今日は一端帰ることになり、は蘭とコナンと別れて家に帰ってきた。昨日の夕方に家を出ていった時とは違った気持ちで帰ってくることが出来て、はほっとした。きっと、安室の顔を見ても泣きたくなったりはしないだろう。
「ただいま」
「おかえり」
がちゃり、と扉を開けて鍵を閉めてリビングに入る。ちょうどリビングでコーヒーを飲んでいた彼がこちらに顔を向けて微笑した。良かった、涙は出ない。蘭ちゃんのおかげだ。
買い物袋を自室に置いて手を洗い、ラフな格好に着替えてリビングへと戻る。夕方だった為夕食を作り始めた彼の後ろ姿を眺めながら、はテーブルの上を片付けていく。
「元気になったみたいで良かったよ」
「えっ」
ふと、包丁から手を放した彼がこちらを振り向いたことに吃驚した。何だか、家を出る前いつもと違ったから。そう続ける彼に、どきりと心臓が跳ねる。やっぱり、気付かれていたんだ。自分のことをよく見ていてくれている彼に嬉しく思うと同時に、少し焦る。
「蘭ちゃんと話したらすっきりしたので大丈夫ですよ」
「そっか。僕が一番のことを分かってると思ってたけど、違ったんだね」
野菜を切りながら、苦笑した彼の言葉にどことなく棘を感じた気がしては目を瞬かせた。何だか、まるで彼が嫉妬してくれているみたいで。いや、でも期待するのは良くないか。彼とちゃんと接することができるようになったと言っても、には頭にこびりついているあの声と言葉の正体が分からないのだから。
「女の子同士でしか話せないことだってあるんですよ」
「それもそうだ」
だから、安室が自分のことを一番に理解しているのには肯定する。だってそうだ、この先どれだけ他の人と関わったとしても、の秘密も境遇も全て知っているのは彼しかいない。蘭には少し話してしまったけれど。
大体、女子だけでしたい会話だってあることぐらい、安室にだって分かるだろう。特に、恋愛関係なんて安室に相談できるわけがない。
「でも、良かった。何故か…がこのまま帰ってこないような気がしたんだ」
「――私が帰ってこられる家は、ここしかないですよ」
料理をこと、とテーブルに置いた彼の瞳がじっとを見つめて、眦を優しくしたことでの胸はどきんと高鳴った。何で彼はそんなことを思ったんだろう。私が元気ないまま家を出て行ったから?考えても分かるわけはないけれど、はこの家以外に帰れる場所なんて無い。彼がこの家はが帰ってくる場所だと教えてくれたのだから。
「安室さんが私の家はここだって言ってくれたくれたから、私は何があってもここに帰ってきます」
「そうだよね。さ、冷めないうちに食べよう」
若干照れくささもあるけれど、きちんとそのことを彼に伝えれば彼はにっこりと笑ってくれた。
安室さんは、私がいなくなるかもしれないって不安に思うのかな。そんなこと、絶対にないのに。むしろ、安室さんの方がどっかに行っちゃいそうなのに。彼の不安を表す言葉に胸が苦しくなった。


 翌朝、テレビを付けてみれば昨日の六助の事件がニュースで報道されていて彼は一躍時の人となっていた。まだ真犯人が見つかっていないので、としてはふうんと言う感じだったのだが、突然鳴ったスマートフォンに出てみると、コナンの番号からだった。え、何だろう。そう思って出てみるとそれは何故か目暮で、首を傾げる。
『あー、くんかね?目暮だが』
「あ、え?目暮警部?何でコナンくんの携帯から…?」
『君の番号を知らないからコナンくんに借りたんだ』
突然の目暮からの電話に驚いていれば、コナンが彼に携帯を貸したと言う。ああ、そういえば以前彼に電話番号を教えたことがあった。それで、何故彼がに電話をかけてきたのだろうか。そう思ったことを察したのだろう彼が、今から須田のアトリエに来てくれという言葉にええ?と驚く。
