私が憎いのなら力づくで阻止すればいい
けどもう私だってみんなのことを仲間として好いてしまったのだ
簡単に負ける気は無い


世界の裏切り 第45話


ひゅ、と頬すれすれに突き出された隠し刀から最小限の動きで避ける。すたっとウヴォーから離れて攻撃をしてきた人物を見つめた。
「おい、フェイ何やってんだよ」
「ウヴォーは黙てるね。今からワタシが審査してやるよ」
彼の言葉が終わらないうちにまた刀で攻撃を繰り出される。それにナイフを使って避けたりしつつ、周を用いて彼の肌に傷を付けようと試みた。
だが簡単に攻撃が決まる訳でもなく、激しい攻防が続くだけだ。ナイフと刀が擦れ合って赤い火花が散った。
俊敏な動きでくりだされた刀で脇腹を微かに切り裂かれ、小さな血飛沫が飛んだ。それに顔色を変えると、彼はにたりと笑う。きっと私を傷付けることができて嬉しいのだろう。
そしてあわよくば殺してしまおうとでも考えているに違いない。簡単に殺されてたまるか、と目付を鋭くして足払いをかけてフェイタンの体制を崩しにかかる。
が、すぐさま体制を整えて攻撃を繰り返してくる彼に隙は無い。思わず舌打ちをしそうになって唇を噛み締める。
これはもう能力の出し惜しみをしている場合ではないと判断し、彼にしか聞こえない程度に「転べ」と呟く。途端、体制を崩して尻餅をついた彼にナイフを振り下ろそうとするが、急激に膨らんだ彼の殺気に思わず後ずさった。
その一瞬が勝敗を分けた。目にも止まらぬ速さで私のことを蹴倒し、髪の毛を掴まれ重力に反して引っ張られる。
「おい、フェイ。もう良いだろ」
「黙てろ、ウヴォー」
ウヴォーの静止の声を無視してにたりとフェイタンは私の背を踏みつけたまま私を見下ろす。その目には憎悪が浮かんでいた。引っ張られている髪が痛い。
動きにくい体制だがナイフを持った手を後ろに上げる。
「は、そんなものでワタシを傷付けられると思てるのか?」
「違う」
そう言って私は掴まれている髪の毛をナイフでばっさりと切り落とした。意外な展開に緩んだ彼の脚力から逃れて立ち上がる。
ばっさりときられた銀色の髪の毛が彼の手の中に収まっているが、それがぱらぱらと地面に落ちた。
「まさかこうくるとは思ってなかったぜ」
ヒューとこの場に似合わない口笛を吹いたのは、今まで傍観者を決め込んでいたフィンクスで、興味深そうに私の事を見ている。
「女は顔と髪の毛を一番に大切にしていると思ってたが。驚いた」
「…これは過去の自分が持っていたものだから。今の私には必要ない」
きっぱりとフィンクスに言い返すと清々しいなと笑われた。一気にこの場の雰囲気が戦いのそれから和やかなそれへと変わる。
フェイタンもそれを感じたのか、チッと舌打ちをして武器を傘の中に仕舞った。どうやらもう闘う気は無いらしい。
そっと髪の毛を触ると、今まで腰まであった髪の毛はあっという間に肩より上の短さになってしまった。耳の横だけ彼は掴み損ねていたのか、その部分しか長くはない。
それにナイフで切り落としたせいで、髪の毛の長さが不均等だ。帰ったら自分で切りなおしてみようと、その場は諦めることにしてシズクが待つ門へ向かうことにした。
「あれ?、その髪の毛どうしたの?」
「ちょっとね」
門に着くと先程までの血溜まりや死体はシズクによって片づけられていて綺麗になっている。彼女と目が合った途端、髪の毛について聞かれたが言葉を濁す。
ふうんと大して詮索を続けてこない彼女にほっと溜息をついて、ホームへの道のりを急いだ。


「ちょっと、!その髪の毛どうしたの!?」
「なんだいそのザマは!」
「え、えっと……」
三時間程でホームへ戻ってきたを見て俺は驚いた。いったい何があったんだ、あんなに綺麗な髪の毛がどうしてこんなことに。
マチと二人して彼女に詰め寄るけれど、彼女は言いずらそうに視線を彷徨わせて言葉を探している。少し離れた所から見やっているパクも相当に驚いた顔をしていた。
「いやあ、コイツ凄ぇんだ!フェイに髪掴まれて万事休すか?と思ったら自分で髪切っちまうんだから!!」
「根性あるよな〜!でもそういう奴嫌いじゃねえ」
わははと笑いながら報告をしてくるウヴォーとフィンクスによって大体のことは推察できた。フェイタンが何かにちょっかいを出すかもしれないと案じていたが、杞憂では済まなかったらしい。
はあ、と溜息を吐いて知らんぷりを決め込んでいるフェイタンに三人分の非難の目が向く。シズクはどうだか分からないが、パクとマチは女性にとって髪の毛がどれだけ大切なものか分かっているだろう。
マチもと同様に長い髪を持っているから、彼女の心境はよく理解しているに相違ない。実際、はいつも通りの笑顔を見せているが、どことなく物哀しい目をしている。
「あー、もうフェイ最低」
「は」
頭をばりばりと掻き毟り彼に対する文句を垂れる。それに対して彼は嘲笑を返したが、いつもの棘が少し収まっている。
ビールを飲んでがははと笑い続けているウヴォーとフィンクスをちらりと見れば、今回の仕事で彼女に対する意識が変わったようだった。
皮肉なことだが、彼女は自分の髪の毛と引き換えに彼らの信用を得たらしい。きっと彼女もそのことは分かっているのだろう、俺を見て「また伸びるから大丈夫だよ」と微笑んだ。
そんな健気に笑いかけてくる彼女に、マチはこっちにおいでと彼女を自室に連れて行ってしまった。マチは手先が器用だから彼女の髪形を整えてやるつもりなのだろう。
「面白い奴だ」
今まで興味がなさそうに我関せずを通して、盗ってきた絵を愛でていたクロロが二人の出て行った扉を見てそう言った。
ふ、と楽しそうに持ち上げられた口角は彼がという人物に対して興味を持ったことが窺い知れる。なんだよ、クロロは能力だけしか興味が無かったくせに。
そう心中呟いて俺は少し気分を害した。


2012/04/15

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