お互いに惹かれあって
でもそれには気付いていなくて
どうか彼らが幸せな末路を辿りますようにと願った


世界の裏切り 第49話


ちらりとシャルナークに視線を移して、パクノダは誰にも気づかれぬように小さく微笑みを漏らした。
パフェを食べた後に軽く化粧とマニキュアを施したに彼が見惚れているのはとっくに気が付いていた。
いつもは蜘蛛の情報処理を担当する冷静で怜悧な思考を持った彼が、こんな風に腑抜けになるなんて。
そう思ったが、もシャルナークも気付かないうちにお互いに惹かれていることが彼女からは見て取れた。
化粧をしている時、彼女が何を一番気にしていたかと言うと、シャルナークの反応を気にしていたのだ。
化粧した自分を見せるという対象になっているのはシャルナークだけだったらしく、一度しか口にしなかったが、それがどういう意味を持っているのかは聡い彼女には理解できた。
ホームに入る前もどことなく緊張しているようだったし、無意識に彼のことを考えていたのだろう。
そう考えると、この二人がとても愛しいものに思える。今も傍から見える彼女たちの微妙な距離感が気になって仕方がない。
彼は通常であれば蜘蛛のメンバーの行動や、更には数多の女性の心を操っているのに、今このときはその様子が微塵も感じられない。
それほどまでに彼女の事が好きなのだろうと思うと、酷く胸が軋む。あの時、私が彼女の記憶を消さなかったらいったいどうなっていただろうか。
そんなことを試す術はないけれど、過去の「もし」を考えてしまうのは仕方がないだろう。
元はと言えばクロロが彼女を仲間にするなどと言わなければ、彼女は何にも代えがたい大切な家族の記憶を失くしてしまうことはなかったのだ。
彼女と親しくなればなるほど自責の念は日に日に脹らみ、自己嫌悪に苛まれることが多くなる。
だが彼らを見ていると、その気持ちがふと和らぐのだ。幸せそうに笑っている二人を見ていると、自分の罪が無かったように思えて。
思えるだけで実際はなくなってもいないのだけれど。それでも、彼らの幸福を願わずにはいられない。
そう思っているのはこの場にいない蜘蛛の頭だとて同じであろう。思いの強さは異なるだろうが、彼がどうとも思っていない者に蜘蛛の証を渡すはずがないのだから。
だから、彼らの幸福は私が守らなくては。彼らの幸せを脅かすものは私が排除しなければ。
物事の混乱を好むヒソカなんかはもってのほかだ。彼には暫くアジトに訪れてほしくない。何せ、彼女の記憶の中に彼もいたのだ。
その印象がたとえ憎い者という負のイメージであっても、彼は彼女の記憶喪失について何らかの情報を示唆する可能性がある。
彼はなるべく彼女に近づけないようにしておいた方が良いだろう。何が起こるかは全く分からないのだから。


が蜘蛛の補佐として入団してから、何週間か経過した。アタシはもともとそこまで人に思い入れるタイプじゃないけれど、彼女にはなぜかそういった感情が強く出る傾向がある。
「マチ、これ直してくれてありがとう」
「どういたしまして」
彼女が気に入っているハンカチの千切れた部分を得意な裁縫で直したのもそれのせいかもしれない。どうしてか、彼女が困った顔をしていると助けたくなってしまうのだ。
たぶんそれはシャルナークも一緒で、あいつと同じ思考回路を持っていることに多少苛立つ。まあ、のためなんだから別に良いんだけど。
パクも彼女には人一倍気にかけているようで、どうやらが旅団に来てから皆は多少なりとも変化しているようだった。
こんなに個性や自我が強い連中を変えてしまう程の力を彼女は持っているのだ。その中でも特に彼女に影響を及ぼされているのはシャルで、以前の彼とはまるで別人のようだった。
前まではあんな風に心底楽しそうに笑う男ではなかったのに。あんな風に慈愛を込めて誰かを見つめる事などはなかったのに。
少しずつ旅団のメンバーに変化が訪れているのははたして良い事なのだろうか。アタシはそれが少し怖い。
これが単なる杞憂にすぎれば良いのだが。
しかし今は新しい仲間をこれでもかという程甘やかしてやりたい気分だ。彼女は今までの生き方ゆえか、あまり甘え方を知らないのだ。
あのガラス細工のような少女を、どうにか守って笑顔にさせていたい。今はただそれだけで十分だった。


2012/05/25

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