翌朝、ガンガンと痛む頭を押さえながら、はベッドから起き上がった。あれ、どうしてこんなに頭が痛いんだっけ。原因を思い出そうとして、そう言えば佐藤と高木と一緒にお洒落なバーで飲んだのだという記憶に辿り着いた。だけど、どうしてこんなに頭が痛くて吐きそうになるまで飲んだのか思い出せない。何か、大切なことを話したような気がするが、いったい誰と。
コンコン、と自室をノックする音に「はぁい」と気怠い声を上げる。そうすれば、安室が水と薬を持って来てくれていた。
「おはようございます…」
「おはよう。大分飲んでいたみたいだから頭痛するんじゃないかと思って」
ほら、と差し出してくれた彼にありがとうございますと言っては薬を飲みこんだ。苦い。うえ、と吐き出しそうになるのを我慢して水で押し流す。しかも漸く頭が覚めてきたのか、寝起きの姿を彼に見られていることに焦った。髪の毛ぼさぼさだし最悪だ。
「着替えたらリビングにおいで。ご飯用意しておくから」
「すみません…」
壁にかかっている時計を見やれば、もう朝食の時間はとうに過ぎ去って9時を指していた。
のろのろと洋服を着替えてズキズキと痛む頭とムカムカしている胃に呻きながら髪の毛を梳かしに洗面所へ向かう。顔を洗って鏡を見れば、目元が赤く腫れていた。もしかして昨日は大泣きしながらお酒を飲んでいたのかもしれない。恥ずかしい。後で佐藤と高木にメールで謝っておこう。
少しマシになった気分でリビングに行けば、テーブルの上にはあっさりしたサラダだけが置いてある。
「あんまり食べられないだろ?朝はサラダだけにしておきなよ」
「分かりました。ありがとうございます」
の胃袋を心配してくれている様子の彼に頷いてサラダだけをもしゃもしゃと食べていく。確かにこの胃袋ではいつもと違ってサラダだけを食べるので精一杯かもしれない。ぼうっとしながらサラダを食べていたら、ふいに安室がこちらを見ていることに気付いた。もしかして食べかすが付いているのだろうか。口元を確認しても特に何もない。
「昨日迎えに行ったら泣いてたみたいだけど、もう大丈夫?」
「え、やっぱり…。もう大丈夫です。お酒のせいで何だか何も覚えてなくて」
どうやら本当に高木たちの前で醜態を晒していたらしい。折角お酒に付き合ってもらったのに申し訳ない。
――あれ。
突如脳裏に過った、車内と安室の顔に頭を捻るが全くそれ以上思い出せない。何か、彼とも大切な話をしていた気がするのだが。何か、安室さんと大事な話してませんでしたか?と訊ねてみると、彼はこんなになるまで飲んだら駄目だと車内で少し怒ったらしい。なるほど、確かに大切な話だ。
が二日酔いの所悪いんだけど、もうすぐ僕は出かけるんだ」
「え、そうなんですか」
「いつも世話になっている人に花見に誘われてね。傍にいられなくて悪いね」
「良いですよ。薬飲んで少し楽になってきましたし」
そこで話が変わって、彼がもうそろそろ外出するのだということが分かった。申し訳ないように苦笑している彼に、何とか頭痛やらを我慢して微笑む。前から決まっていたことなのだから仕方がないだろう。それに、これくらいであれば、だって一人で家にいても大丈夫だ。
そう伝えれば、彼はなるべく早く帰ってくるから、と言って仕度をしに自室へと向かう。
そう言えば、も歩美たちに阿笠たちと一緒に花見に行こうと誘われていたのだった。しかしこの二日酔いの状態で分身を外に出すのはきつい。出来るだけ何もしたくない状況下に置かれたは仕方なしに分身を出してスマートフォンを自室に取りに行かせて着信履歴から歩美の電話番号より早くコナンの電話番号を見つけたのでそれをタップさせた。プルルルル、と無機質な音が数回続いてもしもしと彼が電話に出る。
「もしもし、だけど」
『おい、今何してんだ?がまだ来ねぇって元太たちが騒いでんだよ。早く来いよ』
「ごめん、今日具合悪くて…悪いけどお花見パスね」
しゃくしゃくとサラダを食べながら分身とコナンの会話を聞く。コナンくんって私の前では分身のことちゃんなんて呼ぶけど本当は呼びをしてくる。別に態々相手によって呼び方を変えなくても良いと思うのだが。そう思ったが、彼が電話口でどことなくほっとしたような溜息を吐くのを分身の意識を介して聞いた。やはり、彼は何か自分たちに不思議な感情を向けているらしい。警戒されているのだろうか。だが、どうして。頭痛によってぼんやりした思考で考えるけれど、これ以上考えると余計に頭が痛くなりそうなので止めておく。
『わーったよ。元太たちには伝えとくからしっかり寝とけよ』
「はいはい。ありがとね」
彼の電話口から元太たちがわいわい騒いでいる様子が聞こえる中、彼は電話を終了させた。ぶち、と切れたそれにふうと溜息を吐く。本体と同じようにコナンに思う所がある分身は眉を寄せながらもポンと音を立てて消えた。
「じゃあ行ってくる。安静にしてなよ」
「分かりましたよ。行ってらっしゃい」
昼食は冷蔵庫の中に入っているらしいし、彼の花見でのお土産話を期待して待っていようと、は残りのサラダを咀嚼して飲み込んだ。


