病室に呼び出した高坂たちを前に、ティーカップの飲み口に毒が塗ってあったのだと伝える高木。は安室の隣で、この事件の解決を静観することに決めた。なんと言っても、安室が先程推理を終えた顔をしていたから。今は何故かそんな様子を微塵も見せていないけれど。師匠である小五郎に気を遣っているのだろうか。
「じゃあ私たちの中の誰かが、伶菜が飲む直前にカップに毒を塗ったってわけ?」
「そんなことをしたら誰かが気付くんじゃないかしら?」
「いませんでしたよ、そんな方」
高木の言葉に即座に抗議する彼女たちに、小五郎はだからと声を若干荒げる。先程安室が言ったように直接毒を塗ったのではなく、自分のカップに塗ってすり替えたのだと。ちらりと安室を見上げただったが、小五郎の言葉に同調するわけでもなく佇む彼からは何の感情も読み取れない。まだ推理はしないつもりなのだろう。
「それは無理だって言ってるでしょう?私が飲んでいたのは黄色いカモミール」
「私のはペパーミントっていうハーブティーで色は茶色だし」
「私は青い色のバタフライピーを飲んでいたので赤い色のハイビスカスティーを飲んでいた須東さんのカップとすり替えたとしてもすぐに気が付くかと」
何だか先程の繰り返しのような彼女たちの会話に、はううんと眉を寄せた。確かにそうなんだけどこの中に必ず犯人はいる筈なのだ。でなければ、今まで安室とコナンが推理していたのは何だったのか。
そんな彼女たちに、須東のカップにはレモンが浮いていることから少しくらい色が違っても分からないのではないかと小五郎が疑わしいものを見る目付きで彼女たちを見る。だが、それはいくらなんでもでも気付く自信があった。レモンが乗っていたとしても、お茶の色くらい判断できる。
ハーブティーなんてお洒落なものとは無縁のおっさんには分からないでしょうね、と彼女たちに罵られた小五郎はカチンときた様子だったが、まあまあと目暮に宥められた。
「とにかく、犯人がカップに毒を塗り須東さんを殺害したのは明白な事実」
そう言って目暮は、毒を入れていた筈の容器も袋もこの病室から見つからなかったことから、入れ替わりでこの病室から出て行った別府と八方のどちらかであると推理を勧めていく。
なるほど、カップに毒を塗った後に外出してしまえばその容器をどこかしらに捨てられるというわけか。確かにそれはあり得ると思うけれど。ちらりと安室を見上げれば特に何の反応もしていない。ということは、目暮の考えは少し違っているのかもしれないなぁとは安室の反応から推理する。
その上、ただトイレに行っていた、とかお茶請けをコンビニに買いに行っていたと彼女たち2人が彼の考えを否定した。疑われているのだから自分の無実を主張するのは当たり前だろうが。
「まあトイレの中やコンビニまでの道を調べれば、何か出てくるんじゃないすか?」
「でも度胸がある犯人だよね」
小五郎の言葉に反応したのは、今までいないと思っていたコナンだ。ちょっとコナンくん!そんな蘭の制止の声を無視して話しだした彼に、はまたかと思った。隣に立つ安室の表情を確認してみれば、先程目暮が話していた時と違って心なしか少し楽しそうな様子。これはもしかして、コナンのこの姿を見たくて敢えて推理していなかったんじゃないだろうか。さっきも同じようなことしていたのだし。
「だって、僕がカップに毒を塗ったら絶対に外に出ないもん。自分がいない間に勝手にカップを拭かれちゃったり、カップの位置とかお茶の種類を変えられちゃったらどれが毒のカップか分からなくなって大変だからさ」
無邪気な様子のコナンの言葉に、目暮たちは確かにと頷いた。それと新たに沸くのは、犯人はいつどうやって毒を塗ってその容器をどこにやったのか、ということ。目暮を仰ぎ見る高木に彼はまたこの病室を徹底的に調べなくてはいけないのかと顎に手を当てる。
「そんなことすることないよ」
そこにまた響くコナンの声。だって、一人いるじゃない。堂々とカップに毒が塗れてそのカップから一度も離れなかった人。そう続けていた彼は、突然安室を見上げて不敵に笑った。
「だよね?ゼロの兄ちゃん」
