蘭とがお風呂や寝る前の仕度をしている間に、コナンは若干後ろめたい気持ちになりながらも蘭の部屋に入り、何か所かに盗聴器を仕掛けた。何しろ、今日突然バーボンの同居人のがやって来たのだ。いったい、何の思惑があって蘭に泊まりたいと言ったのかは分からないけれど、彼女の部屋でと彼女を2人きりにするのは不安だったから。
「コナンくんおやすみ」
「おやすみなさーい」
蘭の部屋にが入る際に彼女は丁度通りかかったコナンに手を振った。その笑みからは、嫌な気配は感じられない。だけど、それが本当の姿とは限らない。何と言ったって、彼女の同居人のバーボンは恐ろしい程の演技に長けた男だから。コナンは彼女に微笑み返しながらも、自分の部屋に戻った。今から彼女たちの会話を盗聴するのだ。
だが、会話の内容は至って普通の女性ならしそうな会話だった。いくつかの、問題点を除けば。彼女が安室に恋をしているのは知っていたけれど、涙で籠った声で蘭に相談する彼女に本当に好きなんだということが分かった。それは、まだ良い。だが、その後に分かったことの方が遥かに重要だ。
――彼女が海賊の娘であり、尚且つ安室とには全く血縁関係などないということ。海賊、というのは何だかまるで映画のようで信じられないしもしかしたら嘘なのかもしれないが、それでも安室の従妹ではないというのは大きな情報だった。
盗聴器が仕掛けられていると分かっていたら、彼女はこんな話をしなかった筈だし、つまり盗聴器には気付いていない彼女の話は真実なのだろう。これが彼女の正体に繋がるヒントになれば良いのだが、とコナンは引き続き彼女たちの会話を聞き続けることにした。


 蘭と大分長い間話して、は心が落ち着いた。誰かに話を聞いてもらえるだけで、こんなに心が穏やかになるとは思いも寄らなかった。思えば、はずっと安室と一緒にいて彼以外とこうやって深く話し合うということがなかったから、当然と言えば当然かもしれないけれど。男性である彼には言い難い内容だってあるし、内容が彼の場合には勿論彼に相談することなんて出来ない。それが、今回蘭が受け止めてくれたことで、大分の精神衛生は改善した。
問題解決にまではいかなかったけれど、がまだ彼に自分の想いを伝える気はないということから、これからも今までと同じように接していけば良いのではないだろうか、という結論にまで辿り着いたのだ。
「おはよう、蘭ちゃん」
「おはようございます、さん」
ふわあと欠伸をして目を開いてみれば、丁度同じように目を覚ました彼女と目が合った。寝ぼけ眼な彼女の様子が思いの外可愛くて、は夜更かしした後の変なテンションのまま彼女に抱き着く。
「蘭ちゃんかわいいー」
「きゃっ、さん!仕返し!」
そうすれば彼女は驚いて小さな悲鳴を上げたけれど、すぐさま悪戯っ子のような目をしての脇腹を擽った。思わぬ反撃にはけらけらと笑う。攻撃は利かないけど擽りは利くなんて初めて知った。
――何だか一晩で蘭ちゃんと仲良くなれた気がする。擽りに悶えるをにこにことした笑みで見てくる彼女に、は嬉しくなった。安室のことで悩んでいても、良いことはあるもんだ。おかげでこんなに蘭と打ち解けたのだから。
朝からきゃっきゃうふふと騒いでいたからか、蘭の部屋の扉を小五郎が叩いて「起きてるならご飯作ってくれ」と言って去って行く。それに2人で顔を合わせて、ご飯の仕度しようかと布団から起き上がった。
――昨日とは違って、眠いけれどとてもすっきりした気分だった。


 ふわぁ、と何故かとても眠そうにしているコナンの前に味噌汁を置く。眠そうだね、と言えばうんと返事をする彼。彼もまた夜更かしでもしたのだろうか。子どもなのに早く寝ないなんて感心しない。
ちゃんと睡眠時間とらないと大きくなれないよと彼に笑いかければ、普段はちゃんと寝ているから大丈夫だと不服そうな目で見られた。
さん、今日休みだしこのまま一緒にショッピング行きませんか?」
「良いの?行く行く!」
「ボクも一緒に行っても良い?」
ご飯を食べている最中、蘭から買い物に誘われて、は二つ返事で頷いた。蘭ちゃんとショッピングかぁ、楽しそう。そう思った所にコナンが会話に混ざってくる。勿論彼が一緒に行くことに嫌なんて思う訳がなくて、は笑顔で了承した。最近刺々しかった彼がやっと以前のような彼になってくれたのかと思って。
「じゃあ俺一人か」
「ごめんね、お父さん。なるべく早く帰ってくるから」
新聞から一度目を離した小五郎が蘭たち三人を半目で見て、ぽつりと呟く。もしかして彼女がいないのが寂しいのだろうか。まさか、こんないい年をした彼が娘が誰かと遊びに行くのに寂しさを覚える訳ないか。勝手に小五郎の様子に自己完結したは、食べ終わった食器を流し台に持っていく。そのついでにポケットに入れておいたスマートフォンで安室にメールを送ることにした。蘭ちゃんとコナンくんと一緒にショッピング行ってきます、と昨日とは違った気持ちで彼に報告をする。
――ピロリン、ピロリン。
すぐに鳴ったスマートフォンの画面を明るくしてメールを確認すれば、気を付けてね。楽しんでおいでと書いてあった。それに、きゅっと心臓を締め付けられながらもははいと返事を送った。


