あなたの名を呼ぶ
あなたももしかしたら今
私と同じ月を見上げているのだろうか


世界の裏切り 第29話


「くしゅっ」
夜空に散りばめられている鮮やかな星を見上げていたら、不意に鼻がむず痒くなって嚔がでた。私を監視する試験官以外にそれを聞く者は無く、眼前の月を見上げ続けた。
イルミも今頃、私と同じようにこの丸い月を見上げているのだろうか。もしかしたら彼は今も仕事に打ち込んでいるのかもしれない。
青白い焔を放つ月を見つめながら、彼の声が聞きたくなる。もう10年もまともに会話をしていないから、彼の声は記憶の中で朧げな形しかない。
きっと変声期で少し低くなっているだろうけど、やはりあの無機質な機微が少ない声音は変わっていないのだろう。
「会いたいな…」
声には出さず唇だけを動かす。どうか、頭上の月が妖精を遣わしてくれて、この願いを聞き届けてくれれば良いのに。
だが、馬鹿な考え、と自嘲する。明日の為にも早く寝てしまおうと思い、目を閉じた。


ピチチチ、と小鳥たちが囀る声が鼓膜を揺らし、は目を覚ました。既に太陽は姿を現しており、朝独特の露の香りが鼻腔を擽る。
ふわぁと欠伸を噛み殺しつつ、側の枝にたわわと実っている林檎のような果実を2、3個もいで、近くの泉で綺麗に洗い口に入れた。
しゃりしゃりとした爽やかな音を聞きながら、さて何処に人がいるのだろうかと円を広げる。円の中に人物が入ったらすぐさま気が付くので、半径7メートル程度の間隔にした。
念が使える者がこの円の中に入ると相手にも気づかれてしまうが、自分を含めこの試験で念能力者であるのは3人だけであるので、大丈夫だろうと高を括った。
「…」
1時間程島を歩き回っただろうか、その時円の中に人が足を踏み入れたので、その人物の元へ完璧な絶をして向かう。それはヒソカとも、もう一人の念能力者の気配とも違っていたので一般人だろう。
そうっと草陰に身を潜めて相手を観察する。相手は男で辺りを警戒はしているが穏やかそうな顔の造りをしている。
手早く手刀で気絶させようとは一瞬にして彼の背に回り、首に手刀を落とした。がくっと熨された事にさえ気付かずに昏倒したその男の手荷物を素早く調べると、362のナンバープレートが入っていた。
「やっぱり…」
そう上手く獲物が襲った相手と合致するわけはないよね、と少々希望から失望に変わる自分を叱咤して1点分にしかならないプレートをポケットに仕舞う。
あと二人狩るか、と気合を入れ直して倒れた男を木の根元に凭れさせて、はその場を離れた。
「(次はどうだろう)」
再び円の中に足を踏み入れた人物を直接視覚で確認したは、絶状態で相手に迫っていく。見られていることにも気付かない男は、先程の彼とは違い筋肉もあり男らしいと言っていい体躯をしていた。
「!」
今回も順調にその男を手刀で気絶させ、鞄の中身を探ると二つのプレートが発見された。一つは34で、もう一つは89だった。
どちらがこの男の物で、どちらが彼のターゲットのものか分からなかったが89の番号があれば合格できるにとって、362と34の番号はどうでも良かったので、362と89を交換してもらい、悠々と歩いてその場を後にする。
「もう集まっちゃった」
キルは今頃どうしているのだろうかと思考を巡らしながら近場の木を登り、天辺から辺りの風景を見渡す。6点分のナンバープレートが集め終わったら、島の中で一番高い木の根元で待ち合わせしようと約束していたので、その一番背の高い木を探す。
「あれかな」
直ぐには他とは比べ物にならない位の背の高さを持った巨木を発見し、すたっと飛び降りてその目的地へと向かうことにした。
キルアの獲物もそれほど強いわけではなさそうだし、若しかしたら彼の方が先に6点分を手に入れていて既に木の下で待っているかもしれない。
そう考えた彼女はジョギングとして此処から目的地までの8キロ程の道のりを走っていくことにした。


「ふわあぁぁああ…」
俺は先程弱々しい爬虫類兄弟からプレートを取り上げて姉との待ち合わせ場所に向かっている。翁鬱として生い茂っている葉のせいで視界は良好ではなく、とりあえず近くの木に登って一番高い木を探す。
「みーっけ」
探すという程木々の高さが均等ではなかったこともあり、すぐに目的の巨木は発見できた。試験開始から既に1日経っているから、若しかしたら仕事の早い彼女は既に6点分を集めてあの木の下で待っているかもしれない。
そう思ったら、俺は居ても立ってもいられなくて超特急で走り出した。目的地まで10キロぐらいあったけど、そんな距離は全然苦になることはなく、あっという間に待ち合わせの巨木の根元まで辿り着いた。
「キル」
「!」
ちえ、まだかと姉が来ていないことを残念に思っていると木の枝に気配を消して座っていたらしく、上から落ちてきた声に一瞬びくりと肩が跳ねた。
隠れてるなんてズリィと姉の気配に気が付けなかったことを、少々恥ずかしくなって拗ねると、彼女は俺の行動の意図を全て見透かしたようにふふと微笑する。
「期日まですることないね」
「もー早く終わってくんねえかなぁ」
合格できる点数を集めてしまって、もう既に退屈を感じ始めている俺の頭をぽんぽんと姉が優しく叩く。
「じゃあ、期日まで組手でもしようか」
「うん!」
姉が見つけた居心地良さそうな寝床に向かうことにした俺たちは、着いてから組手をすることになった。
久しぶりに姉に修行を看てもらえるということで、俺のテンションは簡単に上向き志向を取り戻す。
早く終わってほしいと思っていた四次試験も、姉と一日中組手をしていたら、名残惜しい程にあっという間に終了してしまった。


2012/03/29

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