蘭から今度園子と一緒にお茶しませんか、というメールを貰ったは二つ返事で了承した。蘭たちとはよく会っていたけれど、3人でお茶をするのは久しぶりだと思って。
わーい、何着ていこうかなぁ。約束の日は今日の11時。あと1時間すれば彼女たちと会う時間になる。普段は事務所や学校帰りに彼女たちと会うから複雑な話は出来ていない為、話したいことは色々あった。
白地に青のストライプが入ったワンピースを着ることにして自室の鏡の前に立つ。ノースリーブだけど肩口がペタルスリーブ状になっているのが気に入って買った洋服だ。
それを着て髪の毛もポニーテールにして紺色のリボン付きゴムでまとめる。うん、オッケー。
待ち合わせの時間までまだ余裕があるのでリビングで一旦お茶を飲むことにした。るんるんとした気分でリビングに行けば、パソコンから視線を上げた安室に気合が入ってるねと言われた。やっぱりそう見えるんだ。
「蘭ちゃんたちとお茶するので。久しぶりだから張り切っちゃいました」
「あんまり遅くならないうちに帰っておいでよ」
「はい、夜になる前に帰って来ますね」
蘭たちと遊ぶのは米花町の中なのに、ストーカーもどきのことがあったからか彼に釘を刺された。それもそうだ、彼女たちと一緒に話しているとついつい時間が遅くなってしまうから。としてはそんなに話しているつもりはないけれど、時間はあっという間に過ぎているのだから驚きである。
そしてそろそろ出かける時間になったので鞄を持って玄関に向かう。
行ってきますと行ってらっしゃいを、いつものように言い合って扉を開けて外に出た。だけど、ちょっと待ってという言葉と共に彼に右手首を掴まれては立ち止まる。び、びっくりした。どきっと跳ねた心臓を落ち着かせる為には彼にバレないように大きく息を吸い込んだ。
「帰る時になったら迎えに行くから連絡入れて」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。そんなに遠くないですし」
彼の優しさは嬉しいけれどは断った。彼女たちと遊ぶのは本当に遠くない場所だし、暗くなる前に帰り始めるつもりだ。その上、わざわざ安室に迎えに来てもらうなんて、やっぱり甘えているようにしか見えない。は彼に頼りたいとは思うけれどそれと同じくらい彼に頼ってもらいたいと思っているから、まずは彼に心配をかけないくらいにしっかりした人間になりたかった。
彼はその言葉にそうと頷いて手を放した。彼の熱が離れたことに名残惜しさを感じながらも、はじゃあと言って扉を閉める。掴まれた手首ばかりに気を取られていたは彼がいったいどんな表情をしているか、なんて気付かなかった。


 待ち合わせ場所に着いたのは11時5分前だった。まだ2人は来ていないようなので、目印になる小さな噴水の前に立つ。そう時間が経たないうちにやって来た私服姿の彼女たちにはおーいと手を振った。
「こんにちは、さん」
「こんにちは、2人とも」
にこにことした様子でやって来た蘭と園子にも微笑む。日頃彼女たちの制服姿しか見ていなかったから久しぶりの私服がより可愛く見える。若いって良いなぁ。
じゃあ、まずは腹ごしらえでもするかという話になったので、たちは近場のレストランに入ることにした。
「で、さっきから気になってたんですけど、さん…そのペンダントって…」
「あ、それ私も気になってた!さんって普段アクセサリー着けてないのに最近良く見るなぁって思ってたんです」
レストランに入って席に通され、メニューを選んで料理が来るまでの間、目敏く首元に光るハートのペンダントを見つめた園子に蘭が便乗してくる。流石2人とも良く見てる。えへへ、と笑って安室からプレゼントされたのだと伝えると彼女たちは途端にきゃー!と盛り上がった。
「私が選んだ物だし、ただのお礼らしいけど…」
「でも普通好きな女以外にハートのペンダントなんて贈る!?」
「そうよね!雑誌とかにも男性が女性にネックレスを贈るのは独占欲の表れだって書いてあるし!」
何か勘違いを起こしていそうだからすかさずこのペンダントが贈られるに至った経緯を話したが、それでも彼女たちの勢いは止まらない。自分のことのように興奮して話し始める彼女たちに、そんなことを言われると期待してしまうじゃないかと内心どきどきしていた。
その上、園子は目が肥えているからか、のペンダントが老舗ブランドの物であることを見抜いて増々盛り上がっていく。「お礼なんてただの口実に決まってるじゃないですか!」と笑顔でに言ってくれる園子に、は徐々にそうなのかもと思い始めてきた。そうだったら良いなぁ。
「お待たせしました、デミグラスソースのオムレツと季節野菜のスパゲティ、生ハムピザでございます」
しかし、テーブルにやって来た料理に一先ずその話は後にして食事をすることにした。


 手の平に残るの温もり。安室は開いたままの自分の拳をぼんやりと暫く見つめて、彼女が出て行った扉の鍵を閉める。
安室の迎えに行くという言葉を優しく断った彼女に、どことなく違和感を覚えて。すたすたと歩いてリビングに戻り、ソファに座って足を組む。
最近、は以前にも増して自分の世界を広げていっているようだった。それは喜ばしいことだと思う。この世界に来た当初は彼女の世界は安室が全てだったのに、今は毛利一家や友人の園子、そして刑事や工藤優作に美大の教授、あとは気にくわないが沖矢など彼女には頼れる人物が少しずつ増えてきた。
――それが良いことだとは分かっている。
世界を広げて色んな物を見れば良いと思っている。だが、何をするにも傍にいた彼女が徐々に離れて行っているような気がして少し、ほんの少し寂しさを感じるだけだ。子供じみた独占欲を持て余しているだけ。きっといつも傍にいることが当たり前だった、妹のような彼女が自分以外のものに興味を示しているのが不思議なんだ。
――だから、そのうち慣れる。
そう思って安室は昼食を作る為にキッチンへと向かった。


