帝丹小学校のプールでびしょ濡れになった身体を温める為に風呂を沸かす。2人とも取りあえず濡れた服を脱いで新しい服へ腕を通した所で、浴室から「うおおお!!?」と若い男の驚くような声が響いた。それに嫌な予感を覚えると同時にがだっと浴室へと駆けた。安室もその後を追う。 がバンッと勢いよく浴室の扉を開くと、そこには黒髪にそばかすが特徴的な青年が腰にタオルを巻いた状態で立っていた。
「エース!!」
!!」
彼女の姿を見た途端、がばっと彼女に抱き着いた青年――エースに、安室はもしかしたら彼もと同じ世界から来たのかもしれない、否、絶対そうであると確信した。少しばかり彼らの関係性が気になったが、年が近いようだし恋人だろうか。彼が抱き着いてきたことによって、濡れたと文句を垂れるに着替えておいで、と声をかけてほぼ全裸の青年に向き直った。
「僕の服、貸しますよ」
「ありがとう、助かるぜ」
俺はエース。白ひげ海賊団2番隊隊長だ、と自己紹介した彼は存外礼儀正しく、世話になると頭を下げた。その上、俺の仲間が色々迷惑かけちまってねェか?とのことも気にかけている。
それに毒気を抜かれた安室はそんなことないですよ、と返しながらシャツとパンツを彼に渡した。しかし、どうにも彼は筋肉質なせいか安室のシャツを着ることが出来ないようだ。
「安室さん、大丈夫ですよ。エースはいつも上半身裸なんで」
「そうそう。上着ると暑いしな!」
ハーフパンツだけを履いた彼を見て、は何も感じていないようだった。どうやら、彼らにとってはエースが上半身裸なのは当たり前のことらしいが、安室としては服を着てほしい。どうしていつまでも野郎の身体を見ていなきゃいけないんだ。それに常識的に考えて服は着るものだ。
 今後のエースの処遇を決める為に、安室とはいつもより風呂に入る時間を短くして上がった。先にを入らせた為、安室が出てきた時には彼女はエースとそれなりに会えなかった間の話が出来ているだろうと踏んでいたのだが、どうしてこうなったのだろうか。
「エースは私より年下でしょ!」
「俺は隊長だろうが!平のくせに隊長の言葉を聞けねェのかよ!」
「私の隊長はマルコ隊長だもんね」
「っのヤロー!!」
ギャーギャーとリビングで喧嘩をしている彼らに、頭を抱えたくなった。一言で表すなら、五月蠅い。どうして喧嘩に繋がったのか分からないが、ついに取っ組み合いにまで発展し出した喧嘩に慌てる。大の大人が何をやっているんだ。
「このアイスは私の!!」
「俺にも寄こせよ!!」
たったアイスの為だけに殴る蹴るの暴行を始めた彼ら。しかし、エースに殴りかかるの拳はすかっと彼の身体を通り抜けていくし、彼がの頬をぐいっと伸ばしても彼女は全然痛そうではない。の腕が突き抜けたそこは炎でメラメラと燃えており、彼もまた悪魔の実とやらを食べた吃驚人間であることが判明した。
「ほら、喧嘩しないでくださいよ」
アイスから始まった喧嘩を仲裁するために、2人の間に割って入る。エースによって火炙りにされることを覚悟していたが、どうやら安室が間に入ったことで2人の怒りは一時的に収まったらしい。アイスごときでくだらない、とは思ったが彼らにとっては一大事だったようで。これは、恋人というよりは姉弟と言った方が近いのかもしれない。因みに、エース曰くこれはじゃれてるだけらしい。彼女は喧嘩だと言い張っていたが、実力的にそうなのだろう、確かにエースが本気を出せばは簡単に死んでしまいそうだ。
「――では、エースくんは1ヶ月僕の家に住むということで構いませんか?」
「おう!暫く頼む」
漸く落ち着きを取り戻した彼らに、エースの処遇について話しあえばニカッと明るく笑うエース。話の流れで分かったのは、彼がの恋人ではなく一つ年下の弟(の船では血の繋がりがなくても皆が家族であるらしい)であるということや、エースが相当腕に自信がある海賊だということだった。
なんかと恋人とか笑っちまうな!」
「はあ?こっちだってエースなんて願い下げだってば」
ゲラゲラ笑ってを指差す彼に、の額に青筋が立つ。ああ、またか。今にも喧嘩第2ラウンドが始まりそうな雰囲気を放つに落ち着いてと諭す。どうにも彼女は年の近いこの青年に対しては喧嘩っ早いというか、実年齢以下に接してしまうらしい。


