安室――否、降谷と付き合って、気づけばもうすぐ1年経つことになる。その間に、遊園地に行ったりクリスマスやお正月を過ごしたり、数々のイベントを彼と過ごした。それは、誰かと付き合うのがはじめてな彼女にとっては全てが目新しかった。
日本の文化そのものも新鮮ではあるが、彼がしてくれる一つ一つが、彼女の宝物で。彼と同じ時間を過ごす度にどんどん彼を知ることが出来た。それと同時にもっともっと、と貪欲に彼を知りたくなる。
初めて彼と出会ったときに比べたら、知っていることは沢山増えた。だが、まだ足りない。彼のことがとても大切だから、こうも知りたいと願ってしまうのだろう。
 少しばかりそんな気持ちを持て余しているはそれを相談する為に彼氏がいる友人たちと話をすることにした。
ポアロでこんな話を出来るわけもないので、自宅から少し離れた駅のカフェで蘭と園子を待つ。何か気になったことがあるといつもこの二人に聞いちゃうなぁ、なんて彼女は思ったが彼女たちは頼られると嬉しいと言っていたのだからきっと大丈夫だろうと自分を納得させた。
さん!こんにちは」
「こんにちは、蘭ちゃん、園子ちゃん」
扉を開けてやって来た二人に手を上げて、自分がいる場所を教える。それに気づいた彼女たちはにっこりと笑って席までやって来て腰を下ろした。
今日はお悩み相談だということを予め伝えておいた為、二人は店員に飲み物を注文してすぐにに向き直った。
「さぁ、今日はどんなお悩みなんですか?」
「実はね…」
ワクワクした表情で訪ねてきた園子に、は自分の思いを打ち明けた。相手のことをもっと知りたくて堪らない、と。そうすれば、「ああ〜!」と二人とも大きく頷く。どうやら、の悩みは正常だったようだ。
「蘭ちゃんもそういうことあるの?」
「そりゃありますよ!あいつ、全然話してくれないし、勝手にどっか行ってずっと学校に来ないし…」
「ああ、あんたんとこの旦那は本当にね…私も真さん今何してるのかなって知りたくなるわよ」
「へぇ〜…!」
頼んだ飲み物を飲みながら、そんな会話に花を咲かせる。性格だって、今やっていることだって、何でも知りたくなる時と、とくに気にしていない時の波が交互にやって来て、それが永久的に続くらしい。
年下でも恋愛の先輩の言葉には目を煌かせる。皆そうやって相手のことを思っているのか、と。しかし、園子がニヤリと笑ったことでその会話は終了し、新たな話題に移るのだということが彼女には分かった。
「ところで…!さん、アッチの方はどうなんですか…?」
「え?」
「夜の方ですよ!」
「そ、園子…!」
突如、声を潜めて身を乗り出した園子。それに蘭は少し顔を赤くして止めるけど、はぽかんと間抜け面を晒した。夜。その単語から導き出されるのは、彼といつも食べている夕食のことだ。最近ではの料理の腕もそこそこ上がって、彼がいなくても作れる料理のレパートリーが増えた。
いや、だが今彼女が求めている話題がそれではないことくらい、鈍いにだって分かる。だが、本当にそんなことしか思い浮かばない程、彼はキスから先へは進めてはこない。そんな彼に安心しきって、夜のことなど頭から抜け落ちていた彼女は、数秒言葉を失った。
「――特に…何も…」
「え!?嘘でしょ!?」
恥ずかしがらないで教えてくださいよ、と驚いた様子で詰め寄って来る彼女にはぶんぶんと手を振る。本当に何も無いのだ。寧ろ、隠せるものがあるなら今は動揺してこんなにも冷静でいられない。
その旨を彼女たちに伝えれば、彼女たちは唖然としていた。
「1年付き合ってるのに…?」
「すごいですね…」
「そ、そんなに普通じゃないの…?」
先程ののようにぽかんと口を開いた彼女たち。それにが困惑する。今まで手を出されないことが当たり前だと思っていたが、それはもしかしたら違うのかもしれないと。いや、カップルによって変わってくるんじゃ…なんて口をモゴモゴ動かした園子に、は衝撃を受けた。
――もしかして、私に魅力がないとか…!?
降谷と付き合う以前に、シャロンから色気はないと言われていたため、彼女はそれを思い出してはっと口に手を当てる。もしに色気がない為に彼が手を出してこないなら、それは由々しき事態だ。だって、それが浮気に発展するのかもしれないのだから。
――どうしよう。
頭を抱え始めたに、蘭と園子は慌てて別の話題を振ったのであった。

 付き合ってもうすぐ1年経つのに、キスより先にはいっていないことはおかしい。そう頭の中で先ほどの話題がループしているは、降谷と過ごす家へ戻って来てうーんと唸っていた。今日は彼が依頼を受けて帰って来るのが夜になる為、彼女が夕食を作っている。
手を動かしながら、蘭たちのあの驚く顔を思い出した彼女はそれだけで眉が下がる。
――零さんは私を見てもドキドキしないのかな…。私はこんなにドキドキするのに。
ずん…、と暗くなった気持ちを払拭するように野菜を切って鍋へと入れていく。
 料理をしているうちに少しばかり気が晴れた彼女は、テーブルに料理をセットし始めた所で、ガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえて、はっと顔を持ち上げる。
「ただいま」
「お帰りなさいっ」
考えていた内容が無いようなだけに、声が上ずった彼女にきょとんと彼は首を傾げる。ぼーっとしてたのでと言い訳すれば、そっかと彼が笑った。
 いつもと同じように席に着いて食事を始める。話題は至って普通だ。全く艶やかな方へいかないその会話は、にとってはとても安心できるけれど、降谷にとってはどうなのだろうと彼女は租借しながら考える。
――ご飯は美味しいのにもやもやする…。
彼と食事をすることはとても楽しい筈なのに、頭に常にそんな思いがある為、少しばかり気がそぞろになってしまった。

