コナンたちと公園でサッカーをしてから、分身のたちは阿笠邸に行く為に公園から出て歩いていた。の正体が知られてからコナンと哀はのことをどう扱えば良いのか迷っていたらしいが、取りあえず精神年齢は中学生程度しかないので今まで通り呼びで良いよ、と伝えておいた為彼らはのことを「(さん)」と呼ぶ。
「そういや、お前らラムって知ってるか?」
「…だっちゃ?」
「お酒?」
横を歩く元太たちに聞こえないように声を落して聞いてくるコナンにと哀は頭上にクエスチョンマークを浮かべた。哀が言う漫画のキャラクターは知らないが、ラムなら良く家族たちが飲んでいた。コナンがそうそうとの言葉に頷くので、どうやらの考えは合っていたらしい。
「前に言ったでしょ?私、お酒には詳しくないって」
「だ、だよな…」
「それが普通だよ。コナンくんがおかしい。もしかしてお酒飲んだことあるんじゃないの?」
「るせーな…べ、別に飲んだことねーよ」
つん、とすましている哀には苦笑した。この年の子どもたちがお酒の名前を事細かに覚えている方が異常なのだ。だって、どうやったって彼らはお酒を飲めないのだから。親が色んなお酒を嗜むなら分かるけれど、阿笠や小五郎がそんなに多い種類のお酒を飲んでいるなんて聞いたこともないし。だからやたらとお酒に関する知識を持っているコナンはにとって疑惑の対象だった。もしかして、好奇心に敗けてその小さな身体でお酒を飲んだのではないか、なんて。カマをかけてみれば、彼は口元を歪めて変な笑みを浮かべた。
――うわ、怪しい。これ、絶対飲んでるでしょ…。
「…でも、あなたが言う黒ずくめの組織のNO.2のコードネームがRUMだってことは知ってるわよ」
「な、NO.2?」
「え、危ない話…?」
そういえば、安室はバーボンというコードネームで組織の中で動いているとコナンが言っていた。ラムというのももしかしたら組織と関連があるのだろうか、と思っていれば哀の言葉によってそれが証明される。しかもNO.2って相当な大物じゃないか。
哀の言葉に食いつくコナンに、は若干関わりたくないなぁと思って少し離れる。危ない組織の人間のコードネームを知っているだけで危ない目に遭いそうだ。しかし、少し離れたからといって彼らの会話が聞こえなくなるわけではないので、意味は無い。そもそも安室のコードネームを知っている時点では一般人から離れてしまっているのだろう。
「何だよ?ラムって…」
「ラ、ラム…ラムネだよ…!!」
しかしコナンの話を元太たちは曖昧でありながらも聞いていたらしい。さっき言ってただろ、とか教えてー!と騒ぎ出す元太たちにコナンは顔を引き攣らせている。コナンくん、普段の演技力はどうしたの。子どもたちの勢いにたじたじになっていた彼だったが、苦し紛れの言い訳をし始めてはジト目で彼を見た。ラムネって…。
確かに公園でサッカーをしていたから喉が渇いてもおかしくはないけれど。まぁ、歩美たちがそれで納得しているから良いだろう。は安室と対峙した時の彼と比べて色々抜けている彼を見て苦笑した。
「あれ?あの子まだいるよ?」
「あの子?」
「あ、本当だ。公園に行く時も見たよね」
コナンが指差した路地の向こうに一人佇む同年代の少年を見つけて、歩美が困惑している。もその少年に見覚えがあった。サッカーをしてからそれなりに時間が経っているのに、彼はあんな所でずっと立ってどうしたのだろう。じっと上の方を見ている彼に興味が湧いたのか、先陣を切ってコナンが彼のもとに走り出す。は哀の背中を追いながら、何だか嫌な予感がするなぁと思った。
「なぁ、君…一体何を…」
「うわあああああん…!!」
辿り着いた少年の視線の先にはアパートがある。あのアパートがどうかしたのだろうか。はじっとそのアパートを見てみるけれど特に変わった所など無い。しかし、コナンが話しかけた途端泣きだした少年に目を丸くする。その上、彼がおばちゃんが殺されてしまったなんて言い出すから少年探偵団は驚きと不安の声を上げた。
「見てたのか!?その殺されるところを!!」
「見てないけど…おばちゃん言ってたもん…」