「毛利先生の方が良いと思うんですけど…」
『彼は昨日いなかったからな。君の方が状況を把握しているだろう』
とにかく、頼むよ。そう言って電話を切ってしまった彼には茫然とした。何でたかが探偵助手の自分が身近にいる名探偵を置いて活躍しなくてはならないのか。だが、目暮の言葉に逆らえるわけでもなく、は呼ばれた場所へと行くことにした。
今さっき買い物に行ってしまった安室にメールで少し出かけてくることを伝えて、は家を出る。彼がいれば、きっとその須田の家まで送ってくれるというか探偵として活躍してくれただろうが、今彼はいない。仕方なしに電車で目的地まで行くことにした。

 電車に乗るのはまだ慣れていない為、路線などわけが分からず駅員に何度も訊ねたことで、漸く須田のアトリエに最寄りの駅に着き、は彼女の家まで歩いて行った。
「あれ?コナンくん、目暮警部は?」
お姉さんが遅すぎて他の現場に行ったよ」
「ご、ごめん…電車で迷って…」
なるべく急いで来たにも関わらず、目暮はこの場にはおらずいたのはコナンだけであった。じろりとした彼の視線に、はは…と苦笑すればそんなことはもう良いから早く聞き取りしないと、と彼がの背を押す。
ピンポーン、とチャイムを鳴らしアトリエの中に入れてもらったは、コナンが彼女に訊ねるのを眺めていた。
「じゃあ須田さんって時間にはあまり頓着していないんだね?」
「全く無頓着。一端このアトリエに籠ったら眠くなるまで絵を描くの」
携帯もテレビもラジオも持っていない彼女が時間を知ることが出来るのは玄関にある掛け時計だけ。彼女とコナンの会話で分かったことに、この世界のあり方に慣れてきたはこんな人もいるのだなぁと少し吃驚した。でもそれと同時に羨ましくも感じる。この世界に来るまでは彼女もよく絵を描いていたから。
「あの、昨日のことなんですけど…」
「だからそれ、昨日刑事さんたちに言った通りよ」
目暮に事前に訊いておいてくれと言われていた内容を彼女に訊けば、彼女は一昨日の夜六助から明日の9時に伺いますという電話を貰い、その通りに訪ねてきたと言う。
「その時、あの時計で確かめたんですか?」
「そうよ、約束通りに9時に来たの」
彼女の答えにですよねぇと頷く。昨日高木たちが彼女に訊いた通りの答えだったからだ。それで六助には殺害は無理だと分かったのだし。これで帰れるね、とコナンを見れば彼は「待って」とに声をかけた。
「昨日刑事さんが訪ねてきた時、須田さんは寝てたみたいだけど昼寝はいつもするの?」
「昨日は特別よ」
コナンの問いかけに、ドドンパから貰ったお土産のケーキを食べて談笑していたらそのうちに眠くなってしまったのだと彼女は答える。まあ、たまにそういうことはあるだろうと思うが、何だかそれっておかしいんじゃないかな。この前、睡眠薬を混ぜられたジュースを飲んで寝てしまったのようだ。
「あ、最後に、夜寝る時、このアトリエって戸締りしてるの?」
「全然。盗られる物なんて何もないから」
 須田との会話が終り、とコナンは帰路に着いていた。
「コナンくん、毛利先生呼ぼうよ」
「大丈夫だよ。これくらいの事件ならお姉さんでも解けるって」
もうこの事件と関わるのが嫌になってきたは帰りたいなぁと心中溢すが、を見上げるコナンのきらきらした目に見つめられると断りにくい。そこに、ポケットティッシュを配っている男と遭遇した。それを受け取ってみれば、どうやらパチンコ店の宣伝だったらしい。はそんな物には興味はなく、コナンの手を引いてこの場を去ろうとしたが、彼がくいとその手を引いたことによって立ち止まる。
「ねえお兄さん、いつもここでポケットティッシュ配ってるの?」
