どこまでも続く蒼い空
自分の存在など、この世界にとって
ちっぽけなものでしかない


世界の裏切り 第3話


ゴウンゴウンと重い音を立てながら飛行船は進んでいた。
広い空間に置かれた柔らかいソファに腰を下ろしながらナイフの手入れをする。
「もうすぐだよ」
イルミが窓の外を見下ろしながら声をかけた。それに頷いてナイフをホルダーに差し込む。
この任務はあるマフィアから追放された男が組織の情報を手に流星街に逃げ込んだのを始末し、その情報が入っているカードを破壊することだった。
「さ、行くよ」
飛行船が地面に着いた事を確認して、の手をとって船を降りる。
降り立ったそこは一面のゴミの山だった。
ゴミの悪臭が鼻をつんとつき、その臭いに少し噎せながら、山の上を歩いていく。
辺りを見渡し、資料に書いてあったターゲットの居場所を探す。確か目印は小屋のようなものだったが、それらしき物は見当たらない。
「見えないね」
「あっちじゃない?」
イルミが北の方を指差し、そちらに向かう。
イルミの勘を信じ、はついて行くことに決めた。


「あ、あれかな」
随分と小さいが、木材で―このゴミの中で使えるものを探したのだろう―組み立てられた小屋がひっそりと佇んでいるのを見つけた。
中から人の気配が感じられることもあり、ターゲットがいることが伺える。
「直ぐに殺しちゃだめだよ。データがどこにあるか分からないんだから」
イルミの注意に頷きながらも、気配を消してそのドアを開けた。
「なんだ!?」
無精ヒゲをはやした中年の男が本来いる筈のない人物を見て驚きの声をあげる。
それには何も答えず、男の背後に回る。
「ぐあっ」
床に体を押し付け腕を肩の方まであげると、耳障りな声で悲鳴をあげた。
「組織のデータはどこ?」
イルミが男を見下ろしながら聞く。その問に対して男は「クソが」と彼の方に唾を吐きすてる。
イルミに対してそのような行動をしたことに、は途方もない怒りの業火が心に燃えあがったのを感じた。
その炎を感じた時には既に男の腕は変な方向に曲がっており、耳をつんざく悲鳴が煩かった。
「どこ?」
それには気にせず、イルミがまた問い掛ける。与えられた苦痛に恐怖を感じたのか、震える声でデータの隠し場所を明かす。
、もう良いよ」
「ん」
その会話に命が救われるのかと思ったのか、男が安堵の表情を見せる。
死んじゃうのにね、その顔を見て一瞬哀れに思う心が出るがそれを殺し、ホルダーから素早くナイフを取り出しその喉をかき切った。
「あ」
血が勢いよく噴出し、の手に降りかかる。男は暫く痙攣した後、死んだ。その鉄くさい臭いが辺りにたちこめるのが気に障った。
早くこの臭いから離れたくて、イルミの声を聞きながらも小屋を出る。
小屋の外には新鮮とまではいかなくとも、鉄の臭いがしない空気やどこまでも続く青空が広がっているのが助かった。

「?」
ふと急な坂の下に少年らしき人物が見える。なんだろうと思い、たたた、と駆け下りて少年の前に立った。
人がこのような土地で住んでいるという事実に驚いた。先の男は仕方なしに此処に隠れているのかと思ったが、このような自分と同じくらいの少年がなぜ暮らしているのか気になった。
「あなただれ?なにしてるの?」
綺麗な金髪が生暖かい風にそよぎ、少年は顔を上げた。
「え?おれシャルナーク。今からあの小屋に行こうとしてたとこ」
人懐こい笑みを浮かべながら、の黒い液体が付いた手を見、シャルナークは答える。
直感でこれは血だと分かった。彼女から発せられている鉄の臭いが血だと頭が訴えてくる。
「ふうん、私は。もしかして、トモダチだった?」
何を勘違いしたのか彼女は、自分とその小屋の主が友達だと思ったらしい。
自分はあの小屋の主も知らないしここに来たのは初めてだ。
「違うよ。あの小屋が使えるかなと思っただけ」
手をヒラヒラと振ってシャルナークは訂正した。
「ふうん」
は納得したが、新たな疑問が生まれる。――トモダチってなんだろう。
彼は――シャルナークは何でも知っていそうだった。口調というか雰囲気というか。きっと自分より何倍も博識なのだろう。
「ねぇ、トモダチって何?」
自分が先に述べた単語であるのにそれを理解していないなんて、と笑われるのを覚悟で聞いてみた。
彼はが想像した反応と違って、ちょっと困ったような、それでいて照れ臭そうな表情を見せる。
「んー…友達っていうのはオレもよく分かんないけど、きっと一緒にいて楽しかったり、ワクワクしたり、だけどたまにムカついてケンカしたり…うーん、そういうものじゃないかな」
うまく言えないけど、とシャルナークははにかんだ。
「…そうなんだ。じゃあ―私たちも友達かな?」
戸惑いながらも吐き出したその言葉。改めて口にすると酷く不安定なことに気づいた。
彼と話しているとなんだか心がはずむそうな気分になる。きっとこれが楽しいということなんだろう。
生まれて初めての家族や執事たち以外の人間。その存在が酷く興味深い。
友達なんて、イルミさえいれば良いと思っていた。けれどイルミはやはり友達ではなく家族で、大切な兄以外の何者でもなかった。
ここにいるシャルナークはここで育ち、自分の人格を身に付け今まさにと話している。
生まれも育ちも違ったあかの他人が出会い、時間を共にするのだから楽しいのではないのだろうか。
お互いを刺激しあい、知識を共有する。そんな人物は彼女の今までの人生でイルミしかいない。
そんな彼女は純粋にシャルナークが友達なら楽しいだろうな、そう思ってその言葉があふれ出ていた。
「うん、友達だよ」
自然とあふれた笑顔に驚きながらも彼は答えていた。こんな気持ちは初めてでなんだか叫びだしたいような、むずがゆい気持ちを外に出さないようにしながら、に手を差し出す。
「?」
その差し出された意味が理解できないのか、彼女はこてん、と頭を傾けた。
「あくしゅだよ。こうやって手を握るんだ」
最初はぎゅっと握られて吃驚したが、そういう儀式なのだと分かりもまた強く握り返す。
握った手から暖かい体温が伝わってきて、心が暖かくなったような気持ちになった。
、何やってんの?」
ふいに上から黒い影が伸び、声をかけられた。
「イルミ」
そう呼び返す彼女の声にはあきらかに愛しさがにじみ出ており、シャルナークは胸がぎゅっと締め付けられる。
恐ろしくも綺麗なその顔は無表情で彼女によく似ている。何を考えているのか分からなそうなその瞳が今だけは憎悪に歪んでいるのが見て取れた。
きっと彼女が己と話しているのが気に食わなかったのだろう。
「じゃあね、シャル」
握っていた手を放しは駆け出した。名残惜しかったが引き止めるようなことはしない。
幼心でも、そんなことをすれば彼女は困り自分はただではすまないだろうことが分かったから。
「―また遊ぼうね!」
去り行く彼女に大きく手を振れば、彼女もまた振りかえしてくれた。
きっとまた会える。その気持ちがシャルナークを慰めてくれた。


2010/7/22

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