無慈悲な神が哂っている
この道が茨だらけだと知りながら
神は私の背を押した


世界の裏切り 第42話


ぱちりと目を覚ますと、見覚えのない天井が視界に映った。だが、なぜ見覚えがないのか分からなかった。
むくりと寝ていたベッドから起き上がって辺りを見渡すと、まるで廃墟のような内装をしているのが分かる。
しかし、整理されていることもありそれ程汚くは見えない。いったいここはどこなのだろうと昨日の事を思い出そうとするが、まるで何も思い出せない。
あまつさえ、昨日以前の記憶も無いのだから、文字通り顔が白くなった。兎も角此処がどこだか分からなければ如何仕様もないので、誰かを探すことにした。
「あら、目が覚めたのね」
「…どうも」
探そうと決心して扉を開けようとしたのと同時にそれは別の人の手によって開かれた。驚いて視線を上に移すと私の目の前にはスタイルの良い女性が穏やかに笑って私を見下ろしていた。
一瞬彼女の美貌にぽかんとしていると、彼女が「私の仲間が倒れているあなたを此処まで連れて来たの」と先の私が抱えていた疑問に対する答えを渡してくれた。
ご迷惑をかけてすみませんと軽くお辞儀をすると、彼女―パクノダ(というらしい)はお礼ならシャルに言ってと優しく微笑んで階上へと案内をしてくれる。
その間に唯一覚えている名前を彼女に教えた。お礼にもならないだろうが、これくらいしか私にできることは無い。
何から何まで廃墟のようだと思っていると、人が百人ほど収容できそうな広間に出て本物の廃墟であることが窺い知れた。
「あ、おはよう。良かった、目が覚めたみたいで」
「おはようございます。あの、介抱してくれたようで…ありがとうございます」
、あれがシャルナークよとパクノダに紹介された私は、記憶は一切無いものの金髪の好青年にお礼を述べる。
いやいや良いよ気にしないでと言う彼に今一度頭を下げると、少し物哀しい顔をされた。見間違えかと思う程速く、その影は消えてしまったけれど。
広間には彼ら以外に読書をしているオールバックの男性とサムライという恰好をしている男性、髪の毛で顔が隠れている子がいて各々自由にしているが、私に意識が向けられているのが分かる。
彼らも念能力者であるらしく、洗練されたオーラを身に纏っていて堂々とした雰囲気で、思わず威圧されそうになった。
私のような部外者がいても居心地が悪くなってしまうだろう。どこに帰る場所があるかなんて分からないけれど、そろそろお暇しようとその旨を彼に伝えるときょとんという顔をされた。
あれ、この表情どこかで―。
「帰り道分かる?何だったら家まで送ろうか?」
「―いえ、そこまでご迷惑はかけられません」
たぶん帰れますと帰り道どころか家がどこにあるのかさえ分からない不安を噫にも出さず、やんわりとした姿勢で彼の親切を断った。
善意で申し出てくれているだろう彼の思いを無碍にするのは躊躇われたが、そこまで彼にしてもらう義理はない。
それではありがとうございました、と丁寧に頭を下げて、乱雑だがそこまで汚れていない廃墟から出た。
廃墟から出た所で一度だけ後ろを振り返る。先程の、彼のきょとんとした表情が頭から離れない。どこかで見たような気がしたのだけれど、結局そのことを思い出すことは無いのだろう。
とぼとぼと重い足取りで私が出てきた廃墟から遠ざかるが、周りの廃墟も皆その廃墟と同じ風貌をしていて方向感覚がおかしくなりそうだ。
たぶん方向音痴の気は無い筈だが、と考えてみてちくりと胸に微かな痛みが走る。私は、今、自分の名前と能力、過去に犯した殺人の記憶しかないのだ。
人を殺すだなんて何と非道な。私は許されることがない罪人だ。とぼとぼと歩いていた足はいつの間にか止まってしまい、その場に蹲る。
自分が誰なのかさえ分からない。出身地も家族も仕事も友人も、全ての記憶が私の中には無い。分かるのは罪人ということだけだ。
ほろりと涙が零れ堕ちて地面に染みをつくる。泣いたって許されるわけではないのに、何故涙は出てきてしまうのだろう。
これはきっと罰なのだ。私がどれだけ罪深い人間なのかということを分からせるために、神が私に与えた業なのだ。
ぽたぽたと止まることのない涙を指で拭うと、一人分の足音が聞こえてくる。いったい誰だとは思ったが顔を上げなかった。
たとえ顔を上げて相手を確認しなかったことで殺されても仕方がない事だと思う。だって、私は罪深い人間だから。
、どうしたの?」
ぴたりと止まった足音に次いで声をかけられた。その声の主は先程私を介抱してくれたというあの青年のものだ。
そろりと立ち上がって涙で濡れた顔を上に向ける。吃驚するだろうか、私が泣いていたことで。そう思いながら彼の顔を見れば予想に反してふわりと笑っていた。
「帰る場所が無いの?」
「……分からない。全て忘れてしまったから…」
そう言葉に出して改めて今の状況を実感する。もう、私には帰る場所も何も無くなってしまったのだ。忘れるだなんて無いのと同じなのだから。
依然としてにっこりと微笑んでいるシャルナークは手を差し出した。その意図を図れずにそのままじっと見つめていると彼が口を開いた。
「俺たちの所に来る?俺たちもと同じように帰る場所なんて無い」
また笑っているのかと思って顔を上げてみると、今度は至極真面目な表情をしていた。その真摯な色をした瞳から目を逸らすことが出来ずに彼を見つめ続ける。
私と同じように、帰る場所が無い。その言葉はまるで呪文のように私の思考を絡め取る。嘘かもしれない、なんていう考えは私の頭には浮かばなかった。
差し出された手をそっと取り、彼を見上げる。今度はにっこりと笑っている顔が目に映る。
「ようこそ、

私は仲間を手に入れた。


2012/04/14

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