「え、ああそうだよ」
パチンコ店の店員に物を訊ね始めた彼に、は首を傾げた。このティッシュが先程の事件と何か関わりがあるのだろうか。不思議に思ったを放って進められる会話に、はとりあえずコナンの気が済むまでこの人には犠牲になってもらおうと思った。


 だけど、どうしてこんなことになっているのだろう。天藤の事務所で集まってきた目暮や六助たちはが事件を解決したと思っているらしい。は一言もそんなことを言った覚えはなく、何でと驚くがコナンが「お姉さんさっき分かったって言ってたじゃない」と言う。それに一瞬言ったっけ?と考えるがやはりそんなことは言っていない。
――ピシッ。
「ん?」
「えっ」
何かが弾き返される音が聞こえて、はきょろりと周囲を見渡すけれど特に何もない。ちら、と視線をコナンに向ければ何故か茫然と口を開いている彼。どうしたんだろう。
「とにかく、早く推理をしてくれないかね?毛利くんの弟子の助手であるくん?」
「えええ、そ、そんな」
しかし、目暮の言葉によって彼からは意識が外れた。なんで身に覚えのないことで目暮に責められないといけないんだ。しかも彼らの時間を拘束しているせいか、かなり嫌味たらしい言葉で。あわあわしているに、コナンが「これ!小五郎のおじさんと繋がってるから!」とコナンがこっそりと携帯を渡してくれた。ええ、何ですごい。どうしてこの事件に関わっていない毛利先生が事件の真相を知ってるんだろう。というか、にこんな華を持たせるようなことをしないで彼が話せば良いのに!
とりあえず、この携帯を使わない手は無いと変な強迫観念に憑りつかれたは探偵ぶって椅子に座った。刑事たちにバレないように横向きで彼らに視線を寄こす形にして、彼らから見えない反対側の耳にイヤホンを付けて小五郎の指示を聞くことにする。この腕と脚を組んでいる恰好に生意気な、と思われそうだがこれは眠りの小五郎をイメージしている為、今回だけは許してほしい。とにかく説得力がありそうな風にしたかった。
「警視庁に来た電話から犯人が女性だとは分かっているんだが…」
「それは、真犯人による工作です。元々、天藤さんが誰かを強請っているという話自体が出まかせだったんです」
耳元で聞こえる小五郎の声に大変感謝しながら、は推理をしている振りをする。内心冷や汗たらたらだったが、ちらりと警部たちを見やれば真剣な様子で聞いてくれている。どうやらばれていないらしい。
「天藤さんを殺害したのはドドンパさん、あなたですから」
小五郎の言葉に自身驚きながらも言い切れば、六助はやはり驚いていた。これ、この人が犯人じゃなかった場合私どうなるんだろう。そう思ったが、小五郎が真相を話すのではその通りに口を動かした。
「強かな人ですね」
アリバイを証明し周りの刑事たちにも頷かれている彼に、は内心冷や汗をかきながら横目で彼を睨む。
――昨日の朝、あなたはこっそり米花町にやって来ました。そして人気のない工事現場から鉄パイプを盗み、クラブケースにでも入れて非常階段を上がり9時頃この事務所に来ました。
は自分が話しながらも、イヤホンから聞こえる小五郎の声に心の中で頷く。なるほど。
そして、彼は犯行後凶器をマンションの裏手に隠し、曙町へと急いで戻り須田のアトリエを訪ねた。そこで重要なのは、午前10時だということ。
「でも須田さんは9時って言っていましたよ!」
「その時計が一時間遅れていたんです」
彼が10時に訪れたということを否定する高木には首を振る。それは、一端遅らせてあった時計を正しい時間に戻したのだ。恐らく、一昨日の夜に須田のアトリエに忍び込み時間を遅らせ、次の日に訪ねてきたのは9時だと思い込ませた。そしてケーキに睡眠薬でも仕込んでおいたんだろう。その後、一旦遅らせた時計を元に戻したのだ。
