目をあけたらね、真っ先にあなたの所に行って
「大好きだよ」って言おうと思っていたのに


世界の裏切り 第8話


あれから一週間、は至る所に管が繋がれて帰ってきた。
医者が言うには危機は乗り切ったけど、意識はいつ戻るか分からないそうだ。
つまりは植物状態で、嬉しい報告が一転して、また俺は絶望に突き落とされた。
…いつまで眠てるの」
彼女の部屋は隣の空き室に移動させられ、俺たちは引き裂かれた。
病人なのだから一人部屋をあてがわれても仕方が無いと思いつつも、広くなった自分の部屋がやけに寂しく感じた。
今は新しく用意された彼女の部屋で、寝顔を眺めている。まるで眠り姫みたいだという思いを自嘲する。
この管さえ無ければ、彼女は本当にただ眠っているだけではないかと思えるほどその寝顔は安らかで、無性にやるせなかった。

俺にもっと力があったのなら、君を傷つけずに今でも笑っていられたのにね。なんて、今ではもう出来るはずもないのに。


そうして季節は巡り、気づけば五年も過ぎていた。
その間にも、イルミは仕事以外の時はの部屋に赴き、二、三時間一緒に過ごして自分の部屋に戻ったりを繰り返していた。
時が過ぎる度に苦しくなったのは、どんどん成長して健康で引き締まった体になっていく自分と、反対に成長せずやせ細っていく彼女を見てしまうことだった。
あの頃から変わった事といえばやせ細り、元より白い肌を病的なまでに白くなったぐらいだ。
成長は一切せず、髪の毛だって伸びていない。まるでが成長するのを拒んでいるようだった。
「……もう行くね。もうすぐキルアが生まれるから」
名残惜しいが、今はキキョウが三男を産んでいる最中なので、椅子から腰をあげる。
普段は痛みなどで悲鳴をあげるような母ではないのだが、流石に子供を産む時は色々と叫ぶのだろう。
もう一度だけを振り返って、扉を静かに閉めた。


なんだろう、とても暖かくて明るい場所だ。太陽がきらめいていて、小鳥たちがさえずっている。

今まで感じたことも無いくらい気持ちの良い場所。気分が穏やかで何も考えなくても良い。

だけど、私はイルミの所にもどらなきゃ。だって、私にはイルミがいないと何も出来ないもの。

「おぎゃー…―」

赤ちゃん…?どこだろう、遠くの方で聞こえる。きっと…幸せを一杯掴んで産まれて来たんだろうね…。

「……?」
眠たい瞼を一生懸命開けてみるとそこは自分の部屋だった。
以前より広くなり、イルミの物は一切置かれていない。
ただ、変わったことは窓際に活けられた花だった。前は百合を飾っていたのに、今は向日葵になっていた。
どうして寝ていたんだろうと思うのと同時に、そういえばイルミを庇って銃に撃たれた事を思い出す。
あれから何日経ったのだろうと思うが、きっと多くても一ヶ月だろうと高をくくった。
だが、今まで目に入らなかった自分の腕を見て、長い間使われていなかった喉から小さな悲鳴が出た。
「…っ」
誰かに夢だと言って欲しい。こんなにもやせて、骨と皮しかないような身体になってしまっただなんて。
こんな事が一ヶ月やそこらでなる訳がない。腕をもっと見えるようにと高く上げると骨が軋んで痛かった。
「ど…して…っ」
まるで、何年も使っていなかったかのように声は出ないし、身体は筋肉も無くなりやせている。
おかしい、こんな事が起こるわけない。はパニックに陥った。
変わり果てた自分の姿が恐ろしくて、イルミの名前を頭の中で叫んだ。


「おぎゃー、おぎゃー」
元気に泣く声が広間に響き、椅子に座っていた各自が腰を上げた。
キキョウは産みたての赤ん坊を抱きしめながら、こちらに向かってくる。
産み立てなのに歩く気力があるとは、なんて体力があるんだと感心したくなる。
「髪は俺似だな」
シルバは抱き上げられているキルアを受け取り呟く。ふわふわとした髪の毛は彼そっくりな白銀色だった。
ふいに、ピピピピピと聞きなれない電子音が響き渡る。キルアを見ようとしていたイルミとミルキは覗くのを止め、居所を探す。
だが、探すまでもなくイルミのポケットから簡単に見つけることができた。
その機械はが目を覚ました時に鳴るように設定していた筈だった。
が……目を覚ました」
その音の意味をようやく理解した彼は呟くと、急いでの元に走り出す。
その言葉を徐々に理解した彼らも急いでイルミの後を追いかけた。

タタタ、と軽く響く足音に耳をすます。普段なら足音を立てないのにどうしたのだろうと思う程イルミの足音は響いていた。
やっとイルミと会えるのだと思うと同時に、こんな姿を見られたくないという思いもあった。
だが、そんな思いに反しての部屋のドアは勢いよく開けられた。
…!」
「イルミ………」
嗚呼、神様あなたは私の事が嫌いなのですか。
見慣れない成長した彼の姿を見て涙がひとすじ流れ落ちた。


2010/7/22

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