どんなに君が離れていこうと
その手をきっと離さない


世界の裏切り 第1話


「イルミ」
幼い手がちまちまと己の頭の上で動いているかと思えば、不意に名前を呼ばれた。
「何?
銀色の髪が窓からの光に反射し、眩しくて目を細めながら彼女を見遣った。
無言で差し出された手鏡を受け取りながら、ああ、なんてちっちゃな手なんだろう。て、あれ?双子なんだから俺も一緒じゃん、と当然な考えを巡らしながら、彼女と同じく小さな己の手を見つめた。

「見て」
早く俺に見てもらいたいのだろう、表情に出なくとも、うずうずと期待に胸を膨らませているの心が手に取るように分かる。
期待に応えるように手鏡を覗き見ると、無表情な自分の顔と、ミスマッチに紅いリボンが髪に結び付けられているのが確認出来た。
「何これ」
不純な色が一切混じっていない黒髪にその色は栄えたが、如何せん己は男だ。まだ七歳という男女を気にする気難しい年頃には、それは不釣り合いな物でしかなかった。
「かわいいでしょう」
純粋に褒めたのであろうの言葉が引っかかる。
ついムッとなり、しゅるりとリボンを解いてしまった。はら、と自分の手の中でうなだれてしまったそれを見て、彼女の瑞瑞しく整った唇が、あ、と開いた。
目に見える程、しょんぼりとしてしまったを見て、焦る。しまったと己に叱した。
イルミの髪を弄るのを愉しんでいたのは目に見えて明らかであったのに、自分はそれをぶち壊してしまったのだ。
「ほら、の方が似合う」
いつもマイペースな彼にしてみれば慌てた方で―そんな様子は微塵も見せなかったが―、ぎこちない所作でありながらもの髪を一房とり、リボンで結んでやった。
輝くその髪には傷んでいる所などなく、滑らかで透き通った感触はとても触り心地が良いとイルミに印象を与えた。
「イルミも似合ってたのに…」
そう名残惜しそうに言いながらも、の機嫌が直っている事に彼はほっと一安心した。
先程、彼が述べた通り、彼女の銀髪は鮮明な紅いリボンにより尚更その存在を誇張し、空間そのものを魅力しているようにさえ思われる。
が動く度に彼女の髪とリボンが織り成す舞に、酷く心を掻き立てられた。
時が止まってしまったかと思える程彼女を見つめていると、チリンチリンとベルの音が廊下に響く。
「食事の時間でございます」
侍女の声にはっとなり、から目を逸らす。本人はどうとも思っていないのか、きょとんと俺の方を見ていた。
「行こう?」
「うん」
の差し出した手をとって部屋を出る。
「今日はどんな毒なんだろう」
「イルミ苦手だもんね」
「そういうは拷問苦手じゃん」
「「ふふっ」」
まるでお互いの弱点を二人でカバーし合っているようで嬉しかった。
一人では何も出来ないわけでは無いけれど、そんな風に繋がっている自分たちがたまらなく愛しい。
食堂までの道のりで、しっかりと握られた二人の手は絶対に、何があっても離されることは無い安心に包まれていた。

さあ、運命の鐘は鳴り響いた
その先にあるものは希望か絶望か?
確かめる為にその扉を開こうではないか


2010/7/22

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