なんで君はどこかに行ってしまうの
君がいない世界なんて
俺にはこれっぽっちもいらないのに


世界の裏切り 第6話


目が覚めたらそこはいつもの俺の部屋だった。先までは血で染まっていた筈の洋服は清潔な服に変わっていて、俺はベッドで横たわっていた。
何だか恐ろしい夢を見た気がする。が銃で撃たれる夢。
不吉だなぁ。イルミは心中呟いた。そんな不吉な夢は今すぐにでも笑い飛ばすべきだ。
がこの世界からいなくなるなんてある訳が無いのに。
にその話をしようとして部屋の中を見渡すが、そこには本来いる筈の彼女はいなかった。
洗面所かな、そう思って覗いてみるが、彼女はいない。
「ご飯食べてるのかも」
不意に浮かんだその考えに頷いて部屋を出る。はきっと俺より早くに目を覚まして食卓に向かったのだろう。
先ちらりと見た時計は7時半を回っていた。きっと俺が中々起きないから痺れを切らしてしまったんだ。
どうせなら無理やりにでも起こしてくれれば良かったものを。
そう愚痴を漏らしたくなったが、一刻も早くに会いたくて廊下を駆けた。

「おはようございます。イルミ様」
扉を開けたそこには執事とメイドが並び頭を下げていた。いつも彼女が座っている席に目を向けると、いると思っていたのにはいない。
いい加減その状況にストレスが溜まってきて、執事に彼女の居場所を訊いてみた。
「ねぇ、がどこにいるか知らない?」
使用人如きがのいる特定の場所など知っている訳がないと高を括っていたが、思わぬ答えに心臓が掴まれた気持ちになった。
様は病院にいらっしゃいます」
「は?」
よりにもよってこの男はが病院にいると言う。今朝の夢の内容にどれだけ気が立っているか知らないくせによくもぬけぬけとそのような事が言えたものだと、彼に軽い殺意を覚えた。
「……どうして」
もし適当な事を言ったら殺してやろうと思いながら問いただす。
使用人はその言葉に戸惑いながらもゆっくりと口を開いた。
「…銃で頭を撃たれたからでございます。幸いにもイルミ様の応急処置のおかげで一命を取り留めて―」
最後まで言う事の出来なかった哀れな使用人は、鋭利に尖ったイルミの手によって心臓を抉り出されて潰されてしまった。
何も物を言う事が出来なくなってしまったその身体は重力に従い倒れる。
その様子を見ていた周りの使用人たちは恐怖に身を震わせながらも死体の処理をしていた。
イルミはその姿を目にとめず食卓を離れる。彼はあの男が話した内容がまったく夢と同じ状況である事に、紛れもない殺意を感じ、未だそれを抑える術を知らなかった。
あの愚かな執事はありもしない事実を作り上げ、彼女が病院で横たわっていると戯言を述べた。
どうしてそんな嘘がつけるのかイルミには理解出来ない。元より理解する気など1ミリともないが。
結局信頼できる家族に訊くしか道は無いか、と溜息を吐きながら彼は重たい足を引きずり、此処から一番近い母の部屋を訪れることにした。
化粧品臭い母の部屋を訪れるのは嫌だったが、今は一刻も早く彼女の居場所を知りたかったので、嫌がる足を従えて向かう。

俺はどこかで気づいていたのかもしれない。なぜがこの家にいないのかなんて。
ただ、認めたくない一心で、心が拒絶していただけかもしれない。彼女が血を流し倒れたあの晩のこと。
忘れるわけが無い。噎せ返るような量の彼女の血で自分の服がどんどん赤に染まっていった事を、虚ろに開かれた瞳、段々と冷たくなっていくその身体。全てが視界、嗅覚、感触――全身で覚えているのに。

ついに到着した部屋を、コンコンと叩いて開いた扉の先で、母の言葉が疑問から確証に変えた。


2010/7/22

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