 洋服や雑貨店などを巡って、たちはウィンドウショッピングを楽しんだり時々欲しい物を買ったりした。女子2人はこうやって目的もなしに買い物をするのはとても楽しかったのだが、コナンは段々と疲れた表情になっていき、途中からたちが新しい店に入っていく度に外のベンチで休憩をするということが繰り返されていた。
コナンのことを慮って、2人は買い物袋を持ちながら米花駅前のカフェに入ろうかということになったのだが、そこでコナンが道端に財布が落ちているのを発見したらしい。
「交番に届けないとね」
「そうね、すぐ近くにあるから行こうか」
彼の手にある財布に、と蘭は顔を見合わせた。駅付近に交番があるので、たちはカフェに行くのは後にして先に交番に行くことにする。
すぐに交番を見つけてその中に入り、コナンが財布を拾ったのだと巡査に財布を渡す。と蘭は彼の後ろに立って、その時の状況を説明した。
「届けていただきありがとうございます」
「いえいえ」
じゃあ財布も届けたし、カフェに行こうかと交番を出ようとした所、新たな人物が慌ただしく入ってきて、たちは彼のことを見つめた。どこかで見たことがある…。そう彼の顔をじっと見ていたに、蘭が「あっ、あなたはお笑い芸人の」と声を上げた。どうやらテレビの中でたまに見ていたドドンパ六助だったらしい。はお笑いをあまり見ないが、それでも彼の顔を覚えていたということはそれなりに有名な人物だったのだろう。
「実は天藤社長を殺めてしまったんです…!」
「ええ!?」
突然自首をしてきたお笑い芸人にたちも巡査も驚きの声を上げた。

 六助が供述した通り、事務所では頭を殴られた天藤が絶命していた。彼は遺体の傍にある金属バットで殴ったらしい。はすぐに小五郎を呼ぼうかと思ったけれど、何故か彼の携帯に繋がらないと蘭が困っているので、探偵助手として来てくれと言われ、現場に赴いていた。いや、何でコナンくんそこで私が助手だって言っちゃうかな。
それに付随してコナンと蘭もやって来ていて、は小五郎や安室なしの状況の中自分一人で事件を解決できるわけがないと憂鬱になった。
「ねぇ、蘭ちゃん。まだ毛利先生と繋がらないの?」
「ごめんなさい…きっとパチンコにでも行って気付いてないんです…」
高木や千葉たちが目暮に話をしているのを見ながら、隣に立つ彼女にこそこそと耳打ちするけれど彼女から返ってきた言葉にはそんなぁと内心悲鳴を上げた。安室も今の時間帯はポアロで働いているし、助けは来ないだろう。
「社長兼マネージャーで、大切なパートナーでした…!」
「その大切なパートナーを君は手にかけたということかね?」
事務所で取り調べを行なうことになって、は目暮と六助の話を聞くことにした。頼みの綱は、何かとヒントを出してくれるコナンだが、探偵助手を初めて間もない彼女がどこまで彼のヒントを活かせるか、なんて分からない。
六助の話では11時10分に事務所にやって来て、そこで新しいネタを天藤に披露した際に、芸に対する考えの違いから口論になって側にあったバットで彼の頭を殴ってしまったらしい。
「ねぇ、コナンくん帰ろうよ。この人、ちゃんと自首してるんだし」
「でもさぁ、いくらカッとなったからって大切なパートナーを金属バットで殴るかなぁ?」
彼の供述に何ら違和感を覚えなかったは、真面目な顔をして彼らの話を聞いていたコナンに帰ることを勧めるけれど、彼はまだ納得していないようだった。それに目暮も同じことが気になっていたのだと言う。
それでは、この事件には何か別の真相があると言うのだろうか。確かに、と頷く蘭には逃げられないことを悟った。
「探偵助手の力が必要になるかもしれないし、もう少しここにいようよ」
「…うん、分かったよ」
何だかコナンに丸め込まれたような気がしなくもないが、は彼らの話をもう少し聞くことにした。
高木たちを一度供述の裏を取る為に外へ向かわせている間に、目暮は六助に天藤を恨んでいたことを聞いた。彼は有名番組からのオファーを勝手に断られたことから、既に2人の間には軋轢が出来ていたのだと言う。
――あれ、コナンくんは?
目暮と彼の話を真面目に聞いていたは、いつの間にか姿を消しているコナンに気が付いた。だが彼がこうやってちょこまかとどこかへ行く時は大抵何かを考えている時なので、そっとしておいた方が良いのかもしれない。そう思って、は蘭と共にこの部屋にいることにした。
司法解剖から戻ってきた高木が目暮に耳打ちをして、彼はそれに声を上げる。
「違う?」
「何が違うんですか?」
その内容を聞けなかったは目暮に訊ねる。どうやら、凶器が例の金属バットではないらしい。微妙に被害者の頭に付いた打撲痕が金属バットの形と一致しないのだと高木が補足する。
――え、それっておかしいんじゃ…。
ちらり、と六助の顔を窺えば、どことなく顔色が悪い。
更に鑑識が進められていくと、新たにコナンが見つけた鉄パイプが本当の凶器と判明した。
「あれ〜?ならあの金属バットは何だったんだろうね?」
「どういうことなんだね?ドドンパさん」
「とにかく俺がやったんだ!!」
子ども特有の話し方で六助を見上げるコナンと、嘘の証言をしたように見える六助を先程より疑いの目で見つめる目暮。それに対して、六助はバンッと机を叩いて、自分が犯人なのだと主張をする。
――何だか、この人犯人でもないのに犯人の振りをしたがっているみたい。
そう思って、ちらりと蘭に視線を向ければ、丁度目が合った彼女も怪訝な顔で彼を見る。どうにも、これは真犯人がいそうだった。