その言葉に無表情に彼を見下ろす安室。そんな彼に小五郎が分かってんのか?と訊ねてくる。それにええまぁと答えた彼はコナンのヒントで何となく分かった、とはぐらかしていた。
――コナンくんも大概な嘘つきだけど、安室さんも相当嘘つきだなぁ。
この病室に入る前から分かっていた様子だったのに、とは安室のことを見上げた。
「その人物は事前に毒を塗ることもその毒の容器を捨てることも出来、犯行当時この病室から一歩も外に出ることなく、毒を塗った自分のカップを被害者のカップとすり替えるのチャンスを虎視眈々と狙っていた人物。それは、あなたしかいませんよね?」
――高坂樹理さん。
微笑した安室に告げられた名に本人は小さく息を飲んだ。


 彼が告げた名に、ちょっと待ってと八方が安室に抗議する。最初から毒を塗っていたのに、彼女はずっとそのカップでハーブティーを飲んでいたじゃないか、と。
それに余裕な態度を崩さず、忘れたんですか?と訊ねる彼。毒が付いていたのはカップを左手で持った時の飲み口であって、右手で持てば何も問題はないのだと彼は再度説明する。
「じゃあ、毒はいつから?」
そう訊ねてきた高木に入院する前から持ち込んでいたでしょうと話す彼に、は高坂の反応を窺った。被害者が見舞いに来る日に自分のカップに毒を塗りその容器は部屋の外のどこかに捨てたのだ。そう言った彼に、彼女の瞳は大きく揺れ呼吸も浅くなる。
安室の推理が間違っていたら彼女はここまで反応することは無い筈。つまり、安室が言う通り犯人は彼女なのだ。だけど、それは友人の別府たちが許さないようで。
樹理のハーブティーは青色で伶菜のハーブティーは赤色だったことを忘れている。そう必死に彼女を庇う様子の彼女に、は先程彼女たち2人が疑われた時は高坂は何も言わなかったのに、彼女たちは高坂を庇っていることに気が付いた。普通犯人が自分から疑いの対象を外されているのに態々その人物を庇ったりするだろうか。
そういう観点から見ても、高坂は犯人なのだろう。
「レモンが浮いていたからって取り違える筈がないじゃない!」
「そう、そのレモンこそがこのトリックの肝だったんですよ」
悲痛気に叫んだ別府に頷く安室。その彼に皆が首を傾げる。彼が、実は…と話し始めた所で「わぁ〜、本当に青だぁ。このバタフライピーって不思議なお茶だね」とコナンの明るい声が遮った。どうやら彼は勝手に高坂のティーバッグを使ってバタフライピーを淹れていたらしい。
青色になっていくお湯にも吸い寄せられる。海とはまた違った色だが、海を彷彿とさせる色。勝手にお茶を淹れたことで怒って今にも彼に拳骨を落そうとした小五郎に、は眉を顰めた。あれ、痛いんだよね。
「あれれ〜?おっかしいぞー!!」
このお茶青いお茶だったのにレモンを入れたら赤くなってるよ!コナンの驚いた様子の言葉に小五郎は拳骨を握っていた手から力を抜いてカップの中を眺める。本当だ、今まで青色だったのに、赤色に変色してきている。あっという間に変わってしまったその色に、そういうことかとは閃いた。この不思議な特性を生かして、高坂は毒を須東に飲ませたのだ。
「レモンの酸性に反応して変色したんですよ。これと同じ反応をするハーブティーは他にもあって…」
「あ、それってブルーマロウですか?確か、レモンを入れると水色からピンク色に変わる…」
マメ知識を披露し始めた安室と蘭には首を傾げた。さっきからよく分からない言葉が彼の口から出てきている。どうにもこういう科学だとか医療系の言葉は苦手だ。医療はまだ分かるものの、科学的なことはの世界ではあまり解明されていないから。
「当然酸性で赤く変わるなら、高坂さんがカップを磨くのに使っていたというこのアルカリ性である重曹を加えたら…」
茶器が収まっている食器棚からある袋を取り出し、それに入っている白い粉をレモンを取り除いた紅茶の中に入れた彼。再び青に戻るということです。その言葉と共に赤から青に変わる紅茶を見て、はへぇと驚いた。赤にも青にも変えられるのか。
――つまり、高坂さんが行なった犯行の流れはこうです。
まず、須東たちが見舞いに来ると知ったあなたは、須東だけを早めに呼んで彼女にお茶会をやるからと言ってお湯を取りに行かせ、その間に入院時に持ち込んでおいた毒を自分のカップの反対側の飲み口に塗り、毒の容器は病室の外のどこかに捨てた。
