時々なにかを恋しく思う
その感情はすぐに目の前にいる人たちによって消されてしまうけど
その思いは少しずつ蓄積されていくのだ


世界の裏切り 第48話


「ほら、もう行くよ」
「待ってよ、マチ」
いつものホームから明るい声が響く。今日は珍しく女性陣だけで出かけようという話が持ち上がり、彼女らは大多数の女性と同じく気分が高揚していた。
忘れ物をしそうになったシズクにマチがいつものように呆れた目を向けながら、はそれをパクノダと一緒に眺める。
「あーあ、俺も行きたい」
「シャルは女の買い物に付き合えるとは思わないけど」
「シズク、俺、心に何か刺さった」
シャルナークはずるいなどと言っていたが、シズクの毒舌によって沈められ、大人しく身を引いた。
そんな彼の様子には「何か良い物があったら買ってくるね」と言い、ホームを後にした。
「盗賊なんだから盗めばいいのに」
そう呟いたシャルナークは女性の買い物に対する情熱を少しも理解していないに違いない。
きっとこの場にまだマチが残っていたら、限られた金でどれを買おうか迷うのが楽しいんじゃないか!と言っていたことだろう。


そんな事を言うだろうマチたちは、全く限られるようなことはない量の金額を持ち歩いているので、迷うなんてことはないかもしれないが、今現在服関連ではないもので迷っている最中だ。
、あんたはこの抹茶白玉パフェとイチゴアイスパフェのどっちが良いと思う?」
「うーん、私は抹茶かな」
「何で悩むの?全部食べちゃえばいいのに」
「胃袋には限界があるのよ。皆が選んだものを少しずつ食べればいいじゃない」
ぶつぶつと甘味処のメニューを前にして、あれが良いやらこれが良いやらと悩んでいるマチとにパクノダが助け舟を出し、彼女たちはその提案に乗ることに決めた。シズクはといえば、胃袋など関係ないらしいが。
「すいませーん、これとこれとこれ、あとこれも」
「かしこまりました」
彼女たちの元に来た男性のウェイターの顔が少々赤く染まっていたのは見間違えではないだろう。美女が4人も揃っているテーブルに呼ばれたら誰しもそうなるに違いない。
注文した品をウェイターがパフェを持ってくるまでの間、彼女たちは会話に花を咲かせる。
「ねえ、最近キセイドウの新しいマニキュアが可愛いと思うんだけどどう?」
「ああ、あの新色のパールピンクでしょ?」
「綺麗よね。私もああいった色をつけてみたいな」
「あら、はああいう淡い色絶対似合うと思うわよ」
化粧品会社が出したマニキュアがどうとか、あそこのブランドのファンデーションはノリは良いが匂いがキツイや、あそこのマスカラはすぐ玉になるからやめた方が良い、など女性ならではの会話を次々に展開させていく。
マニキュアか…とがぽつりと呟いた言葉に、三人は微笑する。
「あんたいつもはあまり化粧なんてしないんだからそれくらいやってみたらどうだい?」
「そうよ、女の子は化粧ひとつで変身するんだから。今以上に綺麗になるわ」
が化粧するの見てみたいなあ〜」
そう、かな?彼女がそう微笑み返すのを見て、パクノダは思わず胸を締め付けられた。そんな思いに駆られたのは彼女の記憶を覗いたパクノダだけだが、それは幼い頃からの訓練や仕事の日々で女の子としてお洒落を愉しんでこなかった彼女の境遇を知っているが故だ。
記憶を失ったためにそういった事は覚えていないだろうが、きっと化粧やお洒落に興味はある筈だ。そう思ってパクノダはにそれを勧めた。
「じゃあ、ちょっとだけやってみようかな」
小さくはにかんだにそうこなくっちゃ!と笑いかけたマチは、とりあえず今きたパフェを食べてからコスメを見に行こうと声高々に宣言した。


ただいま〜と言う女性陣の声が聞こえたことにより、シャルナークは自室のパソコンから顔を上げ、長い間固まっていた背筋を伸ばして階段を下りる。
下の階で他の仲間たちが女性陣とわいわいと騒いでいるような雰囲気が階上からでも分かり、何だろうと思いその中に足を踏み入れた。
「あ」
「ただいま、シャル」
呆けているこちらに気が付いたが小さくはにかむ。おかえりと少し上ずりそうになる声を必死に押し隠して、彼女たちに近づいた。
「どうだい?このメイクあたしがやったんだよ」
「マチは手先が器用だからなあ!お前、盗賊やめても食ってけるな!」
「本当にね。私も今度やってもらいたいわ」
マチが自慢げにメイクの仕方を話しだし、それをノブナガが感心したように笑って、パクノダも微笑んでいる。だけど、そんな声が聞こえない程にシャルナークはに見入っていた。
彼女は自然に見える範囲で目元に薄く桜色を散らしていて、また唇は桃緋色のルージュを塗っていた。それが元々の彼女の肌の白さを引き立て、ますます綺麗に映った。
「どう、かな?」
「えっ、ああ、うん。えっと…すごく似合ってる」
反応を窺うように髪の毛を梳いた彼女の指先にもパールピンクの色が咲いていて、あちらこちらに目が奪われる。やっと返した言葉は全然気の利いた言葉ではなくて、彼は自分を胸中叱咤した。
「よかった」
絶世の美女なんかではない。人より整った顔をしているだけだが、ふわりと笑ったが今まで見てきた女性の中で一番綺麗で魅力的に見えた。
きゅうっと心臓が掴まれて、彼は今自分の顔が熱い事に気が付いた。
早く冷まさないと、彼女だけではなく仲間たちにまで知られてからかわれる。そう焦って何か他の事を考えようとするが、いつまでも彼女の笑顔が目蓋の裏から消えることは無かった。

ああ、俺は本当に君に恋してるんだ。


2012/05/18

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