この世界に来てからは安室に頼りっぱなしでいつも彼に助けられていることを思い出した。彼はそれについては何とも思っていないようだけれど、は些かそれに焦りを覚えた。
「難しい顔してるけどどうしたんだい?」
「何でもないですよ」
ばっかり彼から与えられている。そう思ってどうにか彼に感謝の気持ちを伝えたいと思って、どうすれば彼にそれを伝えられるだろうかと首を捻っていた所彼にそれを指摘された。勿論彼にこんなことを悩んでいるとは言える筈がないので、へらりと笑って追及を躱す。それにふうんと頷いた彼はキッチンに行ってコーヒーを淹れはじめた。彼の後ろ姿をちらちらと眺めながらどうやら上手く誤魔化せたようだ、とはほっと一息吐く。
しかし、先程の悩みにまた戻る。料理を作れたら彼の代わりに豪勢な夕食を作って吃驚させるという手があるけれど、生憎には彼を吃驚させられるような料理の腕はない。違う意味で彼を吃驚させることは出来るかもしれないが、それだと感謝の気持ちを伝えることにはならないし。
他に何かに出来ることはあっただろうか、と色々考えてみる。安室さんは何をしたら喜んでくれるんだろう。もんもんと悩んで彼の背中をじっと見つめる、というよりは睨み付けていたら彼から「目が五月蠅い」と言われてしまった。何それ酷い、安室さんの喜ぶことをしたいと思っていたのに。
「嘘だよ。でも睨まないで、背中が焦げる」
「そんなに見てないです」
の視線は情熱的だから」
「――っ」
のむっとした表情を見てくすくすと笑う彼。その上、焦げる程の視線が情熱的とからかってくる彼に言葉が詰まる。いや、確かには安室のことが好きだからそうかもしれないけれど、この言葉は一体どういう意味なんだろうか。まさか、彼はの気持ちに気付いてるのだろうか、とどきどきして恥ずかしさと不安が混ざり合った不思議な気持ちになるが、実際の所は彼はのことをただ単にからかっているだけだった。