 狼狽えながらも自分が殺人を犯したのだと主張する六助であったが、その後、天藤が今朝弁当を買いに行った姿を目撃したことがマンションの管理人、植木の証言によって分かった。
そのことから、彼が買いに行ったコンビニへ高木たち刑事と共にも向かった。コナンが一緒に行きたいと言うから仕方なく。
彼の姿は7時58分に防犯カメラに映っている。それで、何が分かるのかとは思ったが天藤がハンバーグ弁当を温めていたことと、カップラーメンにお湯を入れているという証言を店長から貰った高木はそれで何かを納得したらしい。
そして、事務所へと戻り六助への質問が再開された。
「因みにドドンパさん、今朝の9時頃にはどこにいましたか?」
「ええと、確か9時頃なら須田さんのアトリエにお邪魔していました」
はこの答えに特に疑問を抱かなかったが、目暮たちはそれで何か納得したように頷く。高木曰く、司法解剖の結果、天藤が殺されたのは食後1時間辺りであったらしい。驚きだ。の世界では多分そんなことまでは分からないだろう。この世界の医療はかなり進んでいるらしい。
そしてそこから導き出されることは、天藤が殺されたのは11時過ぎではなく9時頃だったということ。
お姉さん、出番なかったね」
「だから帰ろうって言ったのに…」
「まあまあ、解決しそうだし良かったじゃないですか」
この状況を静観していたに、コナンはにこっと笑って見上げた。としては、刑事たちだけでどうにか事件を解決してもらいたかったため、彼にむすっとした顔を作る。彼だって、小五郎や安室と違ってが事件解決に役に立つなんて最初から思ってないだろうに。だが、蘭がそんなに笑顔を浮かべて宥めてくるので、は仕方なしに事件に巻き込まれカフェに行けなかったことは水に流すことにした。

 高木と千葉が須田の家を訪ねた所、彼女からの証言からも彼が9時ちょうどに訪れたことが分かった。須田のアトリエからこの事務所までは車で約1時間はかかる。つまり、六助が天藤を殺害することは不可能だったということだ。
「犯人になってあげたかったんです……」
とうとう逃げられないと悟った六助は犯人に成り代わろうとしていたことを懺悔した。彼は真犯人を庇ったわけでは無く、天藤を守りたかったのだと。天藤には裏の顔があり、業界の人の弱みを握って金を強請っていた。彼が11時過ぎにこの事務所に来た所、絶命している天藤を見て金を強請られた誰かが彼のことを殺したのではないかと推理し、彼の裏の顔が世間に暴かれることを恐れて自分が殺害したと嘘を吐いたらしい。
「申し訳ございません、ご迷惑をかけました…」
肩を落とし、帰って行った六助を見送って、目暮は捜査のやり直しだなと溜息を吐いた。そうだ、まだ真犯人が捕まっていないから帰れないのか。ちらっと期待を込めてコナンを見れば、彼は顎に手を当てて何かを考え込んでいる。うーん、この顔はまだ何かありそうだ。
目暮たちがマンションを出ていくので、たちもそれに従って一度事務所から出た。エレベーターで一階にまで下りて玄関口に到着した所、報道陣に囲まれている六助の姿が視界に入る。
「囲まれてますね、ドドンパさん」
「そうだね。まああれだけ周囲を騒がせたから仕方ないよね…」
カメラの前で頭を下げている彼。だが、周りの報道陣はそんな彼に同情的な眼差しを送っている。きっと、彼が行なったことは仕方なかったことだと認められるのだろう。
「あっ、コナンくん!」
「蘭姉ちゃん、大丈夫!」
六助に視線を送っていたと蘭だったが、突然走り出したコナンに蘭はこらと手を伸ばした。だが、彼はそんな彼女に返事をしてバイクに跨ろうとしていた報道陣の男に話しかけている。好奇心の塊である彼には困ったものだ。隣で、もうと眉を下げている蘭を見ては苦笑した。


33:離れて初めて分かること
2015/07/11

inserted by FC2 system