羸弱とした小鳥
そんな言葉がぴったりと当てはまる彼女
ああ、なんて甘美な果実


世界の裏切り 第25話


「なんとも言えぬ緊張感が伝わってきて良いもんじゃ。せっかくだからこのまま同行させてもらうことにする」
三次試験の場所に向かう飛行船の中、会長のネテロが残った受験生に対して言葉を述べている。
私もハンター協会の最高責任者の言葉を聞きながら、今までにクリアしてきた試験のことを考えた。
二次試験で、もしネテロが試験会場に来なかったならば、私たちは全員合格することは不可能だっただろう。
次の目的地は8時に到着という事と、時間は自由に使っていいという事を伝えられて解散することになった。
「ゴン!飛行機ん中探索しようぜ!」
「うん!たちは?」
まだまだ元気な子供二人は私たちにも探索を勧めるが、シャワーを浴びてくると私は返し、レオリオとクラピカは就寝すると返した。
「じゃ、また後で」
「おう」
「ああ」
途中まで一緒だった彼らと別れて浴室へと向かう。女性用の浴室に入り、服を脱いで冷たいタイルを踏みながら蛇口を捻った。
ザアアアアと頭からお湯を被って、身体に付着した汚れを落としていく。私以外の使用者は今の時間帯いないらしく、誰にも気を遣わなくて良い気楽な時間を楽しむ。
髪を洗い流して、その後身体を包みフローラルな香りを放つ泡をお湯で優しく落として湯浴みは終了した。
洗濯機は無いため、仕方なく今日着ていた服をもう一度身体に通す。髪の毛はまだ水分を含んでいるけど、まあ良いかと浴室を出た。
「ねえ、君★」
「…………」
寝室へ向かう途中、あの気味の悪いヒソカに声を掛けられた。ヒソカにいつ攻撃をされても反撃、若しくは逃避できるように彼に意識を向けつつ、返事をせずにその場を後にしようとする。
「無視するなんてヒドイなあ」
「何の用?」
角を曲がるまでは良かったが、彼に手首を掴まれて強制的に会話が始まってしまった。掴まれた手首のせいで身体が壁に押し付けられる。
決して油断していた訳ではないのに、手首を掴まれたという事実に対して驚き不快に思いながら、さっさと彼の要件を訊いて立ち去ろうと冷静に判断する。
ぐっと握られた手首は血が止まってしまう程で、私を見下ろしてくる切れ長の瞳は、まるであの時のせせら笑う死神の目のようだった。
「君、だろ?◆」
だから何、と言おうとした言の葉は次の彼の言葉によって私の喉で燻る。
「イルミが言っていた通り弱そうな子だ」
その瞬間、ぶわあっと殺気立つのを自分でも止められなかった。なぜ、この男がイルミを。なぜ、この男が私を、こんなに見知ったように言えるのだ。
全身の毛が逆立っているように感じながら、目の前のくつくつと愉しそうに哂う男を睨み上げる。
私は「ああ、イイ目だ」と呟く彼の瞳を抉り出してしまいたい衝動に駆られた。
「ボクはイルミの友達さ。時々君の事を彼の口から聞いていたんだけど、やっぱり君たちはよく似ているよ◆」
―だけど全然似てない、と死神は私の耳元で囁く。その呪文は私の身体と精神を縛り上げ、動くことも考えることもできなくさせる。
この男はいったい私に何がしたいのだ。イルミに友達がいるなんて知らない。イルミが彼に私の事を話していることなんて知らない。
何が似てないだ。“殺シタイ“何も私とイルミの事を知らないくせに、勝手知ったような口ぶりで。”殺シタイ
「……さい」
殺ス
「だって、君はイルミから逃げ出しただろう?弟の幸せと称して彼からも、家からも逃げ出したんだ★」
殺スッ
「うるさい…、っうるさい!」
“これのどこが弱くない?”
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!
「っ黙れ!!何も知らないくせにッ」
耳にそう吹き込む死神に、私の理性は容易く崩れさり、殺したいという衝動に従う。
彼に掴まれていない手で彼の煩わしい口を止めるべく、顔を掴んで地面に叩き付けた。嚇怒で手が変形して鋭い爪が男の肌を切り裂く。
フーッとまるで猫が威嚇するように呼気を荒げて、地面に倒れた男を睨みつける。だが彼は面白いと言うように狂気を孕んだ目をニタァと細めた。
彼から流れた血の香りが私の思考を鈍らせる。私の中は只、憤怒と屈辱とに塗れて自分を見失った状態だった。
「君と話せて良かったよ◆」
憤怒の余り震えて身動きが出来ない状態の私に、立ち上がった死神は背を向けてひらひらと手を振る。
彼はきっと私を揶揄して愉しんでいたのだろう。私の心に揺さぶりを掛けるような、兄妹のことしか話さなかったのだから、それは明白だった。
「……っ!!!!!!」
怒りと苦しみと屈辱に唇を噛んで耐える。ぷつりと切れた唇からは、彼が流したものと同じ色をした血が滴って床に染みを作った。
涙で視界が歪んで、堪えていた雫が熱くなった目頭から零れ落ちる。
「〜〜〜〜ッッッ!!!!!」
ぎゅっと身体を丸め、悔しくて涙を流す。喉から飛び出しそうになる嗚咽を誰にも聞かれないようにする為に口を両手で塞いだ。
あんな奴にあんな奴にあんな奴にあんな奴にあんな奴にあんな奴に!!!!!何も、私たちのことを知らないくせに!!!
痛いくらいに手の甲に突き立てた爪のせいで血が滲むけど、そんなことはどうでもよかった。


角を曲がった所の壁にキルアが息を殺して立ちすくんでいるのを知らずに、私は暫く泣き続けた。


2012/03/27

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