どうして私を置いていくの?
あなたが遠ざかっていくのを
ただただ見ているしかないのですか


世界の裏切り 第10話


それからの最初の一年は、にとって決して生易しいものではなかった。
寝ている間に落ちてしまった筋肉などを取り戻すのに、医師に認められている範囲内でトレーニングを行い、栄養を摂取した。
痛む骨を無視して、トレーニングを続けて骨折したこともある。
中でも苦痛を感じたのは、食べ物を胃の中に入れた時である。長い間使っていなかった胃が食べ物を拒否し、もどしてしまうのだ。
だが、イルミに一歩でも早く近づくために、吐いても、気分が悪くなっても懸命に食事を続けた。
それらのおかげか、二週間後には異常なく歩けるようになり、声も正常に出せるようになった。
その後も努力の成果か、肉体も以前のように健康的な身体に戻り、嬉しいかぎりだった。

あれからというもの、イルミは極力に会うのを避けるように仕事を我武者羅に請けたり、彼女にとっては不可解な行動をとったりする。
廊下ですれ違っても目も合わせずに、言葉を発することなく通り過ぎていくのを沈痛な面持ちでが見つめる事もしばしばあった。
「イルミ……」
ぽたっ、ぽたっと涙が床に落ちる。目が覚めてから自分は涙腺が緩くなったと思うほど泣いている、と自嘲した。
もうあの頃には戻れないのかな。そっと呟いた言葉は広い自室に吸い込まれていく。
私が不安だった時、いつでもイルミは優しく手を握り締めて励ましてくれたのに、今はすれ違ってばかりだ。
まるでイルミは私に会うのが嫌みたいに、しょっちゅう仕事を入れるし、口もきいてくれないし。
身体は元に戻ったけど、成長は遅いし…もう私の事が嫌いになったのかな。
もしかしたら、イルミと同じくらいに大きくなったらまた話してくれるのかもしれない。
だが、どうしてもイルミと一緒になりたいのに、体は言う事を聞いてくれないで体が大きくなるのが遅い。
彼との違いを無くしたいのに、いつまで経っても自分が追いつけない事に苛々が募っていくばかりだ。
「さびしい…」
イルミと顔を会わせる度に、心が軋んで悲鳴をあげる。一心同体であった筈の肉体と心は離れてしまって感じることさえ出来ない。
それに加え、愛してもらいたくて、早く元に戻りたいの心がストレスで病んでいくのをキキョウが更に拍車をかけた。
あの事件以来、キキョウはを外に出したら、今度こそ死んでしまうのではないかと心配し、異常なほど外に出るのを嫌がる。
庭に出るのでさえ時間が定められており、週に一度一時間しか許されなかった。
今では新しく産まれたキルアと、成長したミルキだけが心の支えになっている。
自殺という言葉が頭を過ぎった時も、二人の存在がその考えを焼き払ってくれた。
二人には感謝してもしきれないが、イルミを思い悲しくなる心は止まることをやめない。
日に日に寂しさが増して、心が寒くなっていくのが分かった。
もういっそ凍死すれば良いのに、と動こうとしない脚を動かして布団に包まり、意識を手放した。


2010/7/30

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