パーティがある日の朝、シャロンに来るように言われた待ち合わせ場所から連れて来られた店に、は驚いた。すごい、あの、高級感ある洋服店なんですけど。の目の前に並ぶのは品の良い光沢があるドレスばかり。まさかドレスコードがあるパーティであるなんて考えもしなかったは余所行きの服を着てきたのだが、このドレスに比べたら全く普通だった。招待状があるのだからこれくらい豪華なパーティだと気付けば良かったものを。
「シャ、シャロンさん、私そんなにお金持って来てないんですけど…」
「さっきも言ったじゃない。ここではロゼよ、って」
並ぶドレスの高級感に、こんな物を買える程お金がないと慌てて隣にいる彼女に小さな声で伝えれば、彼女はそれに対する答えをくれなかった。いや、確かに先程「私有名人だからこれから行く所ではロゼって呼んで」と言った彼女の言葉を忘れて口にしてしまったが悪いのだろうが。店員もロゼ様と呼んでいたし。
恐る恐る値札を見て数えた0の数に内心「うわー!」と叫んだ。いったい0がいくつあっただろうか。思い出すだけでも恐ろしい。
「心配しなくても私が出してあげるわよ」
「そ、そんな。申し訳ないですって…」
「大丈夫、あなたの身体を少し弄らせてくれれば良いから」
しかしそんなにシャロンが呆れたように言う。元々そんな金を持っているように見えないから安心しろ、と。それにうーん?と苦笑しただったが、それでもやはり彼女にドレスのお金を払ってもらうのは申し訳ない。しかし次の彼女の言葉に固まった。弄る、とは。そんなに彼女はドレスを見ながらふっと笑った。
「あなたの身体、面白い作りをしているから前から気になってたのよ」
「え、え…?何でそれを…」
「身体を弄らせてくれる代金だと思えば良いわ」
え、嘘。彼女の言葉から、彼女はの身体が攻撃を弾くことを知っているようだった。どうしてそれを知っているのだろう。顔を青くさせるにシャロンは「心配しなくても誰かに話したりはしないわよ」と言う。それにほっとした。やっぱり安室が言う通りシャロンは少し危ない人だった。そう彼の判断を今更ながらに正しい物であったと痛感しただったが、彼女が言わないと言ってくれているから大丈夫だろう。しかし、今の所はね、なんて付け加えられた言葉には目を見開いた。前言撤回。この人やっぱりとても危ない人でした。
「冗談よ。本当にあなた表情がくるくる変わって面白いわね」
「そんな……からかわないでくださいよ」
あはは、と笑うシャロンにはどっと疲れが押し寄せた。思わずドレスを選ぶ手が止まってしまう程である。しかし、そんなの為に彼女がドレスを選んでいてくれたようで。
これ、着てみなさい。と渡されたのは濃紺の総レースのワンピースドレス。しかし手にして吃驚、何と花柄のレースの隙間は自分の手が若干透けてしまうような肌色で。
「す、透け透けじゃないですか…!」
「大丈夫よ、下にちゃんと透けないように着るから」
驚いて彼女を見れば、セクシーでしょ?なんて言われるから確かにそうですけど…と困惑したままそのドレスを見る。可愛いくて大人っぽいのだが、が着て似合うだろうか。とにかく試着してきなさいと背中を押しだされた彼女はそれを持って試着室に足を踏み入れた。


 胸は見えないように首元まで詰まっているから安心…なんて思っていたらそのドレスは背中が大いに開いていた。たぶん、ウエスト位まで。スラカップ状にあしらわれたレースが背中を飾るのに、もう少し肌を隠してくれても良いんじゃないか、とは思った。結局そのドレスを購入したのだが。
「次は髪と化粧と爪とネックレスに靴ね」
「まだあるんですか!?」
ドレスを購入した袋を持ちながらはシャロンについて行く。これくらいしないと損でしょ、なんて彼女が言うものだから彼女は普段いったいどんな暮らしをしているのだろうかと驚くばかりである。
行く先々の店でうなじが見えるように髪を編みこまれたり、いつもより綺麗で大人の印象を受ける化粧を施されたり、爪には少し大人っぽい色や模様のネイルアートをしてもらって、はそれだけで大満足だったのだがまだまだ上はあったらしい。これをするだけでもう午後になっているのだから時間は早いなぁ、なんてどこか遠くを眺める。もうあと一時間もしないうちにパーティは始まるのだ。
「ネックレスは私のを貸してあげるわ」
「えっと、私これが良いんですけど…」
それ、外してと彼女が言うのは安室が買ってくれたハートのペンダント。普段から着けているそれを、パーティだからといって外したくなかったはシャロンにどうぞご自分で使ってくださいと伝える。そうすれば彼女は「普段なら良いけどこのドレスだと少し寂しいわよ」と一刀両断。しかし、どうしても着けていたいなら鎖を重ねてブレスレットとして使えば?と提案してくれた。それに頷く。確かにこのペンダントならブレスレットにしても違和感はないかも。
「じゃあこれ着けて」
「!?こ、これ…ダイヤと真珠ですか…!?」
「そうよ。昔貢がれたの」
彼女から当たり前のように渡されたのは可愛らしく連なっているダイヤと真珠のネックレス。大粒のそれらがふんだんに使われているのを見ると相当値が張るだろう。こんな物を貢がれたというのだから、やはりシャロンは魔性の女だ。彼女は彼女で胸元が開いたドレスに合わせた豪華なネックレスを着けており、100人中100人が振り返る美女になっている。しかし、常の彼女と違うのはその髪の色。常なら彼女は美しいプラチナブロンドヘアであるのに今は赤毛になっていた。髪の毛の色だけでもかなり印象が変わる。きっと一見しただけではシャロンだと気付かないだろう。ウィッグを着けた彼女にどうしてそんな物を着けるのか訊く。
「言ったでしょ。私は有名人だから変装しなきゃバレるの」
「ああ、そうでしたね」
赤毛でも十分美しいけれど、やはりはプラチナブロンドの方が彼女に合っている気がした。目が慣れているだけかもしれないけれど。
準備が全て終わった所で、彼女はホテルの椅子から立ち上がった。さあ、行くわよ。そう言う彼女にはいと頷く。ホテルの前には既にタクシーが止まっていたので、彼女たちはそれに乗り込んだ。


