どうして?
心のどこかでは信じていたのに


世界の裏切り 第33話


勢いよく女子トイレに駆け込んで、手荒い場の水を大量に流す。
堪えきれない吐き気から、涙が頬に伝った。たぶん、それだけじゃないのは確かだ。
「ゲホ…ッ、ごほっ」
ジャージャーと流れっぱなしの水を止めることも出来ずに、ずるりと床にへたりこむ。
拒絶された。イルミから、嫌いだと言われた。とても嫌悪の篭った目で、私を間近で睨んでいた。
悲しくて、絶望で心が満ちて、とめどなく涙が流れ落ちる。
彼のあの瞬間の言葉が離れない。頭の中で繰り返し再生される。それに抗えるわけもなく、唯泣き叫んだ。
「あああぁあ!!」
私は今まで何を信じていたのだろう。イルミは私の事がずっと嫌いだったのだ。邪魔だと、消えてほしいと、そう願っていたと。
私を、憎んでいたのかもしれない。なにもかもを共にしてきた半身なのに。一人では、イルミ無しでは何も出来ないというのに。
また、吐き気に襲われ、胃の中のものを吐き出した。がたがたと体が震える。私には、彼に拒絶されたことを到底受け止めることが出来ず、精神的に拒否していた。頭も体もあの言葉に拒否反応をみせている。
どうしてなんだろう。何が間違っていたのか。私とイルミの間に大きな溝が出来てしまったのは、いったいいつから?何がいけなかったのだろう。
双子なのに、私だけ成長が遅いのがいけなかったのかな。私がキルアを連れ出したのがいけなかった?何も言わずに出て行ったのがいけなかった?
私が、イルミと一緒に生まれたことが――
っ!すまない、心配で入ってきてしまった」
突然試験会場から飛び出して姿を消した私を心配して、クラピカが女子トイレまで追いかけてきてくれたようだ。
だが今ではそんな事にも意識を向けられるほど、私の中の余裕があるわけでも無く、力なく彼を見つめることしかできない。
未だに壊れた人形のように空を見つめ涙を流し続ける私を支えて立ち上がろうと彼が力を入れた時、極度の緊張によって私の身体は意識を手放した。


はっきりとしてきた視界に白い天井が映る。周りを見渡すと、サトツさんと、私と同じくベッドにいるゴンがいた。二人は何やら話していたけれど、私の茫然自失とした頭には何も入ってこない。
どうやら、私はあの後意識を手放し医務室に運ばれたようだ。きっとあの時駆け付けてくれたクラピカが運んでくれたのだろう。
そういえば、自分がいなくなった後の試験はどうなったのかという事を聴こうと思って、ゆっくりと起き上がろうとした時、ゴンが大変憤慨した様子で医務室を飛び出していってしまった。
「目が覚めましたか。具合がよろしかったら合格者の説明がありますので、行ってみてはどうですか?」
「はい、ありがとうございました」
そうだ、あの時何故だかは分からないけど、イルミがまいったと言ったから私は合格したんだ。
未だぼうっとしている頭を回転させ、その事に気が付いた。イルミの事を思い出すと、あの時の言葉がまるで呪詛のように私の身体を金縛りにさせる。自然と涙が零れそうになって、それを唇を噛み締めることでどうにかやり過ごす。
ゴンを追いかけようと、ふらりと立ち上がり医務室を出ようと扉を開く。すると、目の前にクラピカが現れた。そのせいでお互いがぶつかりそうになってしまう。
「!?す、すまない。、もう大丈夫なのか?」
「うん、ありがとう。運んでくれたのクラピカだよね」
どうやら私を迎えにきたらしい彼と共に廊下を歩く。彼の歩調は私を気遣っているのか、ゆっくりとしたものだった。
けれど、合格者説明会の会場にはイルミもいるのだろう。そう思うと怖くて体が震えた。
もし、またあのような言葉を吐かれたら、またあの目で睨まれたらどうしよう。唯一の双子の兄なのに、彼の視界に映ることさえ恐ろしかった。
「―お前がキルアの兄だっていう資格なんてない!!」
会場の扉の前に立つと、中からゴンのくぐもった声が聞こえる。
何故、今キルアの話しをしているのだろうか。そう不審に感じてクラピカを見ると、悲しそうな顔をしていた。
―……ああ、そういうことか。彼の表情からキルアが落ちたことが伺えた。
ごめんね、キルア。私が守ってあげられなくて。弱いお姉ちゃんでごめんね。
のことだって傷付けて!に謝れ!!」
また響いたゴンの声にはっとして扉を開ける。これ以上イルミに何か言うのはやめてほしい。彼は何も悪くないのだから。
「ゴン…もう良いの。やめて…」
自分が発した声は思っていたより弱々しくて小さいものであった。
ちらりとこちらを見遣ったイルミの視線にびくりと肩が震える。…怖くて胃が痛い。
「でも…」
「いいの…ありがとう、ゴン」
未だ納得していなさそうな彼にもう一度言い、イルミから一番離れた所に腰を下ろす。
それでも同じ空間にいることが苦痛だった。今すぐにでもこの場所から出て体を掻き抱きたい衝動に駆られる。
、もう大丈夫なのか?」
「無理しないでね」
「うん、ありがとう」
私の座った周りにレオリオとゴンが集まってくる。心配してくれる彼らの優しさは嬉しかったけど、大丈夫な筈はなかった。


説明を続けるマーメンの声が耳に届かないまま、説明会は終了した。


2012/03/30

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