たとえ君が世界に裏切られようと
俺だけは、変わらぬ愛を捧げよう


世界の裏切り 第5話


事件はあれから1週間後に起こった。

ジャーッ。シャワーの流れる音が浴室に響く。ボディソープが、寝ているあいだにかいた汗を洗い流してくれるのが嬉しい。
「まだ?もうすぐ行く時間だよ」
「もう出る」
外からかけられるイルミの声に返事をしながらバスタオルで身体をふく。
今回の仕事の内容――裏世界のある要人物を消す事を思い出し、気持ちを高める。
あの流星街での仕事の後、シルバは二人の実力を判断し、その実力にあった仕事を与えたのだ。
仕事用に動きやすい服を身に着ける。髪の毛をブラシで梳かし―その際、鏡に映る自分の姿に何か言い知れない違和感を感じたが―、洗面所を出た。


「何だ貴様等は!!」
銃を構え叫ぶ護衛の一人の首の上にナイフを走らせ、血を迸らせる。離れた首と胴体がゴトッと重い音を経てて倒れた。一瞬のうちに行われたその行為に周りの人物に戦慄が走る。
隣にいたイルミも素早く動いて次々と護衛を倒していく。残っている護衛はあと9人だった。先程ので倒れているものが多数いる。ターゲットの要人はスーツが皺になるのも構わず部屋の隅で怯え縮こまっていた。
なぜこんなにも護衛の人数が多いのか分からない。どこかで私たちの暗殺の情報が漏れたとしか考えられなかった。
でなければこの人数の証明が出来ない。
「このっ、クソガキど―」
銃を撃とうとした男の腕を切り落とし、首を刎ねた。煩かった口が閉じられ、不快感が拭えたことに心が落ち着く。
「やめてくれえっ、頼む金はあ ギャッ」
後ろの方で聞こえたその声に振り返れば、慈悲を請うたターゲットはイルミの手によって脳天を刺し抜かれ息絶えていた。
「あー、終った」
つまらなさそうにナイフを頭から引き抜いたイルミを見て、肩の力が下りる。
ほっとして急いで駆け寄ろうとしたその時、視界の端に映った死体の中に転がっている死にかけの男が動く気配がする。
その男は最後の力を振り絞って銃の引金を引いた。
「イルミ!」
バンッという音がしたと同時に的となったイルミの前に飛び出す。その間が何十秒にも感じられ、永遠に終らないように感じられた。
その時、朝の出来事がパッと頭に過ぎる。
あぁ、思い出した。あの時鏡を見て違和感を覚えたのは、そうだ、後ろの家具に溶け込んでいて分からなかったけど、全身黒で覆われたピエロのような小さな死に神が此方を見て笑っていたのだ。鎌の柄に顎を乗せ、ニマニマと下品な笑みを浮かべて。幻影かただの妄想か分からないけれど、はっきりと私を見て笑っていた。
私は死ぬのだろうか。飛び出したのは自分だけれど。後に残していくイルミの事が気がかりでならなかった。
!」
止まっていた時間が動き出した。間近まで迫っていた銃弾はもう目の前を通り過ぎ、彼女の頭を直撃した。
血が噴水のようにの頭から噴出す。
まるでカメラでシャッターを切っているように一秒一秒が長く感じられ、このままときが止まってしまうような錯覚さえ起こさせる。
バタン、と倒れたからは止まる事を知らない血液が血溜まりを作っていた。
…」
何度も問いかけるが返事の無い彼女に絶望を覚えた。彼女を抱き起こす時に触ったまだ温かい身体が、かろうじて生きている事を伝えてくる。
生暖かく、ぬるっとした血がイルミの手につき初めて恐怖を感じた。
今までいて当たり前だった存在であるが、あの時守ると誓ったこの存在が今、この手から失われようとしている。
一緒に笑って、話して、食べて、寝て、全てを共にしてきたがいなくなるなんて考えられない。
抱きしめている彼女の身体がどんどん冷たくなっていく。命の灯火が薄れつつあるその身体を力一杯抱きしめた。
無我夢中で血が流れる箇所を自分の洋服で押さえるが、見る見るうちに洋服が赤で染まっていく。
「死なないで…っ、が死んだら、俺は……っ」
ぶつり、と何かが切れた音がした。ぐらりと世界が泳ぎ思考が止まる。
イルミの意識は何もかもを考えることを止めるように、暗く深い思考の中に沈んでいった。


どうして君は勝手に俺の知らない場所に行ってしまうのだろう。
俺を置いて、自分一人で未知の世界へと飛びだし、もう二度と帰ってこない。
あの時の繋いでいた手を振り解けば、未来は少し変わっただろうか。
例えば俺が君の代わりに銃で撃ち抜かれていたとか。
銃弾が当たった場所が頭じゃなくて腕だったとか。
考えれば取り留めの無い想像だけど、それ程に君は俺の世界の全てを占めていて…。

君だけが俺の全てだったんだ。


2010/7/22

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