私たち、一度離れましょう
一緒にいてもお互いに傷つけあって
つらいだけだから


世界の裏切り 第38話


真新しく清潔なシャツに腕を通して、上にカーディガンを着る。下は膝丈の淡いスカートを着用して、最後にトレンチコートを羽織った。
あの夜と同じように最低限の荷物をショルダーバッグに入れて、部屋を出る。かちゃりと閉まった扉の音がやけに響いた。
その後キルアから連絡が来て、彼が既に本邸を出てしまったことを教えられた。私も早く追いつこうとして、キルアが使った通路に向かう。
―話は変わるが、ゴン達が本当に試しの門を開く事ができたことに驚いた。彼らなら出来ると確信はしていたが、実際に聞いてみるとやはり驚くものだ。
きっと一生懸命特訓を重ねて扉を開いたのだろう。そこまでしてキルアに会いに来てくれたことが本当に嬉しい。
私よりも余程彼らの方が強くて逞しいと思う。私もそんな風になりたい。
「!」
暗い通路の半分ほどまで来た時、壁際に寄りかかってこちらを見つめているイルミを見つけて目を見開いた。
どうして今まで気が付かなかったのだろうと一瞬思うが、絶をして気配を消していたから気付かなかったのだろうということが容易に分かる。
震えだす身体を無視して、一度止めた足を再び動かし彼の横を通り過ぎようとする。
「……行くの?」
「……うん」
だが、半歩過ぎた所で彼に右手首を掴まれた。痛くはないが振り解けない位の強さで手首を拘束されている。
そんな彼の小さな心遣いに涙が溢れそうになる。ハンター試験以来の会話なのに、会話がこれではあんまりだ。
お互いに沈黙が流れ、質問に答えたのに未だ手を離そうとしない彼のオーラが一瞬揺らいだ気がする。
前へ進もうと腕を少し引くと、呆気なくイルミの手は離れた。彼らしくない気配に思わず振り返りそうになったが、それを我慢して前だけを見続ける。
「……っ」
通路を出て日の光を瞳に取り入れると、堪えていた思いが涙となって溢れ出した。今まで歩いていたのにいつの間にか走り出していて、頬を伝った涙が空気中へ散っていく。
キルア達がいる所へ向かう途中、今までのイルミと過ごしてきた記憶が次々に甦り、目前が確認できない位に涙で遮られた。
一緒に生まれて、一緒に寝て食べ成長して、体と心を共有し合って、あの悪夢の日まで片時も離れたことがなかった私たち。
イルミ―これほどまでに愛しい人。唯一無二の双子の兄。私の存在理由など彼の傍にいるだけで良かったというのに。
それが出来ないのはきっと私のせい。双子なのに私があなたと違うから受け入れてくれないのだろう。だから私は私を取り戻す為にあなたとは別の道へ行く。
―きっと、きっとあなたと同じ位置に立って帰ってくるから、どうかその時まで私を忘れないでほしい。


キルア達が執事室の外に立っている気配を感じ、歩調を緩めて彼らに近づく。流れた涙はハンカチで優しく拭っておいた為、流れた形跡はなく、目尻も赤くなってはいなかった。
「みんな」
(姉)!」
丁度ゴトー達と別れを告げている彼らに声をかけると、彼らは元気そうに微笑んだ。だが、顔中怪我をしているゴンが気になる。
気になっていたが、同じくらい傷ついているキルアの顔を見て、思わずくすりと笑ってしまった。
「俺たち今行こうとしてたところなんだ。も行くでしょ?」
「うん」
歩き出している彼らの背を眺めて、はたと気づいたように立ち止まる。少し離れた所でお辞儀をしているゴトーの所まで戻って、彼と目を合わせた。
「ゴトー…イルミを、家族をお願いね」
「かしこまりました。様もお気をつけて行ってらっしゃいませ」
私が形容しがたい表情をしながらゴトーにイルミ達のことを頼むと、彼はいつもより決意が滲む様子で頭を下げた。
「おーい、ー!」
ありがとう、と頭を下げ続ける彼の姿に感謝して、私は距離が開いた所で待っているキルア達に向かって走り出した。


2012/03/31

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