安室に振り向かせてみせますと、盛大に啖呵を切っただったが、実際の所これといって策は無かった。もしかしたら彼もそれを見越していたのかもしれない。長期戦になることは覚悟の上だったが、いったいどうしようか。だが、今回心配をかけさせてしまった佐藤にまずはこのことを伝えることにした。自室でスマートフォンを取り出し彼女へのメール画面を開く。
『安室さんのこと、諦めないことにしました。』
だから、大丈夫と。頼りになる彼女にそうメールを送って、は今日は疲れたからもう寝ようと部屋の明かりを消した。とりあえずどうするかは明日から考える。

目の前の光景に目を丸くした。佐藤にメールを送ってから数日後のこと。お洒落なカフェの席で、の隣には佐藤、前には蘭と園子が座っている。佐藤曰く、女子会らしい。女子会が何なのかには分からなかったが、彼女たちがの為に集まってくれたのは分かる。しかし3人ともやけに視線が鋭い。特に蘭と園子からはビシバシ飛んでくる。どうしてこんなに2人はのことを睨んでくるのだろうか。
「どうして言ってくれなかったですか!」
「そうですよ、私達さんの恋応援してたのに…」
「ご、ごめんね…。年下に頼るのは恥ずかしくて…」
どうやら2人はに相談をしてもらえなかったことを怒っているらしい。振られた、なんて言ったら応援してくれていた彼女たちに気を遣わせてしまうことは分かっていたし、何よりちっぽけなプライドが彼女たちに情けなさ過ぎる姿を見せることを拒否していてあまり言いたくなかったのだが、彼女たちからしてみればそれは裏切りだったのだろう。
素直に謝れば、そうなのかもしれないですけど…と彼女たちはむすっとした表情でありながらも納得してくれたようだった。
「で、どうやって振り向かせるか考えたの?」
「それはまだです…」
「やっぱりね。私たちが一緒に考えてあげるから頑張りなさい!」
一旦この話は終わりということで、隣にいる佐藤がきりっとした顔でに問いかけてくる。ぶっちゃけどうすれば安室さんが振り向いてくれるのかなんて分からない。無計画であることを彼女に伝えれば納得の様子で頷かれる。どうやらのことはお見通しだったらしい彼女の激励にはいと頷く。私の為に色々考えてくれるなんて優しい人だなぁと嬉しくなって。
そして始まる作戦会議。
「まずは彼をドキドキさせないとね。女として意識させるのよ」
「はい」
「でも安室さんって絶対女性に慣れてますよね」
「ああ、確かに。簡単にドキドキしてくれなさそうよねぇ…」
佐藤の言葉に確かにそうだなぁと思う。は彼に妹的存在としてしか見られていないから。続く蘭と園子の言葉にはグサグサと心を抉られるが、当たっているだろう。彼はポアロでもモテているし、29歳なのだ。今までに何も無かったなんてことはないだろう。そもそも彼は簡単にスキンシップを図ったり距離感がおかしい時があるから。そんな彼をどうやってドキドキさせれば良いのか。いつもが彼のさり気ない仕草にドキドキさせられていたというのに。
「やっぱり色気を出していくべきですよ!」
「色気ねぇ…」
「女の子は化粧でも服装でも香水でも変わるからそれは良いかもね」
「あと仕草とかもありますよね」
園子がぐっと拳を握って熱弁する“色気”作戦に首を捻る。にとっての色気とは白ひげ海賊団の船に乗っているダイナマイトボディを持ったナースたちだ。彼女たちは皆美しくて色気があって船の男達を翻弄していた筈。特に何年も船に乗っているナースたちの色気は凄まじい。何と言っても彼女たちは余裕たっぷりなのだ。にはあんな余裕も色気も無い気がする。どうやって出してるんだろう。
そこで提案される佐藤の化粧とか服装うんぬんとか蘭の言葉には確かにと思った。香水は今まで使ったことが無かったけれど、そういえばシャロンもナースたちも良い匂いがするものを使っていた。やっぱり匂いがあるのとないのとでは違うのだろうか。
「確かにちゃんちょっと幼い所あるから仕草とかは大事かも」
「イギリスにいたせいかちょっと世間知らずな所ありますしね〜それも良いと思いますけど!」
「な、なるほど。確かにこの前世間知らずって言われた…」
佐藤と園子はお互いに頷き合っていて、はうっと言葉に詰まった。彼女たちが言う通りは自分でも幼いと思う。見た目は化粧や服装でどうにかなるけれど、主に精神面とか言動が自分の年齢と合っていない気がするのだ。特にこの世界においては。船に乗っている時は悩み事なんて全く無かったし、毎日が楽しかったから何か困難にぶち当たるということが少なかったのだ。それに困ったことがあればすぐに家族が相談に乗ってくれていたし。
――これじゃあ甘ったれた性格になっても仕方ないよなぁ。しょんぼりと彼女の眉が下がった。
「身近に色気たっぷりな人がいたら見本に出来たんですけどね…」
私達じゃ無理だもん。そう言って園子とねぇとアイコンタクトする蘭。それは年齢的な意味だろうか。確かに彼女たちは色っぽいというよりは可愛い部類だ。高校生だから当たり前か。佐藤も「私もよく友達から男勝りって言われるし…」とその点においては自信なさ気だ。でも彼女は自分で気付いていないだけだと思う。でなければ高木が佐藤を見る度に意識している様子なんて出さないと思うから。
難しいなぁ。そう思った所では「あ…」と一人色気が有り余る程ある女性を思い出した。