暫くそんな風に考えていた所、ピーンとあることを思いついた。
――そうだ、今まで探偵の助手として稼いだお金で何かプレゼントしよう!
安室から貰ったお金には違いないが、彼から貰ったお金を彼の為に使うのだったら何もおかしくない。幸い、は浪費家ではないからお金ならある程度溜まっている。それなりに高いものでも買えそうだった。
問題は彼に何を買うか、である。最近彼が欲しいと言っていた物はあっただろうか、と記憶を探るが彼は特にそんなことを言ったことはない気がする。そもそも彼は欲しいなどと口にする前に、それが本当に必要な物なのか見極めた上でさっさと買っていたから。つまり彼は物欲はあまり無い方だった。
――どうしよう。こうなったら調査しないと。
よし、と決めたを見た彼が「何か良いことあった?」と訊くから「秘密でーす」と笑って返した。安室さんには教えられません。だってサプライズにして彼を驚かせたいんだから。
 調査開始1日目。そろそろ昼食だということでキッチンに立つ彼の後ろ姿を眺める。トントントン、とリズム良く野菜を切っている彼。格好良い、って違う。今は彼の姿に見とれている場合ではない。少しでも普段の彼の様子から何か欲しい物を見つけ出さなくてはならないのだから。
しかし彼は包丁を一旦止めてちらりと刃を見た。もしかして包丁が切れにくくなっているのかなぁ。確かサッチ隊長やコックたちは包丁一つで料理の美味しさが変わると言っていた。にとってそんな細かい所までは分からないけれど、きっと料理を作る人にとっては包丁は大切な物なのだろう。
良い包丁を安室にプレゼントするのも良いなぁと思ってはメモ帳に「包丁」と描きこんだ。だけど、これだとがどんどん料理を作ってくださいと言っているような気がしなくもないが。
 調査開始2日目。長時間パソコンを見ていた彼がぐっと目頭を押さえているのを見ては大丈夫ですか?と声をかけた。
「ああ、酷使したからちょっと疲れたんだ」
肩も凝った。そう呟く彼ははあと溜息を吐いて首をぐるりと回したり、自分で肩を揉んでいる。確かに安室は依頼やバイトで出かける時以外はパソコンに向かっている姿が多い気がする。パソコンは長時間見続けると疲れる物であるらしく、彼は一仕事終える度に疲れた様子になっていた。
マッサージ機も良いかもしれないなぁ。そう思ってメモをするが、確かマッサージ機は大きいし、この部屋のお洒落な内装に合わせても違和感がないマッサージ機をいったいどこで買おうか。黒だろうか、白だろうか。それとももうちょっと色が入っている物の方が良いんだろうか。
、悪いけどちょっと肩を揉んでくれないか?」
「あ、はい」
しかしデザインで考え込んでいたの鼓膜を揺する彼の声に頷いた。ソファに座った彼の後ろに立って彼の肩を揉む。あ、安室さんの肩に触っちゃった。彼の身体に触れているのかと思うとドキドキする。暫く彼が言う通りに肩を揉んでいたら彼はそれでスッキリしたらしい。
「ありがとう。肩が軽くなったよ」
「どういたしまして」
それを見て、もしかしたらマッサージ機を買わなくてもが肩もみすれば解決する話なんじゃないだろうか、という考えに思い至って、は嘆息した。でも、それと同時に彼の肩を揉んで彼の役に立つのかと思うと嬉しくなったのだが。
 調査開始3日目。そろそろ何か彼が喜ぶ物を見つけたい所なのだが、と今日も今日とて彼を観察する。既に候補としては洋服やアクセサリー、本、包丁、マッサージ機、鞄、靴、など色々出てきたのだがどれも何だかしっくりこないのだ。それもこれも彼がそれ程欲しそうな様子を出さないからなのだが、安室はいったい何をプレゼントしたら喜ぶのか。
うーん、と頭を悩ませていた所、にっこりと笑った彼が近付いてきた。
、僕に隠してることがあるだろ?」
「えっ、いや、別に何も…」
の隣に腰掛けた彼の視線をすっと逸らす。私別に何も隠してなんかいませんよ。安室にサプライズして驚かせたいが為には必死に嘘を吐く。今ここでバレるわけにはいかないんだ。しかし彼がそれだったら僕の目を見てごらんと言うのでぎくりとした。今さっきが目を逸らしたのが嘘を吐いていることを裏付けてしまったのか。
そわそわと彼や天井、壁に目を移していたら彼はふうと一息吐いてある物をポケットから取り出した。
「じゃあこれは何かな?」
「あっ、え!?なんでそれを安室さんが!?」
彼が手に持つのはここ数日間が使っていたメモ帳。中には彼が欲しそうな物をメモしていたのだが、いつの間に彼はそれを見つけていたのだろう。驚くを他所に、昨日の夜ソファに落ちてたと彼は言った。何だそれ、私間抜けすぎ。
「まあこれが無くても気付いていたけどね」
「そんな……」
せっかくのサプライズが台無しだ。彼はきっとが彼を見ていたことに気が付いていたのだろう。彼の驚く顔が見たかったははあと溜息を吐く。だけどそんなを見て安室は小さく笑った。
「何を気にしてるか知らないけど、プレゼントなんていらないよ」
「でも、私いつも安室さんにお世話になってばっかりだから…」
彼としてはに気を遣わせない為に伝えてくれた言葉なのだろうが、それはにとっては少しショックだった。まるでこの2日間頭を悩ませていたのが無駄だったと言われているような気がして。しょぼん、と落ち込めば彼は苦笑した。
の気持ちは嬉しいけど、そんなプレゼントなんて貰わなくても僕はいつもから貰ってるよ」
「え…?私何もあげてないですよ。安室さんだって知ってるじゃないですか」
落ち込んでいるを慰める言葉に、は信じられなかった。はこれといって彼にプレゼントなんてしたことがないから。一体彼は何のことを言っているのだろうか。安室はが首を傾げる様子を見てそれじゃあと言葉を発した。
「明日、僕の買い物に付き合って。それで良いだろ?」
「…はい、分かりました」
ね、と微笑む彼には不承不承頷いた。本当にそんなことで良いのだろうか。は彼の喜ぶ姿を見たかったのだが、が彼の買い物に付き合うくらいで彼が喜んでくれるとは考えられない。しかし、もう難しい顔をしないでと彼がの眉間の皺を伸ばしてくるので、は明日の彼との買い物を楽しむことにした。