 タクシーでやって来たのは豪華なホテルだった。どうやらこのホテルのパーティ会場でパーティは行われるらしい。どんなパーティなのかと訊けば、金持ちの子息の誕生日パーティらしい。そんなものにが参加して良いのか分からなかったがシャロンが良いと言うから良いのだろうと思って、ドキドキしながら会場へと入った。
「わぁ…凄い…!」
「食べるのは良いけどがっつかないでよ」
シャンデリアが煌めく会場に入ってすぐ目に入ったのは、テーブルの上に並べられた普段だったら食べられない豪華な料理の数々。ふわふわと良い香りも漂ってくるものだからのお腹はそれだけでぐうと主張する。そんなに冷ややかな視線を送った彼女に慌てて頷いた。そうだ、ここはパーティ会場。食べても良いけど上品に。
『皆さん、今日は僕の誕生パーティにお集まりいただき大変感謝しております。どうぞ楽しんでください』
段上でパーティの開始挨拶を述べたのはシャロンが教えてくれた主役の男だった。子息というから青年かと思っていれば、彼は良い年をした男性だった。何だか想像しているのと違って吃驚しただったが、シャロンが一人の40代くらいの上品で素敵な男性に話しかけられたことに気が付いてそちらに視線を向ける。
「やあ、ロゼ。久しぶりだね。会えて嬉しいよ。そちらの子は?」
「私もよ、ミスター高田。この子は私の遠い親戚の子。今日が初めての社交界なの」
「そうか、可愛い子だね。初めましてお嬢さん。私は高田博之、よろしく」
「初めまして、高田さん。私はです。よろしくお願いします」
突然の親戚設定に驚きながらも、は彼に挨拶をした。そうすれば彼はにっこりと微笑んでくれる。中々素敵なおじ様だ。の船にもこういう紳士的な男はいるが、少ないから初めて見るも同じだった。
どんな人なのか、と気になっていた所彼は他の友人に呼ばれてしまったのでこの場からいなくなってしまったが、はこのパーティに来て良かったと思った。とにかく最初は美味しい物を食べたい。
「好きに楽しみなさい」
「ありがとうございます」
高田がいなくなったことで早速男たちに囲まれ始めたシャロンを見て、は苦笑した。すごいモテ様だ。一先ず彼女からは一旦離れて料理を取りに行くことをした。立食パーティなので、お皿を持って歩き回る。
とろける程柔らかいローストビーフが目の前でシェフに切られるのを見たり、キャビアが乗った名前も分からないお洒落なそれを口にして「キャビアってこんな味なんだ」と感動したり、美味しいワインに頬を赤くしたり。
シャロンに言い付けられた約束を若干忘れつつある頃に、を呼びかける男が一人いた。先程の高田である。
さんはとても美味しそうに食べるんだね」
「初めて食べる物ばかりなので…楽しくてつい…」
ぱくぱく食べていたとは言っても上品に食べていたつもりなのだが、こういう社交界ではもしかしたら沢山食べること自体が間違っていたのかもしれないと思ったは照れ隠しの為にワインを口にした。美味しい。
「いや、美味しそうに食べる子は良いよ。見ていて楽しいからね」
「本当ですか?良かったー。高田さんは何が好きなんです?」
酒に酔っている頭では彼の言葉が社交辞令かもしれないなんてことは考え付かなかった。その為彼に訊ねれば、私はさっき食べたフォアグラの料理が好きだなぁとにこやかに答えてくれる。
へぇ、フォアグラかぁ。その料理はまだ食べていない気がする。なんて食べ物の話で気分が高揚するに彼は笑顔で話に付き合ってくれた。段々近くなる距離に「あれ?」なんて思うけれど、ワインで楽しくなってしまった頭では何だか別にどうでも良くて。ついにはよたよたと足取りが覚束なくなってきたの腰を抱く彼に感謝までしてしまう始末。
――高田さんがいなかったら転んで恥をかいていただろうなぁ。
「お客様、追加のワインはいかがですか?そちらの方は大分酔われているようなのでお水をどうぞ」
「ああ、貰おう」
「あ、え」
ふとの背後から聞こえた声に振り返れば、そこにいたのはボーイの姿をした安室だった。
――何で安室さんがここに。
驚き固まるの手に水の入ったグラスを渡す際に彼がの耳に唇を寄せて小さく囁く。
「どうしてシャロンといたのか後で訊くから」
それだけ伝えて他の客にも笑顔でワインを配りに行った彼には「あ、やばい」と酒の回った頭でも考えることが出来た。これはもしかしたら説教されるのかもしれない。だって、の耳に顔を寄せた時の彼の顔はぞくりとするくらいに真顔だったから。
「今のボーイと知り合いだったのかい?」
「ええ、まあ顔見知り程度です」
笑顔で訊ねる彼に曖昧に頷く。わざわざボーイの姿に扮している彼は探偵としてこのパーティに参加していたのかもしれないから。彼の仕事の足を引っ張りたくなくてそう言えば彼はそれで納得したようだった。


64:つかの間でもいいからさらってほしいよ
2015/08/24
タイトル:モス

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