いつもは学校から帰ってくる分身を迎えに行ったりしないだったが、丁度小学校付近の商店街を歩いていた為、分身と合流することにした。誰もいない場所で彼女を消せば、楽ちんだし。
ぶらぶら、と商店街の中を歩いて本屋を見たりしている中で、分身がコナンたちと別れてこちらに向かってきているのが分かった。何か美味しい物でも買おうか。と考えていただったが、思いの外分身が来るのが早くては振り返った。
「勉強疲れた〜」
「お疲れ様」
本体と分身は思考を共有できるため特に会話を必要としないが、姉妹が揃ったというのに何も会話がないというのは周囲からしてみたらおかしい為、は疲れた様子の分身を見下ろして笑った。
さて、帰るか。と彼女の手を引いて家路へと着く。どこで分身を消そうかなぁ、と思いながら道を歩いていると丁度良さそうな袋小路を見つけた。人もいないし、見られることはなさそうだ。
ふらりとその道に入り、分身を消す。ランドセルが残ったが、それを手に持って歩いたとしても特に疲れない為、さて帰ろうとした所袋小路に思わぬ声が聞こえた。
お姉さん、今の説明してくれない?」
びくり、と肩を揺らして振り返ればそこには不敵な笑みを浮かべたコナンがいた。まさか、彼がこんな所にいるとは思っても見なかったは大変慌てた。何で、さっき分身と別れて別方向に歩いて行ったではないか。
「い、今のは――マジックだよ」
「ふうん……それ、蘭姉ちゃんに話してた、海賊ってのと関係あるの?」
あはは、と内心冷や汗だらだらだったが何とか誤魔化そうとして言えば、コナンが知っている筈のないことを口にしては目を見開いた。それは蘭にしか話していないのに、何で彼が知っているのか。もしかして、彼女が何の気なしにコナンに話してしまったのだろうか。嘘でしょ。
だが、そんなの考えを否定するように彼が首を振る。
「誤解しないで、蘭姉ちゃんは何も話してないよ。あの時、盗聴してたんだ」
「え、何で…」
彼の言葉によって、蘭が約束を破ったわけではないと分かったが、それでも疑問は残る。何故、彼はそんなことをしたのだろうか。意味が分からない。彼は、ただの小学一年生の筈なのに、盗聴などということを平気で行って、今も分身の後を付けていた。
このままでは、彼に全て秘密が露呈しそうだと思ったは、顔を引きつらせる。どうにか逃げないと。
「一緒に来てくれるよね?」
そう言って笑う彼に、は安室に電話をしようとポケットからスマートフォンを取り出した。だが、どういう仕組か分からないが、彼がベルトからサッカーボールを取り出し思い切りそれを蹴ったことで、の手からスマートフォンは地面へと転がる。かしゃん、と無機質な音を立てて地面へと落下したそれに、はどきどきと徐々に心拍数が上がっていくのを感じた。何で、コナンくんがこんなことをするの。
固まるに、彼が近付いてきて地面に転がったスマートフォンを手に取り電源を落とした。
――もう良い。スマートフォンは置いて逃げよう。
何でコナンがこんなに警戒した顔でを見ているのか分からないし、彼がいきなり襲いかかってきたのかも不明だった。だが、ここにいてはいけないのは確か。ただの小学一年生ではない雰囲気に、はここから立ち去ることを決める。
「ごめんね」
「逃げようなどとは思わない方が良いですよ」
コナンについて行くことは出来ない。そういう意味を込めて謝って袋小路の入口を突破しようと、走り出せば、そこに新たに響く、聞いたことがある声。そして塞がれる袋小路の入口。
現れたのは、沖矢だった。あの時、に肉じゃがを与えてくれた彼とは違って、今の彼は少しばかり冷たい雰囲気では困惑した。訳の分からない状況に身体が固まっていた所を、彼がの腕を掴む。
触れられて気付くなんて遅すぎだ。だが、もう逃げられなくなってしまった。なんでこんなことになったんだろう。
「では行きましょうか」
「……分かりました…」
はぁ、とは溜息を履いて腕を引く彼に従って歩き出した。


 阿笠邸に連れてこられたは、依然として沖矢に腕を掴まれたままソファに座って出されたケーキを睨んだ。こんな物で釣られると思っているのか。馬鹿にしすぎ。
前方に座るコナン、そしてその後ろに立って見守る阿笠にはむっとした表情を向けた。一体、どういうことか説明してほしい。
「洗いざらい話してもらおうか」
「何も話すことなんて無いけど…」
お姉さん”に話しかけるいつものコナンとは違う口調に、はつんとして答えた。だって、安室と約束したから。この世界では自分の正体を周りに知られないようにしないと、後々の首を絞めることになる。
だが、それに隣に座っていた沖矢がふっと笑う。
「おや、おかしいですね。今僕は君の腕を折るつもりで握りしめているのですが、顔を歪めもしないし骨が軋みもしない」
「それに、ボクがこの前さんに麻酔針を撃とうとした時も弾き返された」