お風呂上りに自室に戻って、紙袋から取り出した薄い布地。それはレースで作られたランジェリーだ。
カフェでお茶をした後に、3人で下着を買いに行ったのだが、園子が勧めてきた為に購入に至った。
「……」
ショーツが隠れるか隠れないかギリギリの丈のそれは、色でほぼ透けている為肌も下着もよく見えるだろう。
それに合わせたブラとショーツを、そっと鏡の前で合わせてみる。服の上からだったが、鏡に映る彼女の顔は困惑と羞恥が混ざっていた。
――だけどせっかく買ったわけだし。
困惑と羞恥はあるが、こういう可愛い下着に対して興味がないわけでもない。お金を使ったんだからと自分に言い聞かせて服を脱いでそっと身に着ける。
「可愛い…」
透け透けのそれの下にブラとショーツは見えるが、それでも現在誰にも見せる訳ではないので素直にそう思う彼女。考えられるセクシーポーズを鏡の前でいくつか取ってみて「何やってるんだか」と恥じた。
――こんなことしても零さんに見てもらわなきゃ意味が無いのに。
ふうと一息ついて着替えることにする。一番見せたい人には見せてないがそれはそれで恥ずかしいし、一度着たことで何となく満足してしまった。だが、突如としてノック音が彼女の鼓膜を揺する。
、これから晩酌―――」
「……!!!!」
いつもなら返事を待ってから入ってくる彼が、何故か今に限ってガチャリとノブを回して入ってきたのだ。濡れた髪をタオルで拭いていた彼は彼女の姿を見て固まる。彼女は彼女であまりの衝撃に言葉を失い、ただ胸の前で手を交差して下着を隠すことしか出来ない。
見る見るうちに赤くなりだした。頭は真っ白でこの下着の言い訳を考えることもできない。ただ金魚のように口をぱくぱくさせて目線を右往左往させていたら、彼がゆっくりと近づいてきて、バスタオルで彼女の体を覆い隠してくれた。
「ごめん。濡れてるけど、目に毒だから」
「あ、あの、えとっ」
パニックになって半泣き状態の彼女に、彼は安心させるように微笑み、額に優しくキスを落とした。
それにどきりと心臓が跳ねる。彼の態度に少しだけ、思考能力が戻ってきた彼女は「あの、」と彼に声をかけた。
「まずは着替えてからにしよう。ちゃんと話を聞くから」
「は、はい」
彼の言葉に今の自分の恰好を再度認識し、顔が熱くなる彼女。体を離す前にちゅっと頭に落とされたキスにほっとして、彼女は彼が部屋を出て行った後に先ほどまで着ていた部屋着に着替え始めた。


 ことのあらましを聞いた降谷は表情にこそ出さなかったが、溢れ出る情欲を出すまいと必死だった。
――手を出されないことに不安になってあんな下着を買ってきたなんて。
可愛いの一言では済まされない。今すぐにでもドロドロにとける程優しく丁寧に抱いてしまいたい所だったが、羞恥心と不安感からもじもじしている彼女を見て、ギラつく欲望に蓋をする。
「心配させて悪かった。だけど、本当にのことは大切にしたいんだ」
「…そうなんですか?」
「ああ。初めては目一杯甘やかしたいから。それにだって園子さんたちにそう言われて焦っただけで、まだ心の準備は出来てないだろ?」
「ま、まあ、どちらかと言えばそうですけど…」
口を付けたコーヒーカップをテーブルに置いて彼女の飴色の瞳を見つめる。降谷の言葉に赤い顔で頷いた彼女に、彼は愛しいと思った。まだ心の準備が出来てないのに、俺の心を繋ぎとめようと必死だったのか、と。
だが出来る限り彼女に負担はかけたくない。かと言って、心の準備ができたからと彼女から誘ってくるのも、彼女の奥ゆかしい性格を考えれば無いだろう。
それ故、彼は暫く先ではあるが、数日間公安の仕事も組織の仕事もしなくて良いように休暇をもぎ取り、あるプランを考えていた。
それはまだ彼女には話していないが、きっと喜ぶだろう。何せ、トリプルフェイスで忙しい降谷が二日連続で休日を過ごすなんてことはここ最近無かったし、旅行に行くなんてことも酷く久しい。
予めその日にしよう、と彼女に伝えて当日までの彼女の様子を楽しむか、それとも伝えずにおいて当日彼女を押し倒して驚かせるか。どちらが良いか、なんて邪なことを考えていた彼は彼女の視線に応えるべく口を開いた。
「心配しなくてもそう遠くない未来だから、それまであの下着は取っておいて」
「わ、分かりました」
暗に心の準備を今からしておいて、と伝えた彼に対して、彼女は頬に朱が残ったままではにかんだ。
――それまで俺が耐えないとな。
常日頃彼女に覚える性的興奮を他者にぶつけるでも風俗で解消するでもなく、自己処理をしている彼は、そんな心境を隠すようにうっそりと微笑んだ。


きみを大切にしたい

2019/09/07

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