こんなにも愛している君を
酷く傷付けることしか出来ないなんて


世界の裏切り 第32話


「久しぶり、
「イ…ルミ?」
鋲を抜かれた顔は彼女にとって、良く見知っていて、最も愛しい双子の兄だった。
本当はキルの時に外そうと思ったんだけど、まあ良いよね。そう言った俺は以前から何一つ変わってなどいない。
だが何年もまともに顔を合わせておらず、声も幼い時に聴いて以来であったには朧げなものだ。
驚きに見開かれたは暫く無言だったが、俺の目を見てびくっと肩を震わせる。
まるで、化け物をみたかのように怯えた彼女の様子に胸が苦しくなった。
何でそんな顔をするの?俺はやっとを見つけて嬉しかったのに。そう訊こうとしたが彼女の次の行動に言葉は自然と飲み込まれてしまった。
暫くして我に返った彼女は鋭利なナイフを握り直し、胸の前に構える。その恰好は考えずとも、俺を敵として見なしていることが分かる。
俺に敵意を持ってナイフなんて今まで向けたこと無かったのに。
そんなの様子に少し苛立ちながらも、俺は口を開く。
「キルと家出なんてよくも考えついたね」
淡々と事実を述べる俺に、彼女は無言でこちらを見遣る。会場の端でキルアがびくりと震えた。
――なんで、何も言わないの。と、イルミの胸にまたチクリと苛立ちの刺が刺さる。
言い訳の一つもしないなんて、否定の仕様がないじゃないか。
ギリギリギリギリギリギリと警報音のような不快な音が先程から頭に響いていた。耳にこびり付いたその音は思考能力を鈍らせる。
愛しいのにいう事を聞かない彼女に苛立ちが増す。
ギリギリギリギリ―。段々と大きさが増すそれ。何も考えたくない。ただひたすら目の前にある、神経を逆撫でするものを排除したかった。
「今云うことを聞いて帰るなら親父だって許してくれるよ」
そう言って、相手の反応を待つと、彼女は決意したように俺の目を見つめた。その瞳は俺と同じ色をしているのに、何故か読めない。
「私は…キルアと一緒に暮らすの。キルにはもう人を殺めさせはしない」
俺に反抗するのが怖いのか、またはその他の何かからか体を小刻みに震えさせている。
自分だって今まで何人も人を殺してきたくせに…。今更なに綺麗ぶってんの。
そんな彼女の一挙一動が酷く煩わしかった。
いつもなら従順なが反抗しているということに戸惑っていたのもあるかもしれない。
俺は今まで感じたことが無いくらい、激しい怒りの焔を感じた。は、俺がどれだけ君の為に自分を殺してきたのを知らないのに、よくもぬけぬけとそのような事が言えるものだね。
ずっと、ずっと、彼女の為だけを想って過ごしてきたのに、彼女はそんな俺の気持ちを踏みにじった。
もしかしたら、久しぶりに再会した愛しい妹に心が不安定だったのかもしれない。だけど、この言葉は、彼女に言うべきではなかった。
一気に距離を縮めて彼女の頭を地面に叩き付ける。苦しそうな彼女の声が歪んだ唇から漏れた。
「だからの事は嫌いなんだよ」
自分でも驚く程に、その声は冷たく、嫌悪がこめられていた。
彼女は地面に叩き付けられた衝撃より、先刻の言葉に目を見開いている。
みるみる内に絶望に満たされて歪んでいく彼女の目を見て、俺は自己嫌悪と共に後悔した。
違う、本当はそんな事思ってなんかない。大好きな君にこんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ。
本当は今すぐにだって君のことを抱きしめて、大好きだって――。
「イル……」
震える声で、俺の名を呼んだ彼女の瞳からつう、と涙が流れ落ちる。噛み締めた唇は今にも血が溢れそう。
そんな目で俺を見ないで。こんなにも大切な君に本気でそんな言葉を言うわけ無いでしょう。
だが、苦しい程に心で叫んだとしても、には届かない。
皮肉にも、必死に弁解しようにも口に錘を付けられたように思うように動いてくれない。
「……っ、もう俺の前から消えてよっ」
思考が停止したイルミの頭はうまく回らない。誤って吐いた止めの一言がの心を壊した音を彼は聴いた。
――違う。違う。消えたいのは俺だ。君を傷付けることしか出来ないなんて。死んでしまいたい。
堪えきれない”どうして”が頭の中で繰り返された。
先より、あの不快な警報音が酷くなって頭で響いている。
「―まいった」
彼女の表情を見て反射的に口を動かしたのを合図に、は俺の下から抜け出し、口元を覆いながら会場から走り去った。
!!」
悲しい程に傍観者でしかなかったクラピカとレオリオの声が会場に虚しく響く。
ギリギリギリギリギリギリと鳴り続けていた音が最高潮に達してブツリと途切れた。


この日、俺達の何かが壊れて崩れ落ちた。


2012/03/30

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