どれもこれも怖くない
私が唯一怖いのは
あなたの拒絶の言葉だけ


世界の裏切り 第27話


いつもの癖で暗歩をしながら先を目指す。それほど広くない一方通行の道幅一杯に監獄の囚人たちが並んでいる。
「うっひょー!綺麗な姉ちゃんだな!!」
「俺たちついてるなァ!」
下卑た笑いをしながら私に向かってくる命知らず達。今だけは誰を殺しても許される状況下にいる私は昨夜の屈辱と怒りをこの場で発散させるべく、変形させた素手だけで立ち向かう。
肘や膝を硬で強化させて男達の腹部や顔面を攻撃していく。もう片方の鋭い爪では内臓や心臓を引きずり出して潰していった。
ギャアアアアアァァ!!という煩わしい叫び声や、臓器が潰れる音、骨が折れる音が鼓膜をびりびりと揺さぶる。
噎せ返る程の血の香りが辺りに充満して、それが私の神経を高ぶらせる。
「ごめんなさい」
けど、楽しい。死にゆく者たちに謝罪の言葉を向けるが、実際は酷く楽しい行為だった。自然と口元は上がって、この殺人衝動は抑えられないと気付く。
最早抑える気もない残虐なそれは、私の良心というものを消してしまったに違いない。きっと全てが終わってから自己嫌悪に陥るのだろう。
あんなに人を殺したくないと思っていた心を、容易く裏切ってしまった事に対して。
「お願いだからゆるしてく―ギャアァア!」
「ひぃいいい!化けも ギャッ!!」
次から次へと現れる男達をか弱い玩具のように壊していく。彼らの叫び声も肉が裂ける音も今ではBGMのようにゆったりと脳を揺らす。
愉しい楽しいたのしい。殺戮を繰り返している私の服は元の色彩が分からなくなるまで、彼らの血で染められている。
舞うように、だが決して弱いわけではない攻撃を素早く続けていた。監視カメラにはこの悪魔の所業が映し出されて試験官が見ているのだろう。
そんな事には気にも留めずにただ目の前の男達を嬲り殺していく。まだ7時間も経っていないが、もうそろそろ出口のようだ。
ヒソカに対する憤怒を、死ぬためにやって来た哀れな囚人たちにこれでもかというようにぶつける。もうすぐ終わりか、なんて残念にさえ感じる位に心が麻痺していた。
「…ふう」
漸く全ての囚人を倒したのか、誰も道を塞ぐ者はいなくなった。だが、服も身体も返り血で濡れてしまって気持ちが悪い。
こんな事になると分かっていて血に塗れる殺し方をしたのだから自分に非があるのは認める。
『試験ご苦労様。暫く歩いた所にシャワールームがある。監視カメラもないから使うと良い』
頭上からの指示にありがたいと頷く。流石にこの状態でゴン達と会ったら怯えさせてしまうだろうから。
試験官の言葉に甘えて見つけたシャワールームに入る。一応電子機器がこの部屋に隠されていないか多少調べてから服を脱いだ。


負けた50時間をこの部屋で過ごすために、暇つぶしになりそうな物を探す。
「あーあ、何か面白い物無いのかなあ。ゲームとかさあ」
「ゲームはないけどテレビならあるよ」
ふわあと欠伸をかみ殺しているとゴンがテレビを見つけて、やっと退屈しのぎが出来ると喜ぶ。
姉とも別れちゃったし…今何してんだろ。大丈夫かな…心とか。
「あれ〜?どのチャンネルも他の受験生の画面ばっかりだ」
「!」
ゴンがつまんなさそうに呟く事に敏感に反応する。ソファでレオリオが「他の受験生の進行様子を見せるなんて胸糞悪ぃ奴らだぜ」と文句を垂れているが、そんなことは気にせずに、ゴンからリモコンを奪い取って目当ての人物が現れてくるまでチャンネルを変え続ける。
「あ!」
姉」
「「!!」」
漸く見つけた愛しい姉は血溜まりと肉片の中を歩いていた。姉が画面に映った途端、テレビ越しでも伝わってくるおぞましい殺気。
びりびりと肌を刺激して産毛が粟立つ。殺気に慣れている俺でさえこうなのだから、ゴン達はもっと恐怖を感じているだろう。
さっき俺の事を暗殺者だと知ったクラピカ達も、流石に姉の気迫とこの赤しか見えない道に言葉が出てこないようだ。
「本当に、これをが…?」
「当たり前だろ。姉も暗殺者なんだから。…でも、この殺し方…」
武器も持ってねえのに、というレオリオの声は無視してクラピカの問に答えた。だが、血も吹き出ないように殺す彼女にしては些か残虐な行為に映るその様子に昨夜の事が思い出される。もしかしたら姉はヒソカへの怒りをこの試験で晴らしているのかもしれない。
「何、引いた?」
テレビの中の姉を見る目が驚愕に見開かれているのに、ざわりと胸が騒いだ。別に俺の事はそういう目で見ても良いけど、姉の事をそんな風に見られると腹が立つ。
「ああ…正直な所、俄かに信じられない。だが、であるということに変わりはない」
私たちにはあれ程優しく接してくれていただろう?冷めた目をした俺にそう微笑むクラピカを見て、不思議なくらいに胸の閊えがとれた気がする。
ゴンはゴンで「やっぱりはすごいなあ」なんて能天気な事を言ってくるし。なんだよ、こいつら…変なの。
でもその言葉に救われたのは事実だった。姉、こいつら変だけど良い奴らだよ。


2012/03/27

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