 ショッピングモールの中、隣を歩くドロップド・ショルダー・スリープのニットワンピースを着たを見て、安室は彼女に気付かれぬように小さく笑った。何やらここ数日間観察されているとは思っていたが、彼女が自分に何かプレゼントしたいなんて考えていたことに馬鹿だな、と思ったのだ。
は気付いていないようだが、安室は彼女から既に色々貰っている。一緒に安室が作ったご飯を食べる時の笑顔とか、美味しいという言葉や、彼女の好意とか。それ故、新しく彼女からプレゼントを貰う必要がなかったのだ。彼女が意味するプレゼントとは形で残る物なのだろうが。
「何買うんですか?」
「うーん、そうだね。雑貨屋さんに行こうか」
安室を見上げる彼女に暫し考えて、先程見た地図を思い出して雑貨屋が並ぶ通路を歩く。昨日とは違って純粋にこの買い物を楽しんでいる様子の彼女に良かったと思った。安室の言葉でいつまでも落ち込んでいたらどうしようかと危惧していたが、それは杞憂だったらしい。
女性でも男性でも抵抗なく入れそうな雑貨店に入る。ここはキッチン道具から何まで豊富な品ぞろえをしているようだ。
「えっ何これ…、安室さんこれ、何ですか?」
「しゃもじかな」
所々奇抜なデザインがあるキッチン道具のうち、ドレスを着た女性のような物を手に取ったは驚いた顔で安室に訊いてくるのに答えた。誰かにプレゼントするには面白いと思うけれど、自分用にはいらないかな。
安室の目的はそこではなく、少し離れた所にあるコップコーナーに行く。
「お揃いのマグカップでも買おうか」
安室としては軽い気持ちだったのだが、ちらりと確認したが頬を桃色に染めてこくこくと頷いていたので、ふっと笑った。どうやらもう完全に機嫌は良くなったらしい。どれにしようか、と棚に陳列されている色鮮やかなマグカップをと一緒に眺めていく。
「これ可愛いです!」
「うーん、もっと落ち着いたのが良いな」
彼女が差し出したのは有名なアニメーションの兎キャラクターがペイントされたマグカップ。男性の方が、小鹿のお供の兎で、女性の方がお供の兎を唆したと言えば悪く聞こえるが一目惚れさせた女の子の兎。確かに可愛いしが持っていても違和感はないけれど、安室の年齢には少し幼い気がする。
彼女はふうんとそれに頷いて他のマグカップを見始めた。安室もそんな彼女を見ながらも、どれにしようかと手に取って眺める。
「これ、どう?」
「あ、良いですね」
ふと、目に着いたのはラベンダー色と桃色のマグカップ。シンプルに白一色で、可愛い花で作られたリースが描かれているだけのそれ。これだったら安室が持っていても変ではないし、も気に入るのではないだろうか。そう思って声をかければ案の定彼女はそれを可愛いと称した。
「じゃあ、これにしよう」
「はいっ」
嬉しそうに笑う彼女の頭をくしゃりと撫でて、安室はその2つのマグカップを手に取った。


 その後もショッピングを楽しんで一緒にアイスクリームを食べてから帰って来た安室たちは家に着いてふうと一息吐いた。早速先程買ったマグカップでお茶を飲もうかということで、コップを洗ってその中にお茶を注ぐ。
お茶を飲んで落ち着いた所で、安室は一先ずマグカップを洗って水を切っておくことにした。折角のお揃いの物だから綺麗に使いたいと思って。
「あ…」
「どうしたんですか?」
洗い終ったコップを水きり場に置いた所までは良かった。だけど、買う時には見なかったコップの裏側の底に描かれたイラストを見て思わず声を上げた。それは、外人の女の子と男の子の横顔の絵。各々のマグカップの底に別れて描かれているそれは、くるりと回してくっつければ向かい合ってキスすることが出来る。
まさかこんな手の込んだことになっているとは思いもしなかった。安室は別に気にしないが、初心なは気にするかもしれない。そう思って、きょとんとしてリビングからこちらを見ている彼女になんでもないよと言った。
いつか、彼女も気付く時が来るかもしれないけれど、それまでは秘密にしておこう。

――その日から、食器棚のコップの場所には2つのマグカップが隙間なく寄り添って並ぶようになった。


いつか、あの日のキスだよと笑って
2015/08/20
リクエスト内容:安室さんにプレゼントしたい夢主に気付いてしまう安室さんとお揃いの物を買う。

◇あとがき◇
ハンナさん、この度はリクエストありがとうございました!なるべくリクエスト通りに展開を進めてみましたがどうでしょうか?お気に召して頂けたなら幸いです。安室さんとの日常話を書いていてとても楽しかったです!安室さんなら確かにプレゼントなんていらないよ、と言いそうな気がしますね。安室さんがお揃いのマグカップをどのように並べていたかはご自由にご想像していただけたら嬉しいです。これから本編でマグカップの話が出たら、このマグカップですね(笑)ちょこちょこ入れていきたいと思います。では、またお越しくださいませ。

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