狂おしい程にすれ違う彼女たち
運命の歯車は再び動き出した
それを止めることは誰にもできない


世界の裏切り 第40話


「―という訳で、リオネル氏に賛同される方はぜひ寄付をお願いします」
パチパチパチと大勢の政治家やそのコネで集まった人々によって一斉に拍手をされ、私は舞台を降りた。
「やあやあ、今回も君のおかげで大盛況だよ。どうぞパーティーを楽しんで行ってくれ」
「お褒めにあずかり光栄です。それでは」
舞台裏で、ゲストの様子を眺めていた依頼主と軽く握手をしてその場を離れる。未だ興奮冷めやらぬ様子の大広間に出て、立食パーティーに加わった。
料理も飲み物も流石政治家というだけあって―ライバルに対する見栄もあるだろうが―逸品で舌鼓を打つ。
本来なら講演が終わったらすぐにでも帰るつもりだったのだが、依頼主からイルミが来ていることを聞かされて、広間から出る事が出来ない。
出る事が出来ない、というのは会いたいけれど会いたくないという矛盾する気持ちのせいで、足が動かないからだった。
この屋敷の大広間は実家程ではないがとても広く、それに加え人々で犇めいているから気配を探らなければイルミがどこにいるのかなど分からない。
だが、この大広間からは気配を感じないので、きっと一人で寛げる所にいるのだろう。
壁一面がガラスという2階の窓から庭に造られている薔薇園を見下ろした。闇の中でもその薔薇は赤白と存在を主張しており、美しいことが分かる。
薔薇で作られたアーチなんて、女性からしてみればとても素敵だが、その先を辿っていくと一瞬私が見間違えたかと思う程の光景が目に入って「あ」と小さく声を上げた。
「イルミ…」
アーチを潜った少し先にあるベンチに寝転がっている彼の姿を目にした。常であれば、考えられない程の行為で目が離せない。
どこからも気配を感じなかったのは、どうやら彼が気配を消してあの薔薇園で寝ていたからだと今頃気付いた。
だが、ぴくりとも動かないで目を閉じている様子に不安になる。彼に限ってそんなことはないだろうが、もしかして具合が悪いのかもしれない。
一度気になりだすとパーティーどころではなくて、イルミの事ばかり考えてしまう。そんなにうじうじと悩んでいるのなら、いっそ確かめに行けばいいと怖いながらも決断した。
私が近づいたことが知れて目を覚まされても困るので、階段に向かう途中に段々と絶の状態にしていく。これならきっとイルミにも気付かれないだろうと階段を下りて庭へ出た。
庭一面に咲き乱れた薔薇から馨しい香りが放たれてその香りに酔いそうになる。ふわふわとした気分にさせるその香りも、この緊張には全く役には立たず、彼が寝ていたベンチへと繋がるアーチを潜った。
そこを抜けるとイルミの姿が目に入り、益々絶に気を付ける。そっと暗歩で彼の元まで来て、愛しい思いを込めて、腕枕をして寝ている彼を見つめる。
会場からの光が漏れてイルミの寝顔に光が少し降り注いでいた。その寝顔はどこか疲れているようで、目の下には珍しく隈が出来ている。
こんなに疲れて、何か眠れないようなことがあるのだろうか。と彼の身が心配になり、思わず頬に手が伸びる。
「(イルミ…)」
だが本当に頬まであと少しという所で指を止めた。触れたら確実にイルミを起こしてしまうと分かっていたから。
こんな所で眠ってしまう程疲れている彼を目覚めさせたくなかったし、目覚めた彼と鉢合わせをしたくなかったからでもある。
本当はその隈を指先でなぞって消してあげたいくらいだけれど、それをしないだけの理性は残っていた。
名残惜しく思いながらも手を引っ込める。言葉にはせずにさようならと唇だけを動かして私は背を向けた。


「シャル、見ろ」
「何、クロロ」
額を包帯と前髪で隠したクロロが窓の外を眺めている。その目は獲物を見つけた時のそれと同じだった。
彼に釣られるようにして外を眺めると、薔薇園の中に一組の男女がいることが分かる。女性の方は先程舞台上で演説をしていて、クロロに良い能力だと狙われている。
そして、俺が幼い時に流星街で出会っただった。俺の、初恋の人。あの後、何年も彼女の事が忘れられずに何度も情報収集した。
旅団を結成してからも仕事以外で調べ続けて、漸く彼女の情報を掴むことが出来た。そしてその情報で、彼女がゾルディック家の長女で今は演説屋として一人暮らしをしているという事が判明したのだ。
彼女の影で隠れて今は顔が見えない男は、あの時俺からを奪っていった恐ろしい程に綺麗な顔をした双子の兄だろう。彼女が彼の頬に手を伸ばしているのが見える。
やめろ、そう叫びたかったけれど、手を止めて彼に背を向けた彼女がまるで泣きそうな顔をしているから、手を握り閉めるだけに終わった。
「行くぞ」
「オーケイ」
クロロが合図して俺たちは完璧に絶をしたまま階段を静かに、だが素早く駆け降りる。
このまま何事も無ければ一歩先を行くクロロがの首に手刀を落とし、気絶して崩れた彼女を俺が抱えてパクが待つ車まで走り続けることになる。
唯一の障害はあのベンチで寝ている男だったが、彼にも彼女にも気付かれることなく、予定通りにクロロが背を向けているに手刀を落とし、俺が彼女を抱えて車まで走り去る。
「パク、出せ」
「了解」
準備していた車は音もなく闇に紛れ、すぐさま見えなくなっていく。
……?」
薔薇とは違うふわりとした甘い香りで、だと認識して目を覚ましていたイルミの訝しむ声が、寂しく夜にとけていった。


2012/03/31

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