触れたそこから流れ出す
あなたの大切なものは
いったいなんですか


世界の裏切り 第41話


高速道路から降りて、少し走った所に見つけた小さなコンビニで私はクロロと運転を交替した。
特に疲れたという訳ではなく、これから私が連れ去ってきた少女の記憶を調べるためだ。
左から、私、少女、シャルナークと並んでいるが、シャルナークは労わるように少女の綺麗な銀髪を梳いている。
「あなたの大切なものは何?」
予めクロロから訊くように言われていた言葉を少女に問いかけ、その肩に触れた。
「!」
途端、触れたそこから津波のように少女の記憶が私の中に流れ込んできて、能力者である私がそれに流されそうになる。過ぎたデータ量に頭が破裂しそうになった。
そしてその記憶の殆どが双子の兄と家族で埋め尽くされていて、どれだけ少女が家族を愛しているのか容易に分かる。
殊更兄に対する想いはあまりにも強くて、気付いたら私の瞳からは涙が零れていた。こんな事は今までで一度も無かったのに。
茫然として、暫く自分の身に起こったことが理解できなかった。
「パク、大丈夫?」
少女の隣に座っているシャルが私の様子に驚いたように声をかける。運転中のクロロもバックミラーでちらりと私の様子を確認して僅かに目を細めた。
大丈夫と返しながらも、この私が他人の記憶に感化され、尚且つキャパオーバーをしそうになるなんて、と表面には出さないが内心では酷く焦っていた。
私の頭の中には未だに少女の狂おしい程の愛と悲哀がぐるぐると抜けることなく渦巻いている。
そしてその記憶の中でも一番驚いたのは、幼いころのシャルナークがこの少女の数少ない“友達”というカテゴリーの中に存在していたことであった。
そのような話を今まで一度も彼の口から直接聞いたことが無かった私は正直、この後にクロロの命令通りに少女の記憶を失わせることが躊躇われた。
いくら蜘蛛でも、ゾルディック家が大切にしている一人娘から能力を奪ったことで彼らから報復を受けるとなると、荷が重いということで少女の記憶を奪って利用しようと決行したのだが、まさかここまでの強い記憶であったのかということとシャルナークの存在で私の決意は今にも鈍りそうになる。
「シャル、あなた…」
「―良いんだ、パク」
確認するようにシャルナークに目で問えば、彼はどこか悲しい色を持ちながらも笑っている。きっと前で運転しているクロロは彼の心情を理解しながらこのような命をしたのだろう。
なんと酷な。そう思ったが、団長の命令は絶対だ。生かすべきは蜘蛛であって、個人ではないと結成時の言葉を思い出す。とかく正当な理由がない事で彼の命令を無視することはできない。


『邪魔な記憶は全て消せ。ファーストネームと能力、殺人の経験があることだけが残っていれば良い。とにかく彼女が帰る場所を無くせば自ずと蜘蛛を頼るだろう』


作戦を説明していた時のクロロの言葉を思い出す。本当に良いのね、と誰にでもなく最終確認して少女の頭に銃口を向けた。ごくり、と決意が鈍らないように生唾を飲み込んで少女から引き出した記憶を彼女に向けて放つ。
パン!と乾いた銃声が車内に響いて鼓膜が揺れた。依然として少女は目を閉じたままで、髪の毛と同色の美しい銀の睫で頬に影を落としている。
ちらりと横を見やれば、シャルナークは窓の外を眺めていて表情は窺えなかった。いつの間にか雨が降り始めたのか、車体にぶつかり跳ねる雨音がこの空間を占める。
しだいにそれは激しさを増し、窓の外の情景が見えなくなる程の土砂降りと化した。
まるで少女かシャルナークの代わりに空が泣いているようだ、と思いながらぼんやりと雨が降り注ぐ様を見つめる。
忙しなく動くワイパーが空から落ちてきた涙を拭い続ける。そんなもの、簡単に止まるわけではないのに。
「………」
静寂が満ち足りている車内から意識を離して、あの日のことを思い出す。
あの時――私たちがまだ流星街で生きていくために必死だった時、彼は初恋をしたとクロロ達に話していた。その時私は彼らから離れた所にいたのだけれど、偶然にもその会話が私の耳に入ってしまった。盗み聞きするつもりは毛頭なかったが、自分の仲間が未知の感情を手に入れたのだ。知りたくない筈がなかった。
彼曰く、相手は外の住人で自分では手が届かない程に綺麗だった。その髪は銀河のように美しく、黒い瞳はどこまでも澄んでいてまるで黒曜石のようだったと。
この少女だと記憶を覗いた時に瞬間的に分かってしまった。少し頬を赤らませながら会話しているシャルを見れば一目瞭然だったから。
――クロロ、あなたは時として、仲間の心まで殺してしまうのね。
少女の身体から漂うほのかに甘い香りが、慰めるように車内を満たしていた。


2012/04/03

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