まるで見ていたように続ける彼の推理に、は黙って耳を傾ける。ただ、高坂の反応を窺っていれば、彼女は最初は追い詰められたような顔をしていたが、途中からその様子を失くしたような表情になった。
「何か間違っていますか?」
そう推理を終えた彼に、彼女は何も言い返さない。だけど、別府が彼女の代わりに安室に噛みつく。だが、またしてもそこにあれれ〜?と純粋な子どもの声がする。一体今日で何回目だろう。そう思いながらコナンが指摘した彼女の指が赤くなっている事実に意識を向けた。それに、はっとしたように目を見開く高坂。
「犯人には現場から消し去らねばならなかったものがもう一つあったんです」
それは、須東さんが最初に飲んでいたカップに付いていた口紅だ。何故なら、入院患者である高坂のカップに口紅が付いていたらおかしいから。それを咄嗟に指で拭って消したから、指に赤い色が残っている。
彼の言葉に、はまさかそこまで分かっていたなんて、と驚いた。本当に安室は推理力がある。
重曹のことも暴いた彼だったが、それでもまだ別府と八方は信じられない様子で、彼女が須東を恨む理由は無いと言い募る。だが、それは他でもない本人によって否定された。
「息子だけじゃないんです…須東さんのインフルエンザが移ったのは…」
そう話し出した彼女は、もうこの推理に自分が犯人でない振りをするのは諦めたのだろう。
あの時、高坂は妊娠していたらしい。それなのに自分もインフルエンザにかかってしまい、医師から母体がインフルエンザにかかると胎児に悪影響があると言われた彼女はノイローゼになって、結局流産してしまった。その話に、は眉を寄せた。最初は運が無かったと思っていた彼女だったけど、思いにも寄らぬ真実は須東の息子から聞かされたと言う。彼女は、息子がインフルエンザだと分かっていてもそれで周りのライバルに病気を移して少しでもライバルを減らせることが出来るなら万々歳だと息子を送り出したのだ。
――産まれてくる筈だった子どもの命を奪われて、彼女はこんなことをしたのか。こういう苦しみは母親になった者にしか分からないだろうなぁ、とは小さく溜息を吐いた。


 夕日が輝く中、病院から出て行く。
「正直、呪われてるんじゃないですかねぇ、この病院」
小五郎の言葉に反応して呟いた高木に、え?とたちは首を傾げた。彼曰く、この病院では過去に色々あったらしい。色々って何ですか?という安室の問いかけに対して、彼は水無怜奈が入院しているという噂が立ったり、怪我人が押し寄せてパニックになったり爆弾騒ぎもあったらしいのだと話す。
うわぁ、それは確かに大変かもしれない。には水無怜奈が誰なのか分からなかったが、それなりに有名な人なのだろう。
コナンはそんな彼を見上げてもう帰らなきゃいけないんじゃないの?と勧めていた。どうやら彼にはこんな所で油を売っている余裕はないようだ。慌てたように時計を確認した彼に、は苦笑する。
「じゃあ、楠田陸道っていう男のことなんか知りませんよね?」
「楠田陸道?ああ、そう言えばさっき言った爆弾騒ぎの数日前に、この近くで破損車両が見つかって、確かその車の持ち主が楠田陸道って男でしたよ」
にこにこと笑って高木に訊ねた安室だったが、高木が考える素振りをしてああと思いだし話してくれた内容に微かにえっと驚いた声を上げる。
この病院の患者さんだったそうだが、急に姿を眩ました彼。謎の多い事件で、その破損車両の中に大量の血液が飛び散っていて、1ミリにも満たない血痕もあったのだと言う彼に、安室の目付きは鋭くなる。もしかして、その楠田って男は死んでしまったのではないだろうか。安室と彼がどういった関係なのか分からないが、ここまで彼が何かを考え込んでいるということは大事なことなのだろう。
では、お先に失礼しますと言って帰って行った高木によって、はこの場の何かをごちゃごちゃと掻き混ぜられていったような気がした。


40:いつだっておまえのそばにあるのに
2015/07/16
タイトル:ジャベリン

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