尋問するコナンに少年は涙を流し時々嗚咽を溢しながらもそのおばちゃんに言われたことを話す。入れ替わりでやってくる3人の男たちが帰ってから30分。その3人が帰った後に出てこなかったら私は殺されているから警察に電話するように彼に伝えた彼女。ぐすぐすと泣きじゃくる少年の頭をはよしよしと撫でてやった。
――殺人事件か。
「ねぇ、安室さん呼ぶ?」
「…いや、まだ分かんねーし呼ぶな」
3人の人相について訊いて驚愕している様子のコナンに小さく訊ねる。安室が来てくれればこの事件も簡単に解決できるのでは、と思って。すぐに呼ばなかったのは一応彼の意思を尊重しようと考えたから。この場には安室とのことを未だに信用していない哀がいるし、そうしないと積み重なってすらいない信頼がまた地に落ちてしまうだろう。
彼はの言葉に一瞬考えたようだが、まだ殺人事件と決まったわけでもないから一先ずそのアパートに向かうことにしたらしい。案内してくれ、と少年に頼むコナンに続いてたちもその殺されている可能性が高い女性がいる部屋に急いだ。


 どうやら少年はその女性のことを良く知らないらしかった。この町に引っ越してきてから友達がいなくなり、強盗殺人事件のせいで両親を亡くし親戚の家に預けられていたらしいが、その家の人たちも忙しいことから彼の遊びの相手をしてくれなようだ。そんな彼を見かねたその女性が遊び相手として遊んでくれていたと言う。
――そんな良い人が、誰かに恨まれるようなことをしていたのだろうか。
アパートの階段を上がって廊下を歩き、その女性の部屋の前に着く。
「おばちゃーん!」
ピンポーン、ピンポーンと少年が何度もインターホンを押してみるが、彼女は出てこない。やはり、殺されてしまっているのだろうか。は眉を寄せて部屋の中に意識を向けてみる。しかし、物音一つしなかった。
「お!カギ開いてんじゃん!」
「ダメだよ入っちゃ!!おばちゃんが出てこなかったら警察の人に任せてボクは入っちゃダメって言われてるから…」
「でも、もしかしたら意識を失ってるだけでまだ生きてるかもしれないし…」
玄関のノブに手を伸ばした元太がそれを押してみれば、がちゃりと開く扉。どうやら鍵はかかっていなかったらしい。しかし、そんな元太を止める少年。確かに彼女からの言葉を守りたいのは当たり前だと思うけれど、もしかしたら彼女が死にかけている可能性だってある。がそう言えば、それだったら救急車呼ばないとね!と歩美が不安な様子で頷く。だが、コナンが扉を開け放ったことで、それは必要ないことが分かってしまった。
彼女は部屋の真ん中で首を吊って死んでいたのだ。キャアアアと悲鳴を上げる歩美とおばちゃん!!と泣きじゃくる少年。
今にも彼女のもとに駆けだしそうな少年をコナンと2人がかりで押さえ込む。可哀想なことをしている自覚はあったが、この現場に彼を土足で入れるのは良くないだろう。犯人が残していった証拠が消えてしまう可能性もあるから。
警察に連絡し始めた哀の冷静な声を聞きながらも、は少年をこの殺人現場から少しでも離れさせようと、手を引いて玄関の前から遠ざかった。彼女の遺体が見えないだけでも、彼の気持ちは落ち着くかもしれないと考えて。コナンがそれに一瞬に視線を向けたが、彼女がしようとしたことは分かったらしい。何も言わずに光彦と推理を始めた彼にはほっとした。
――本当なら、ここで彼に彼女を殺しそうな人をもう少し絞れないか聞いた方が良いのだろう。だけどそれはあまりに酷なことである気がした。は目の前でぐすぐすと涙を流す少年に眉を下げる。どうやって慰めれば良いんだろう。も大切な人を亡くした経験があるから、辛い気持ちは分かる。それが会ったその日の人物の言葉によって簡単に癒えないことくらい、百も承知だった。それでも、この子を悲しみから救い出す為に何か言葉をかけてやりたい。
「お、おばちゃん…っ」
「……大丈夫だよ。おばちゃんを殺した犯人はコナンくんが絶対に見つけるから」
「本当…?でも、子どもなのに…そんなことできるの?」
涙を両手で拭う彼の手をぎゅっと握りしめて、は彼の目をじっと見つめた。コナンが彼女の無念を晴らすから安心するように、と。そうすれば、彼は涙を止めて目をぱちくりと瞬かせる。それは半信半疑といった様子で、それも仕方ないよなぁとは思った。も彼に出会うまではこんなに頭の良い小学生がいるなんて知らなかったし、人伝手に聞いても信じなかっただろうから。