 からんからん、と鳴るベルと共に店内に入ってきたプラチナプロンドの女性。彼女の形の良い唇を彩るのは情熱的な赤色。それは少し冷たさを感じさせる彼女の美貌を暖かみあるものにしていた。
「まさかこんなすぐに連絡してくるなんて思ってなかったわ」
「こんにちは、シャロンさん」
の目の前の席に腰を下ろしたのはシャロン。あの時、蘭たちとの会話で余裕たっぷりで色気満載な彼女の存在を思い出したは早速彼女に連絡をしたのだ。相談事があるんですけどと持ちかければこの日なら空いているわよと承諾してくれた彼女とカフェで話すことに決めた。佐藤たちからも色々アドバイスを貰って勉強になったけれど、何だかシャロンはこんなに若々しい姿をしているのに彼女たち以上に何十年も生きてきたかのような印象を受ける為、きっとまた違った視点からアドバイスをくれそうだと思ったのだ。何でだろう、雰囲気だろうか。
「で、相談って?」
「実は…どうやったらシャロンさんみたいに色気が出るのか知りたくて…」
「急ね」
やって来た従業員にアイスティーを頼んだ彼女はの言葉を聞いて片眉を上げる。もそれはそうだと思う。急に呼び出して「色気を出すにはどうすれば良いですか?」なんて普通の人なら訊かないだろう。それくらいなりふり構ってられないというわけなのだが。シャロンはそんなを見てそうね…と考え始めた。
「年の功ね。あとは自分の欲望に忠実に生きているか、とか」
「年の功って…確かにシャロンさんは私よりお姉さんですけど…」
運ばれてきたアイスティーに口を付けた彼女の言葉にはうーんと唸る。年とは言ってもシャロンは精々20代後半にしか見えない。それだけの年齢の差でこんなに変わるのだろうか。欲望に忠実になる、というのもには良く理解できないし。もともとそんなに何かを我慢しているつもりはない。ストレスも今の所安室のことを除けばあまり感じていない筈。
――色気って奥が深い。
“色気”とは、なんて哲学染みた考えに陥り始めたの思考を戻すかのように彼女は「ところで」と言葉を発した。
「どうして急に色気を出したいなんて考え始めたのかしら」
「えっと……、ちょっと、振り向かせたい人がいて…」
何もかもを見透かしたような笑みでふっと笑った彼女に、この前友人に相談したことを掻い摘んで話す。振り向かせる為にはまず色気、なんてことを話したのだと彼女に伝えればなるほどねと彼女は呟いた。しかし、どことなく彼女は呆れているようでもある。
「確かにあなたはあまり色気がないけれど、色気だけじゃなくて普段の会話も大事よ」
一緒にいてつまらない人間と付き合いたいなんて思わないでしょ。そう続ける彼女に目を丸くした。確かに、そうだ。は色気ばかりに思考を向けていたけれど、会話だってコミュニケーションには必ず必要なもの。
それはあるかも。だって、は安室と話していてつまらないなんて思ったことは無いから。彼は博識だしに色んなことを教えてくれたり話を盛り上げたり。
――会話かあ、盲点だったなぁ。
「だからあなたはまず色気云々より会話を沢山したら?」
楽しませようと気負うのではなくいつも通りに。それでお互いのことを知ったり、彼が笑ってくれれば儲けものではないか。彼女のアドバイスには驚いた。凄い、こんなにまともなアドバイスをくれるなんて。この前「秘密」なんて言っての質問をはぐらかした彼女がここまで話してくれるとは思ってもみなかった。
「それに如何にもアピールしてます、なんて女子はウザイわよ」
「そ、そうですね…」
は彼女の棘のある言葉にへらりと苦笑した。確かには頑張ろうとするあまりにそうなってしまいそうだ。それなら会話をどうにかする方がまだ気は楽であるし、色気よりも可能性はありそうである。
どうすれば色気を出せるのか、という相談だったのに全く違う方向へ進んでしまったがは満足した。やはり年上の女性に相談するとには考え付かないようなことを教えてくれるのだから凄い。
「とりあえず、色気については今度教えてあげるわ」
「え、教えてくれるんですか?」
「ええ。はいこれ、招待状」
「何の招待状ですか?」
喉を潤す為にオレンジジュースを飲んだの目の前に出されたのは一枚の厚紙。きょとんとしているに彼女は「パーティよ」となんてことはないように答える。パーティ?そんなものに行く為の招待状をどうしてに渡すのだろうか。浮かんだ疑問に彼女が敏感に察知して笑う。
「気分転換よ。私と一緒に行きましょう」
「良いんですか?」
パーティなんてものは初めてのは口元を綻ばせた。これは気分転換でなくても行きたい。色々用意しなくちゃいけないから当日の朝になったらまた連絡するわ。そう言う彼女にありがとうございますと頭を下げる。シャロンさんってこんなに良い人だったんだ。どうして安室が彼女に会わせたがらないのかには理解できなかった。
「勿論タダで、とは言わないけど」
「え……」
しかしふっと妖艶に笑った彼女にの笑顔は引き攣った。タダではないというその言葉に、一体何を要求されるのだろうと恐ろしくなる。どうか、無理難題ではありませんように。


62:かなしくてもあいして
2015/08/24
タイトル:モス

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