ごめんなさいとは言わない
だって自分で決めたことだから
罪を軽くしたりはしない


世界の裏切り 第13話


コトリ、と鍵穴のついた木箱からブレスレットを取り出す。金色で翡翠が埋め込まれているそれは、一見華美だがシンプルで華奢な造りだ。
これは、一昨年の誕生日に母から貰ったもので、ずっと大切にこの箱の中にしまって置いていた。
だがこの家から出るのなら、大切な物だけでも持って行きたいということから、は自身の腕にそれをはめる。
その他には、財布や携帯、最初で最後の家族写真―これを見るたびにイルミとの距離を感じられ胸が痛くなる―をリュックに入れ、ベンズナイフの中期型は鞘に収めポケットに入れた。
今夜はイルミとシルバが仕事に出ているので、家を抜け出すのにはもっとも可能性の高い日だ。
後に残していくミルキやカルトが心残りで後ろ髪を引かれるが、キルアの願いと自分の願いを叶えるのはその道しかない。
「ごめんね、カルト…」
中でもカルトは母親から余り愛情を受けておらず寂しかっただろう。彼女の愛情は専らキルアに向いており、カルトは構ってもらえなかったからだ。
私はその二人には分け隔てなく接してきたおかげか、カルトはよく私の後をついてきてくれた。
私の前ではいつも微笑んで、もっと褒めてもらおうと努力を惜しまず、彼は仕事を頑張っていた。
頼る者がいないだろうこの家に、彼を置いていく事が本当に悲しく、今から行う事が胸を締め付けて決意が揺らぎそうになる。
きっと母は私達がいなくなったと知れば、深く悲しむだろう。彼女の傷付いた顔を想像して目頭が熱くなる。
だがその心を押し殺し、自分の部屋から足音を立てずにキルアの部屋に向かった。

「キルア……」
「うん…」
ノックをせずに入った彼の部屋には、すでに準備が終ったキルアが落ち着き無さげに歩き回っていた。
彼の持ち物は至って少量で、愛用のスケートボードだけである。
やはり、この家から抜け出す事に恐怖を感じているのか、彼の瞳は揺らいでいた。
「大丈夫?」
「うん…」
キルアの頭を優しく撫でてやると、肩の力が少し抜けたのか、いつもの彼の瞳に戻った。
そろり、と彼の部屋から出ると、廊下は真っ暗で何も見えない状態だ。
繋いだ手からどちらともつかない汗が伝う。絶えず絶を行い、玄関へと続いていく。
その際、カルトの部屋の前を通り過ぎた時に、堪えきれなくなった涙が床に落ちた。
きっと彼は何も知らずに暖かな布団に包まり夢を見ているのだろう。私達が翌日には消えてしまうなんて露とも思わずに。
酷い姉だという事は分かっている。自分とキルアだけの為にこの幼い弟を残して家を出るなんて。
それでも決して足を止めることはしなかった。止めてしまったら、感情の波に流されて出て行くことを止めてしまう気がして怖かった。
そんな私を励ますかのように、キルアが繋いだ手をより一層強く握ってくれた事のおかげで歩き続けられた気がする。
漸く外に出られた事もあり、押し殺していた息を吐き出した。此処からはひたすら走り続けるだけだ。
夜の森は月の光がさす所意外は濃密な闇に覆われている。その闇から行き成りイルミ達が出てくるのではないかと思うほど、不安を掻き立てる。
キルアは緊張しているのか、彼の額には冷や汗が浮かんでおり、指でそっと拭ってやった。
「行こう」
今宵、二羽の小鳥達が自由を求めこの籠から飛び立った。
後には只月がもの悲しく、虚ろな森を優しく照らしていた。


2010/9/13

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