何かをなくした気がした
髪などすぐに伸びるのに
それでも心がきしむのです


世界の裏切り　第４６話


「ほら、ここに座って」
「うん」
マチが使っている部屋に連れてこられて彼女の言うとおりに鏡の前の椅子へ腰掛ける。がさごそと後ろの棚を探っていた彼女は数秒で髪専用の鋏を持ってきて、私の後ろに立った。
私の髪形を直してくれるのだ、と彼女の行動から理解できて、思わず笑みがこぼれた。やはり、マチは優しい。
はらはらと地面に落ちていく髪の毛の量に比例して、髪形は段々良くなっていく。その様子を鏡越しに眺めながら、私は少し自分の行動を悔やんだ。
あの時は、髪の毛などすぐに伸びるものだと思って自分で切り落とした。こうなることなんて分かっていたことではないか。
けれど実際にこんなに短くなってしまうと、どうしても悲しい気持ちがでてきてしまう。
髪を失ったことが悲しいのではない。ただ、髪を切ったことにより何か、大切な繋がりが消えてしまったかのような焦燥感を覚えるだけなのだ。
それが何なのかは私自身にさえ分からない。記憶があったなら、もしかしたら分かっていたかもしれないが今の私にはそれがない。
フィンクスにも言ったように、長い髪の毛は昔の私が持っていたものであって、今の私とは別人なのだから必要ではないものだ。良い決意表明ではないか。
そう自分を納得させると、丁度マチの手が止まり、彼女が鏡越しに微笑んだ。
「整えたら結構短くなっちゃったねえ」
「ううん、ありがとうマチ」
出来上がった髪形はボブカットで彼女の言うとおり短かった。今まで髪で覆われていた首が半分出てしまい少し肌寒く感じるが、彼女の腕前はプロの美容師のそれにも勝るものだ。
首を動かす度に銀髪が揺れて綺麗だよ、とマチに褒め言葉を貰って嬉しくなる。マチのピンク色の髪の毛も可愛いよね、と返せばよしてよと彼女は照れてしまった。
二人して広間に戻るとフェイタンの姿はなく、代わりに先程はいなかったノブナガがいた。
「おい、どうしたんだ？イメチェンか？」
「フェイタンの馬鹿のせいで切ることになったのさ」
私の代わりにマチが答えてくれた言葉を聞いて、彼はあいつも相変わらずだなあと笑う。これだから血の気の多い奴らは、と隣でマチが文句を言っているが旅団にいる人間は総じて血の気が多いと思ったことは、彼女には内緒だ。
「新しい髪形似合ってるじゃん」
「ありがとう、シャル。マチの腕が良いおかげだよ」
「よしてってば、照れるじゃないか」
「マチったら謙遜しなくてもいいのに」
最終的にパクノダまで会話に入ってきて、マチは「ちょっとパク！」と顔を赤くしている。どうやら彼女は褒められ慣れていないらしい。
けれど私の滅茶苦茶だった髪形をここまで綺麗にしてくれたのだから、やはり彼女には感謝している。
「」
その後も四人で談笑していると、ふいにクロロに名前を呼ばれた。何？と返して彼の元に寄ると手を差し出せと言われる。
「旅団のメンバーに蜘蛛の刺青が入れられるのは知っているな。お前は蜘蛛の補佐だからこれがそれの代わりだ」
「綺麗…」
クロロから渡されたのはルビーのイヤリングだった。丸い涙型をしたそれの表面には黒い線で細かく蝶の絵が描かれている。
よく見ると、その黒い線は細かく砕かれて埋められた黒曜石で、緻密な作業を思わせる作品だ。
「ありがとう、クロロ」
「ああ」
礼を述べて早速それを耳に着けて三人の元へ戻る。良かったわね、似合ってるじゃないかと二人から言われてくすぐったい気持ちになるが、シャルナークだけ浮かない顔をしてクロロを見ている。
「シャル？」
「え、ああ。よく似合ってるよ」
どうしたのだろうかと彼に声をかければ先程の表情はすぐに消えてしまい、微笑んでくれた。
彼の表情が意味することは分からないが、皆と同じ仲間の証を貰えたことで浮かれていた私はすぐにそのことを忘れてしまった。

「蜘蛛に囚われた蝶、か……」


2012/04/15