 翌朝、安室はいつもより早く目を覚まして朝食を作り始めた。よく食べるがいる上に新しく成人の男が一人やって来たのだ、いつもの量を作っても足りないだろう。
「安室さん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
ふわぁと欠伸をしながら現れたに朝の挨拶をする。ちらり、と今日の朝食は何だろうかと確かめた彼女はぽつりと「その量じゃ足りないかも…」と呟いた。これで足りないのか。安室としてはいつもの2倍作ったのだが、いったいエースはどれだけ食べるのだろうか。
「エースはいつも大皿10枚分は食べます」
「…本当か」
彼女の言葉に、嘘だろと思った。はよく食べると言っても大食い選手権の女性たちのようには食べない。それゆえ、普通の女性よりも多めの量を食べさせてきたが、彼の食べる量は軽くそれの4倍は超えている。
とりあえず、朝食は様子見ということでこの量だけを出すことにした。足りなければ昼食まで我慢してもらおう。
「エース、起きて」
「んご……」
リビングのソファで寝ていた彼を起こすの声が聞こえる。しかし中々彼は起きないようだった。面倒くさくなったのか、どたっと何かが落ちる音と「いてっ」と苦痛を訴える声がする。きっとが彼をソファから落としたのだろう。乱暴だなぁ、とは思うが彼女の新しい一面を見られて得な気がした。エースの身にはなりたいとは思わないけれど。
『いただきます!』
「どうぞ召し上がれ」
見事に同じタイミングで手を合わせた彼ら。安室の隣に、斜め前にエースという席順に些か不安が募るが、たぶん大丈夫だろう。朝のニュースを見る為にピッとテレビを付ければ、すかさず彼はそれに反応した。
「映像電伝虫がいねェのにどうやってんだ?」
「あれはテレビって言って、映像を電波で送ってるんだよ」
エースの問に自信満々に答える。彼は彼女の言葉に素直にスゲェなァと言って、はとても嬉しそうだった。この世界の先輩風を吹かせたい様子のが可愛い。まるで何でもかんでも新しいことを幼児に教えたがる小さな子どものようだった。 しかしばくばくと食事をするエースが突然ふごぉと寝息を立てて料理に顔を突っ込んだ。それに目を見開く。
「ちょっ、と…彼は一体何をしてるんだい…?」
「寝てるだけですよ」
彼を見て、呆れた顔をしている彼女はきっとこういったことに慣れているのだろう。エースはところ構わず寝るんです、と言いながらキッチンへと向かい、台フキンを濡らしてこちらへと持ってくる彼女。それを彼の横に置いた所、彼は「あ、寝てた」と身を起こした。
そんな彼にちょいちょい、と布巾を指したに彼はサンキュと言って料理で汚れた顔を拭く。あれは台布巾だが良いのだろうかと思った安室だったが、彼が全然気にした様子もないので何も言わないでおいた。

 新しい居候、エースとの暮らしにも慣れてきた頃、安室は彼らだけでも留守番出来るだろうと探偵としての仕事をしていたが、それから帰ってきて少しばかり言葉に詰まった。
「あ、おかえりなさい、安室さん」
「お疲れ!」
リビングの扉を開いた所、彼らは同じソファで座って仲良くDVDを見ていたのだ。それだけならまだ良いのだが、何故か異様に彼女たちの距離が近い。何しろ、エースの腕が彼女の肩を抱くようにソファにかけられているから。これで恋人ではないのか。些か白ひげ海賊団の距離の近さに戸惑う。
普段は喧嘩をよくする彼らだったが、やはり喧嘩するほど仲が良いという諺通りの関係らしい。
『今日の夕ご飯は何ですか(何だ)?』
目をキラキラさせて見事に重なった彼らの声。それに、安室は飼い主の帰りを待っていた犬のようだと苦笑した。まだ15時だというのにもう夕食にまで意識がいっている大食いの姉弟に、冷蔵庫の中身を思い出しながら中華そばだよと返す。そうすれば、彼らはわーいと喜んでまたDVDに集中し始めた。
――仲が良いことは良いんだけど、何だかな。 今まで安室に懐いていたがいきなりエースに取られたような、そうお気に入りのおもちゃが他の者に取られてしまったような子どもに似た気持ちを抱いてしまった安室は、彼らを見て小さく笑った。
 その後、昼寝を始めた彼らに、安室は本当に自由な生活をしているな、と苦笑した。もともと彼らは海賊だから自由なのは頷けるが。だけど、だけどこれは流石にありえない。何がありえないのかというと、床で寝ているエースの腹に頭を乗せてが寝ているのだ。
先程よりも更に近い距離に、安室はそれをじっと見やる。これは本当に姉弟として正しい距離なのか。いや、姉弟といっても彼らは血が繋がっていないから良いのかもしれないけれど。
だが何故かもやもやと胸の内が重苦しくなる。すやすやと安眠を貪っている彼らの寝顔は、見ていて毒気を抜かれるけれど。
――何か分かんないけど腹立つな。
床で寝ていたら痛いだろう、ということでだけを抱き上げてソファに寝かせた。エースは重いからそのままだ。男なんだから別に良いだろう、ということで。
漸く離れた彼らに気分が良くなって、安室はパソコンへと向き直った。


 とうとう1カ月経った。新月になったその日、安室はさっさと風呂を沸かした。何しろエースがやっと帰れることにそわそわしている様子だから。
は帰んねェのかよ」
「うん、まだここにいたい」
風呂が沸く間に別れの言葉でも、と思っていた所はエースに一緒に帰らないのかと文句を言われていた。エースよりも安室を選んだ彼女に少しばかり気分が良くなる。まあ良いけどよ、と言った彼は未だに眉を寄せていた。しかし、そこに響く『はっくしょん!』という声。それは低い男性のものだ。まさか。嫌な予感を覚えた安室だったが、途端に2人ははっとした顔になって風呂場に駆けて行く。
「マルコ!」
「マルコ隊長!!」
そして聞こえる彼らの喜色ばんだ声。ああ、やっぱり。新たに出現したの世界の住人に、安室は頭が痛くなった。どうしてこうも安室の部屋に異世界人が現れるのか。
エースもマルコとやらもさっさと帰ってくれ!そう思いながら安室は溜息を吐いた。


お月様、ハプニングは一度きりにしておくれ
2015/08/04
もしもエースがトリップしてきたら。

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