「(へ、へぇ〜……)」
小五郎の推理にはふむふむと頷きそうになるのを堪えた。今は、推理中の探偵を演じきらないと。
「はははっ、漫談のネタにさせてもらいますよ。探偵の助手さん」
突然けらけら笑い出した六助には動揺したが、それが表情に出ることは何とか抑えた。何だこの人、全然追い詰められた感じがしない。だが、小五郎の言葉によっては冷静さを取り戻した。
「昨日の朝、あなたは須田さんのアトリエ近くで人と揉め事を起こしましたね」
10時少し前のこと、そう。あのティッシュ配りの男が彼が六助だと見破ったのに対して彼は人違いだと彼を押しのけてその際に画集を落した。画集を須田に返しに行くと言っていた彼のことだ、同一人物で間違いないだろう。この話はコナンと一緒に聞いていたからも知っている。
「画集を持っている人なんて沢山――」
「画集に残っている指紋を調べればすぐに分かりますよ」
の言葉にすぐさま彼は借りていたんだから当たり前じゃないですか、と笑うがは違うと首を振った。画集に付いていたのは六助の指紋ではなく、ティッシュ配りの彼の指紋だと。それに漸く彼は表情を一変させた。おっ、これは順調に事件が解決しそうな予感。
それからは、が話さなくても千葉や高木たちが彼の不審な所を上げて進んでいく。一端自分を犯人だと思わせたのは何故だったのか。そう訊ねる目暮には緩んでいた気を引き締めた。
「一石二鳥を狙ったんです。あの時点でマスコミに匿名でドドンパさんが自主したと流せるのは、あなたしかいないんですよ」
そう、自首しに行く途中にね。の言葉におおっと声を上げた刑事たちを見て、何だかは自分が本当に探偵にでもなったような気分になってきた。すごいなぁ、毛利先生は。いつもこんな風に事件を解決しているのか。
――そして彼は集まってきた報道陣に切々と語ったのだ。何て良い人なんだと世間に思わせ注目を浴びる為あえて自首するという意表を突いたトリックを使った。
肩を震わせ俯く彼に、はとうとうこの事件も解決するのかと思った。
「ピンポーン!当ったり〜」
しかし、彼が挙げた明るい声に目を見開く。笑顔で天藤への恨みつらみを話し始めた彼に、はぽかんと口を開く。どうして彼がこんなに得意げに人を殺したことを話すのか、には到底理解出来なかった。
「ふざけるな!!」
しかし、目暮の怒鳴り声に彼は驚き尻餅をついた。人の命を何だと思っているんだ!そう叫ぶ彼には本当にその通りだと思った。彼らが六助を睨んでいる中、もう必要ないだろうとイヤホンを耳からそっと外してポケットにしまう。芸人として儲かりたいからという理由で殺された天藤の気持ちは一体どのようなものだったのだろうか。


 その後、六助はパトカーに乗せられていなくなり、も精神的にかなり疲れた為もう家に帰ろうとした所だった。
「いやあ、それにしてもまさかちゃんがこんなに推理出来るなんて思ってもみなかったよ」
「ああ、流石は探偵の従妹だな。意外にしっかりしていたらしい」
高木と目暮に呼び止められ、素晴らしい推理だったと褒められたははは…と乾いた笑い声を上げた。は今回何もしていないし、電話で小五郎がに事件の真相を語っていただけだ。しかし、誤解されていると分かっていながらも、いつの間にかが事件を解決したのだと思っている全員を前にして、それを否定することはできなかった。
ごめんなさい、毛利先生。は華を持たせてくれた小五郎に心の中で謝った。


34:私の心を見つめるその瞳よ
2015/07/11
色々捏造。

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