 昼食を終えてショッピングを楽しんでいる最中に、蘭たちからこの前巻き込まれた事件の話を聞いては良く事件に巻き込まれる子たちだなぁと苦笑した。いや、もそれなりに事件に巻き込まれているけれど、彼女たちの場合はの比ではない。
鈴木財閥系列の会社の令嬢がプールの中で溺死していた、なんて早々あることではないだろう。その場にいたコナンと真純のおかげで事件は解決したようだけど、折角出かけたホテルでそんな目に遭うなんて蘭たちも災難だ。
「どうせならさんと安室さんも呼べば良かったな〜」
「そうね、安室さんなら世良ちゃんと競い合うように事件を解決してくれたでしょうね!」
コナンに誘われたのが急だったから一緒にいた園子だけしか誘えなかったのだ、と残念そうに言う蘭と安室と真純の共同推理に想いを馳せている園子。そんな2人を見て、は笑った。事件に巻き込まれたのに凄い精神力だ。最近ではも慣れてきてしまっているけれど、彼女たちは以上に慣れているのだろう。
「あ、この服どうだろ〜」
「え、ちょっと露出多くない?」
「でも、真さんは私が露出多い服着てると怒ってくれるんですよ〜!」
若者向けの店に入って、肩が大きく開いているトップスを手に取る園子には驚いた。確かに園子ちゃんって結構露出多い服を着てるけど、そういう理由があったんだ。へぇ、とそんな風に園子を心配して怒ってくれる彼女の恋人に羨ましくなる。恋人からしたら園子は可愛いから心配で仕方ないだろうが、そう簡単に乙女心は止まらないのだろう。真くんは苦労するなぁ。
さんもたまにはこういう露出多いの着てみたらどうですか?」
「ええ!?」
「そうですよ、さんいつも割とかしっとした服着てるし。ギャップ萌えってやつですよ」
「そ、そうなのかな…」
あ、と思いついた様子の園子には目を丸くした。彼女の手にある服はにしてみたら中々着ないタイプの服装だ。蘭に指摘された通り、基本的には外に出る時は腕や脹脛は出してもそんなに露出度が高い物は身に付けない。部屋着ではタンクトップやショートパンツなどを着たりするが。
これなんて良いんじゃないですか、と園子が差し出したのは黒レースのタイトなミニスカート。
――ミ、ミニスカート。
が今までにチャレンジしたことがない代物だった。
「上にこういうの合わせると良いと思うんですよね」
「あっ本当、良い感じ!絶対似合いますよ」
「み、短い…」
園子のコーディネートに蘭も頷いている。彼女が差し出してくれたそのコーディネートに、は一瞬固まったが、物は試しかと思って試着してみることにした。似合わなかったらどうしよう。そう思いながらも着替えてみると見た時に分かっていたスカートの短さが余計短く感じられる。これ屈んだらパンツ見えるやつだ。
取りあえず彼女たちの反応を見て考えることにしたは試着室の外にいる蘭たちに声をかける。
「…どうかな?」
「良い!さん脚白いから良く似合います!」
「今度これ着て出かけましょうよ」
彼女たちの表情を見るに、嘘は吐いていなさそうなのではこの上下を買うことにした。まんまと年下の女の子たちに乗せられた気がしないでもないが、彼女たちが選んでくれた物を着るのも悪くないと思って。
だけどやっぱりこういう服に慣れてないからやけに足元がスースーする気がする。あと下着が見えないように何か工夫をしないと。


 蘭と園子たちとのショッピングを終えて帰って来たは買った洋服をしまう前に持っている服とどう合わせられるか考えていた。ミニスカートを履いてトップスを着替えていくだけの作業だが、何着か試した所で色々合いそうなことが分かったので、とりあえず今日は終わりにしようとした所だった。コンコン、と扉をノックする音が聞こえてはいと返事をすれば何か用があったのか安室が部屋に入ってきた。しかしぴたりと止まる彼の足。
、そのスカートどうした?」
「園子ちゃんが選んでくれたんです。今度これ着て一緒に出かけようって」
彼がのスカート姿に軽く目を見開いたのは一瞬ですぐにそんな表情は消えて真顔になる。蘭たちとまではいかなくても、いつものように彼が似合っていると一言言ってくれるかなと期待していたはそれに戸惑った。もしかして、似合ってない?の年齢ではこういう服装は若すぎたのだろうか。彼はそんなに変わらぬ眼差しで口を開いた。
「駄目だよ。エスカレーターや階段で盗撮されたくないだろ?」
「え、まあ、はい…」
彼の言葉に、は曖昧に頷いた。確かによくニュースで女性がそういう場所で盗撮されるというのを見ていたので彼が言わんとしていることは分かる。彼がを心配してくれていることは理解したが、折角買ったのに着ちゃ駄目なんて勿体無い。もこのスカートは短いと思っていたけど、そこまで安室に頭から否定されるとは思わなかった。ちょっとショック…。
だけど安室はの返事を聞いて満足したらしい。着替えたら夕食の準備手伝って、と言っての部屋からいなくなる。結局安室が何の用があっての部屋に来たのか分からなかったが、は彼に言われた通りラフな服に着替えて園子たちが選んでくれたスカートを棚の中にしまった。
――買った当日にお蔵入りなんてついてない。


56:だってぜんぶ僕がわるい
2015/08/21
タイトル:モス

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