「出来るよ。コナンくんはすっごく頭良いから!少年探偵団でいつも事件を解決してるんだよ。…ねぇ、君は何て名前なの?」
「少年探偵団?ふーん…。ボク守。おばちゃんからは守くんって呼ばれてたよ」
しかし、彼の推理力の凄さには定評がある。それ故今までに解決してきた事件を何件か挙げると彼はそれに納得したようだった。心なしか先程より暗い表情がマシになった気がしなくもない。彼の名を知ることが出来て「私はだよ、よろしく」と微笑む。そうすれば、彼もつられて笑ってくれた。良かった、一先ず笑ってくれた。
ほっと一安心して、階下を見やればパトカーが止まって立ち入り禁止になっているこのアパートに野次馬が集まってきているようだった。ざわざわと騒がれているのを上から見下ろした。それに合わせて守も下を見る。
「うわぁぁああ…」
「どうしたの?!」
しかし突然尻餅を付いてわなわなと震えはじめた守には目を丸くした。その様子にコナンたちもどうした?と怪訝な顔をして寄ってくる。
「い、いるんだ…さっきおばちゃんの部屋に出入りしていた3人が…!!」
その言葉に、たちは目を見開いた。


 工藤家でいつものように絵を描いていた時に、分身の意識からまたコナンたちが事件に巻き込まれているのをは理解した。毎度毎度良く事件に巻き込まれる子供たちだ。一度お祓いをしに行った方が良いのではないだろうか。彼らのことが心配になって、一旦筆を止めることにした。
安室を頼ろうにも、コナンは分身に呼ぶなと言っているからから彼を呼ぶことは出来そうにない。しかし、安室がいなくてもコナンだったら事件を解決してくれそうな気はする。どうしようか、と下塗り段階のキャンバスを見つめる。現場には目暮や高木たちもいるから危険な目には遭わないだろうが、それでもやはり心配なものは心配で。は書斎にいる沖矢に相談することにした。
広い廊下を歩いて彼がいつも使っている書斎に向かう。扉を2度ノックすれば、どうぞと声が返ってきた。
「すみません、何だかコナンくんたちが殺人事件に遭遇したみたいなんですけど…」
「ほう…なるほど…」
扉の外で話すのも何だから中へどうぞと入室を勧められたは恐る恐る書斎に入った。今まで油絵の具を使っていたこともあり、エプロンには所々乾いていない絵の具で汚れている所がある。それでこんなに綺麗な書斎を汚してしまわないか、と心配だったのだ。どこにも触らないようにしようとは彼のすぐ傍に立つ。
「現場は今どのような状態になっているか分かりますか?」
「刑事の方たちが来ていて色々調べているようです。あと容疑者は3人に特定されているらしくて、今その尋問を開始していますね」
椅子に座ったままを見上げる彼。普段だったら椅子を勧めてくれる彼だが、この場で椅子を勧めないのはがどこにも触らないようにしていることに気が付いているからだろう。
分身の意識から分かる状況を沖矢に伝えれば、彼はふむと頷いて少しばかり考える素振りをした。
「目暮警部たちが来ているのならコナンくんたちだけでも大丈夫でしょう。彼ならもしかしたら既に謎解きを終えているかもしれませんし」
「そうですか。まぁ、確かにありえますよね。コナンくんいつも推理してもすぐに教えてくれないから…」
暫くして沖矢が出した答えは子どもたちはそのままでも大丈夫だということだった。ふっと微笑して閉じていた本を再び開いた彼には苦笑する。彼の言う通り、彼と一緒にいる分身は彼が何かを感じ取っているのを見ている。それが何なのか、までは分からないけれど。
「じゃあ、失礼しました」
「いえ、教えてくれてありがとうございます」
は自分についている絵の具で部屋を汚さないうちに退散しようとさっさと書斎を出て行くことにした。がちゃりと扉を開いて沖矢を振り返れば、彼はにっこりと笑って「頬に黄色の絵の具が付いてますよ」と教えてくれた。それにいつものことだとも笑った。乾ききる前に落としておこう。は書斎を出て、自分の部屋に戻る前に洗面所に向かうことにした。


68:やわらかなまなざしで守ってくれたんだね
2015/08/29
次回安室さんサイド挟みます。
タイトル:モス


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