「そう、まるで何かに守られているかのような…。面白い身体ですよね。研究者たちが喜びそうだ」
彼の言葉にはっとして自分の腕に目を向ければ、確かに彼は相当な力を込めての腕を握りしめているようだった。その上、コナンからの言葉にはぎくりと肩を震わせる。
――嘘、いつの間に。
まさか、六助のトリックを話す前に何かを弾き返すような音がしたのは、彼が原因だったのか。麻酔針を撃って何をするつもりだったのかは分からないが、それで不審に思った彼は今回こうやってを問い詰めることにしたのだろう。
沖矢とコナンの何も逃がさないという視線に、はカラカラに口が乾いていくのを感じた。だが、何か言わなければ。このままでは自分の正体が彼らに知られてしまう
「――人より身体が丈夫なだけですよ」
「ほう、じゃあ少し試してみましょうか」
「!!」
咄嗟に出た言葉に、すかさず反応した沖矢はケーキを食べる為に置いてあったフォークを掴んでの手の甲に突き刺した。だが、それは鋭い音を発すると共に弾き返される。それにこの場にいる全員が目を見張った。
まさか、こんな風にのことを傷付けようとする人だと思っていなかった彼女は、とうとう知られてしまった自分の能力にばくばくと心臓を五月蠅くさせる。どうしよう、いったい何をすれば正解なのか。
「これでもまだ、身体が丈夫だと?」
の腕を掴んで放さない彼が恐ろしくて、何も言えずにじっと自分の膝を睨む。握りしめた手は小刻みに震えていた。何も言わない姿勢のに、彼ははぁ…と溜息を吐いた。
「どうしても教えてくれないと言うのなら、致し方が無いのですが…」
「え、」
ぐっと肩を押されてソファに押し倒されたことに目を見開く。彼がの上に馬乗りになって、抵抗できないようにと頭上でまとめられた自分の両手に、は慌てた。恐怖から先程以上に心臓が激しく胸を叩いている。すっと、の服に手をかける彼。我に返って彼の腕から逃れようと身体を捩るけれど、彼の力は強くて逃れることができない。その上彼の無表情からは何も読み取れないけれど、普段の彼からは想像できない程の獰猛性が溢れ出した。まるでは猛獣に睨まれた獲物だ。ナツのベルトをカチャカチャと外そうとしている彼に、ナツはぞっとする。もう、駄目だった。
「わ、分かりました!言いますから、退いてください!!!」
彼はきっと、から真実を訊くまでは止まらないのだろう。そう思ったはこれ以上はもう無理だと諦めた。叫ぶと同時に手を止めて自分の上から退く彼。
「ええ、勿論。子供がいる前で君をどうこうするつもりなんてありませんよ」
ふっと笑う彼に、は唖然とした。最初から、彼はを怯えさせて口を割らせるつもりだったのだ。騙された。ぐっと、拳を握りしめる。あまりにも、自分が単純すぎて悔しかった。

 だが、が話すと言ったことで、容赦なく尋問は始まるようだった。コナンが鋭い視線を寄こしてくる。
「さっきちゃんが消えたのはどういうこと?」
「分身として出したり消したり出来るの」
はもう諦めて彼の問に素直に答えることにした。どう頑張っても自分より遥かに頭の出来が良い彼ら2人を相手にして言葉だけで逃げられる訳がないから。ぽん、と分身を出して消す動作をすれば、彼らはまた目を見開いた。
「その分身を俺たちに近付けた理由は?」
「安室さんが毛利先生のファンだから色々知りたいって」
「はぁ!?…いや、まあ良い。それは後で聞く」
「?」
コナンの一人称がボクから俺に変わっていることに指摘できるわけもなく、はこの世界に来た当初、安室からお願いされたことを告白した。しかし、それに素っ頓狂な声を上げる彼。としては真実を言ったのに、そう驚かれると意味が分からない。だが、それは後で良いと言われては怪訝に思いながらも頷いた。
ふう、と一度大きな息を吐き出した彼が不安に揺れるの瞳をじっと見据える。
さんは何者なんだ。嘘偽りなく答えて」
「わ、私は…別の世界の海賊で――」
「ふざけてるのか?」
「違う!」
嘘偽りなく。そう言われてしまえば、は異世界のことを言うしかなかった。でなければ、自分の能力の説明が出来ないから。しかし、彼はそれに憤って机を乱暴に叩いた。やっぱり本当のことを言っても信じてもらえないではないか。信じていない様子の彼に、はどうすれば良いんだと不満が溜まっていく。
「俺が聞きたいのはそんなことじゃない。さんは黒の組織の人間なんだろ」
「黒の組織?」
「恍けるな。安室さんが組織の人間であるのに、同居しているさんが組織の人間でない訳がないだろ」
しかし、彼がそもそも求めていた答えと違うから彼は怒ったらしい。それならそうと最初から言ってほしい。しかし、黒の組織。そんな言葉は初めて聞く。首を傾げれば彼が目付きを鋭くさせてのことを睨んだ。そんな彼の言葉に、いったいどういうことなのかと頭が混乱し始める。
――安室さんが黒の組織の人間?