 やはり薬を飲んだといってもまだ気持ちは悪くて唸りながらベッドで横になっていた。佐藤たちは今頃仕事かもしれないが、メールなら暇なときに返事を貰えるだろうと思って2人に昨日のお詫びのメールを打つことにする。
『昨日はお洒落なバーで醜態を晒してしまってすみません。何にも覚えてないくらいお酒を飲んでいたみたいなんですけど、佐藤さんと高木さんにはご迷惑をおかけしました。また一緒に飲む時には節度を守ります。』
反省メールのようだが、まあ彼女たちに迷惑をかけたことは事実なのでこれで良いかと彼らに送信した。まだ漢字で全ての文章を書くことは無理なので、ほとんど平仮名で読みにくいだろうが勘弁してほしい。
しかし、数十分もしないうちにスマートフォンがメールの受信を伝えてくる。佐藤からだった。
『何も覚えてないの…!?まあ、でも覚えてないならそっちの方が良いかも。私も余計なこと言ったからごめんね!今度は美味しいカフェでお茶しましょう。』
メールの内容を見て、何も覚えていないことに相当驚かれていることに気が付く。まさか、そんなに拙いことをしたのだろうか。彼女が余計なことを言っていたとしてもはやはり覚えていないので、別に気にしない。それに絶対、の方が彼らに迷惑をかけているのだから彼女が謝る必要なんてないのだ。
その旨を彼女に返信しようとした所、高木からも返事が来た。2人とも早いなぁ。暇を持て余していたにとっては嬉しいことだけど、大丈夫なのだろうか。
『体調はどうだい?目が赤く腫れていたら氷で冷やした方が良いよ。今度は自棄酒じゃなくて、楽しいお酒にしようね。』
高木のメールはの体調を気遣ってくれるものだった。どうやら彼のメールから自分が自棄酒をしたいたのだと分かったのだが、はいったい何のせいで自棄になっていたか思い出せない。確か、コナンと話してその後に高木に会った気がするのだが。駄目だ、思い出せない。
2人ともを心配してくれているので、ありがとうございます。とは彼らに感謝した。


 大分暇を持て余したものの、ベッドでずっと横になっていたおかげで安室が帰ってくるまでに体調はかなり良くなった。彼が帰ってきたのは夕方。丁度ベッドで昼寝をしていたをノック音で起こした彼は、お土産だよとに一本の桜の枝を渡してくれた。
「ちょうど手折れていたんだ。綺麗だろ」
「はい。良い香り…」
「枝垂桜って言うんだよ」
彼から貰ったのは薄ピンクが綺麗な枝垂桜。彼曰く、彼が折ったわけではなくて、丁度強風に煽られて落ちていた枝を拾って帰ってきたらしい。雅なお土産にの目尻は下がる。ずっとベッドで横になっていたから、まるで部屋の中に春が訪れたようだった。
「公園で撮った桜見るかい?」
「見ます」
彼がベッドに座れるようにベッドの端に座り直せば、彼はの横に腰を下ろした。そしてスマートフォンで撮った写真を見せてくれる。
隣に座った彼からは全く酒の匂いがしない。白ひげたちは春島で桜を見た時に、この花を見る時は酒に限ると言っていたけれど、安室は一緒に花見をした人と酒を飲まなかったのだろうか。そう思ったが、彼が撮った桜の花の優雅で美しいこと。うわぁ、綺麗。思わず声を上げれば、一緒に見に行けなかったことが残念だよと彼が苦笑する。確かに、こんなに綺麗な花を間近で安室と一緒に見られたら幸せだっただろうなぁ。
だけど、あれ?
「どうして安室さん映ってないんですか?」
「ああ、僕写真撮られるのはあんまり好きじゃないんだ。だから明日はポアロを休むよ」
彼が見せてくれた写真には一切彼の姿が入っていない。意外にシャイだったんだ。なんだか普段の彼からは想像がつかないことであるが、彼が言うからそうなのだろう。そして、ポアロを休むという言葉に首を傾げる。どうやら、明日はポアロに雑誌の特集の為に取材が来るらしい。写真も撮られるというのだから、彼はそれに行きたくないのだろう。
「だから、明日は一緒にいられるよ」
「分かりました」
バイトもないし依頼もない、と言う彼にえへへとはにかむ。彼と一緒にいられるなら、も何も予定を入れないつもりだ。きっと、彼もそれは簡単に見抜いているだろうけれど。
さて、とベッドから立ち上がった彼がを見下ろす。
、食欲はあるかい?」
「ありまーす」
にっこり笑って食欲の有無を確かめる彼に、は大きく頷いた。朝も昼も少な目に食べたからお腹はペコペコだ。それに、じゃあいつも通りの量を作らないとねと頷いた彼と共にリビングに向かう。
彼がエプロンをしてキッチンに立つ中、久しぶりにテレビを付けてみれば、面白そうなドラマがやっていた。どうやら、主人公の女の子は何か裏がある男の人を好きになってしまい、それに葛藤しながらも彼を諦めることなんて出来ない、という内容だった。
興味が湧いたので、それを見ながら安室の手伝いをする。キッチンで美味しい料理を作ってくれる彼、彼の手伝いをする、面白いテレビ番組に、いつも通りの日常だと思った。


30:Sinful Porker face
2015/07/03
枝垂桜の花言葉「ごまかし」

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