚のない声に、私たちは彼を見た。仕事時の雰囲気を纏っているクロロは、髪の毛をかき上げていなくても同じ威圧感があり、私たちは自動的に頭の命令を聞く兵隊のように彼の指示を待つ。
アジト内にいる数名の意識を彼へと十分に向かわせてから、クロロはおもむろに口を開いた。
「今回は大きな仕事だ。9月にヨークシンシティで大きなオークションが行われるが、その出品物を丸ごと俺たちがいただく」
告げられた言葉が私たちに染み込むように彼は一呼吸おいて、その先を続ける。
「シャル、暇な奴らは出るようにと収集をかけておけ」
「了解!」
シャルナークがやる気を漲らせて早速パソコンを取り出して情報を集め始めた。
私はその横で、彼の真剣な表情を見て今回の仕事はとても大きくて重大なものだのだろうと気を引き締める。
「クロロ、もちろん私も一緒に行くんでしょう?」
「ああ、お前がいた方が楽に盗むことができるだろうしな。まあ、あいつらは少し難しい方が楽しいと言うだろうが」
言いたいことを言って再び読書を始めた彼の元へ行って疑問点を問うと彼は一時的に本から視線を上げて私の目を見た。
その目は私と同じ黒色をしているのにまったく底が見えない。” あれ、この感じ誰かに……
一瞬脳裏に何か映像が流れたような気がしたが、少し考えてみても思い出せない。クロロの前で何かに悩んでいたからか、彼に不思議そうな顔をされてしまった。
「どうした?」
「ん……何か思い出せないなって思って」
思案するように空中に視線を泳がせながら返事をした私はクロロが微かに目を細めることに気付かなかった。
だが彼のそれはすぐ消えてしまい、何事も無かったかのように違う話題を持ち上げる。
「ああ…ヨークシンの仕事まで時間がそれなりにあるからその間も少し他の仕事はするぞ」
「うん、分かった」
8月まで何もしないのかと思っていたがどうやらその間も小さな仕事はするようだ。たぶんその度に誰かを呼ぶのだろう。
基本私は行くあてが無いからアジトに居ることが多いので、その小さな仕事にも何度か付き合わされるに違いない。
そういえば旅団のメンバーたちは時々ふらりといなくなって収集をかけるとまたやって来るという感じなのだが、彼らはいったいどこに住んでいるのだろうか。
こんな危険な仕事をしているのだから人里離れた場所か、あるいはそんなことは気にせずに便利な都会の中で住んでいるのかもしれない。
マチたちに訊いてみようかな。そう思って他のメンバーとトランプに興じている彼女の元へ行く。
「ねえ、マチは仮宿にいない時はどんな所に住んでるの?」
「あたし?うーん、大体小さな街で自然と都会が半々ってところかな」
「俺はやっぱりジャポン風の家だな!」
「あんたには聞いてないでしょ」
彼女から返ってきた言葉にそうなんだと頷く。途中ノブナガが自分の話を持ち出したがそれはあっさりとマチによって切られてしまって少しつまらないという顔をしていた。
「何々、皆で何の話してるの?」
「呼んでもないのに、あんたはすぐ来るね」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてないっつの」
パソコンに集中していると思っていたシャルが私たちの会話を耳にはさんだのかこちらにやってきた。
私は彼に「皆はどんな所に住んでいるのか聞いてたの」と先程の説明をする。なるほどね、と彼は頷いて自分にも聞いてくれないのかなという視線を投げてよこす。
断る理由も何もないので、彼の視線に応えてあげて私はマチに訊いた質問と同じものを彼に投げた。
「え、俺?俺は綺麗な海が見える街に住んでるよ。辺りは白い家がたくさんあって人柄は温和なんだ」
「そうなんだ。楽しそうな街ね」
彼が説明してくれた街を脳裏に思い浮かべてみる。その場所はとても綺麗で一度行ってみたいなと思案してみた。
そんなことを考えているのがシャルには分かったのか、私を見てにっこり笑う。
「今度連れてってあげるよ。観光できる所はたくさんあるし」
「本当?ありがとう。今から楽しみ」
微笑みながら出された彼の言葉に、自然と口元が緩む。その場所に行くことが出来るのも嬉しいが、どちらかと言えばシャルと一緒に出掛けることの出来ることがより嬉しい。
その後も有名な観光地の良し悪しを談義したり、その延長線であそこの店のケーキはどうだ、こっちのブランドのチョコレートがああだと彼らと色々話し合った。

――この時は、この約束が守られると純粋に信じて疑わなかった。


2012/08/03

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