「その能力でバーボンを助けていたのか?」
「ちょっと待って、何を言ってるか分からないんだけど」
畳み掛けてくるコナンに、沖矢に握られていない方の腕で、待ってと制止する。には全く分からないことだらけだった。その組織は何をする所なの?安室さんは、そこで何をしているの?大体、何で安室さんのことをバーボンって呼ぶの?いくつもの質問を彼に投げかければ、彼は不敵にふんと笑って、教えてやるよと呟いた。
「黒の組織は暗殺・裏での金銭やプログラムソフトの取引・危険な薬の開発をしている。バーボンは奴のコードネーム。奴は組織の人間としてある人物を殺す為にこの町にやって来たんだよ」
知らない筈がないだろ?さん。そう言い切った彼に、は動揺した。黒の組織が犯罪組織だということ、そして安室はそこで何か悪いことをしているということに。だけど、だけど。
「え……?知ら、ない…知らない。安室さんがそんなことするわけないじゃん!!」
「はぁ!?じゃあお前は今まで何も知らずにあいつの傍で俺たちの情報を渡してたってことかよ!?」
信じられない。あんなにのことを大切にしてくれる彼が、いつも愛情籠った料理を作ってくれる彼が、そんなことをする筈がない。思わず言葉を荒げてコナンを睨めば、彼も同じように語尾を荒げて机越しにのことを睨む。
そんな彼の言葉には頷く。確かにはコナンから聞いた小五郎の話を安室に伝えていた。だけど、安室がそんなことしたという証拠があるのか。熱くなって彼に詰め寄ろうとソファから立ち上がれば、落ち着けとばかりに隣にいた沖矢に腕を引っ張られて、は再びソファへと沈む。
「あるよ。あいつは、死んだはずの人間に変装して周囲に現れて視察したり、ベルツリー急行である女性を殺す為に貨物車を爆発させた。一度だって、不審だと思ったことがなかったのかよ?」
一端熱くなったのを冷ますかのように、ソファに腰を下ろしたコナン。その言葉に、夏なのに黒くて暑そうな服を着た彼やベルツリー急行に乗った後辺りからに何かを教えてくれない彼のことを思い出した。
それには、も疑問を持っていた。だけど、彼の大切な仕事だから教えてくれないのだろうと思い込んで、彼に一度訊ねたきりその話はしなかった。
――嘘だ、安室さんが……。
急に黙りこくったのおかげで、この場に沈黙が訪れた。その沈黙を肯定と取ったのだろう、コナンははぁと小さな溜息を吐いた。
「で、さんは結局誰の味方なんだよ」
「私は、安室さんもコナンくんたちも、皆の味方だよ……」
「……一先ず、そういうことにしておくよ」
先程の怒気を収めてに訊ねてきた彼の瞳を見返して、はずっと変わらぬ思いを告げた。安室もコナンたちもにとっては大切な人たちだ。だから、誰かの敵であるなんて一度も思ったことはないし、これからも彼らの傍にいたいと思っている。
だけど、そういうことか。漸くここ最近のことを変に意識していたコナンたちの理由が分かった。彼らは安室が黒の組織の人間であるという証拠を掴んだから、その彼と同居しているのことも疑っていたのだ。
――いったい、どうしてこんなことに巻き込まれてしまったのか。
ぐったりと力なくソファに凭れるを見下ろして沖矢が立ちあがった。
「もう、遅いですから送って行きましょう」
「良いです」
「送って行きますよ」
彼の言葉に窓から外を見れば、確かに日は落ちている。大分長い間この家で話していたらしい。きっと、安室は連絡がつかないのことを心配しているだろう。早く帰らねば、とこの件で苦手意識を持ってしまった沖矢からの誘いに断るがそれでも引かない彼に、は渋々頷いた。きっと彼はがうんと頷くまで帰す気はないのだろうと。今まで静観していた阿笠から返されたスマートフォンをポケットに入れて、は阿笠邸を出て沖矢の車の助手席に乗った。


35:愛することは信じること
2015/07/13
殺す、というのは言葉の綾。哀ちゃんは探偵団と遊んでたのでいません。

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