今回、安室に舞い込んできた依頼はある女性がストーカー被害に遭っているからその犯人を突き止めてその証拠を掴んでほしい、というものだった。ストーカーという言葉でが思い出すのは、安室に言われてコナンたちから小五郎の情報を貰っていたことだ。直接彼の所に行くなんてことはしなかったけど一歩間違えればそれもストーカーだろう。
そこまで考えてはっとした。もしかして、コナンと哀はが小五郎にストーカー紛いなことをしていたからあんな視線を送るようになったのだろうか。でも安室が直接小五郎と会えるようになってからはそんなことはしていないし…。というかは既に安室に与えられた任務を完了しているのではないだろうか。安室は小五郎の情報が欲しくてを小学校へ送り込んだのだから。え、じゃあ私が安室さんの家に置いてもらっている理由は何だ。
、ぼうっとしないで」
「あ、はい。すみません」
しかし、思考の渦に囚われていたは安室の声によって意識を取り戻した。今はあるレストランで依頼主の女性を待っている所だ。同じ女性がいた方が相手も警戒心を早く解いてくれるだろう、ということでが同席することになったのだが、依頼主の女性はどんな人だろうか。
「こんにちは、佐々木智代です。今日はよろしくお願いします…」
「佐々木さんこんにちは。安室透です。こっちは従妹で僕の助手をしているです」
「よろしくお願いします」
安室たちが座っている席にやって来たのは、大変スタイルが良くボブカットが似合う茶髪の美人な女性だった。年齢はより少し年上だろうか。この容姿ならストーカー被害に遭うのも頷ける。は一度だってストーカーなんてものをされたことがないから。
ストーカーで大分心身共に疲れているのだろう、彼女の表情は暗い。安室が具体的にどのような被害に遭っているのか、ということを彼女に訊いていく中、はそれをメモしていた。
――差出人不明の、自分との恋愛妄想が書かれたラブレターが毎日家に届いたり、外を歩いていると後ろから気配がするがそれらしい人がいなかったり、下着がいつの間にかなくなっていたり、エトセトラ。
彼女の話を聞く中で、はぞっとした。こんなことを毎日続けられていた彼女はいったいどれほど恐怖していただろうか。メモを取る字が恐怖から歪んだ。
「そうなると、盗聴されている恐れがありますね。今から佐々木さんの家に行くことは出来ますか?」
「は、はい。大丈夫です」
一先ず、佐々木の家に向かって盗聴器を探すことになった。がたり、と席を立ち店を出る。ここから彼女の家までそう離れていないらしく、は安室と共に歩きながら周囲の気配を探っていた。
だが今のところストーカーの気配は感じられない。
「ここです」
「では失礼します」
鍵を開けて入ったのはアパートの一室だ。早速盗聴器を探す為に部屋の真ん中でに音楽を流させ、機械を使って割り出していく安室。数分もしないうちにリビングだけでも3つのコンセントに盗聴器が仕掛けられているのを発見し、その後も全部屋続けた所合計で12個もの盗聴器を見つけ出した。
――これは相当だな。
ちらり、と彼女を見やれば顔を青褪めさせていた。どの部屋でも友人や家族と話していた内容が全てストーカーに筒抜けだったということだ。
「安室さんは凄い探偵ですから、大丈夫ですよ」
「は、はい」
恐怖に打ち震えている彼女があまりにも不憫で、は彼女の手をぎゅっと握りしめた。それに、ぽろりと涙を流す佐々木。血の気が引いたのか指先は冷たく、はそれを温めるように暫く手を握り続けた。大丈夫、必ず解決してみせる。
 今後の働きとしては、安室は彼女の身辺をうろつく不審な男を尾行することになり、は彼女の精神面を支える為に度々彼女のもとを訪れることになった。安室がストーカーの証拠を掴む為に歩き回るのだから、は彼と一緒に歩いて万が一の時には彼を守りたかったのだが、僕よりも彼女を守ってくれと彼に言われたのでそれに頷いた。


 佐々木はどうやらOLであるらしく、彼女が会社から退社する19時過ぎに合わせて、は毎日数十分だけ彼女の家に訪れていた。ピンポーン、とチャイムを鳴らして彼女が出て来てくれるのを待つ。
「こんばんは、佐々木さん」
「こんばんは、さん」
彼女の部屋に訪れた当初は強張っていた表情も、今ではに慣れてくれたのか以前よりも柔和な笑みで出迎えてくれる。会社勤めでお疲れな様子の彼女に、安室が作ったお惣菜を彼にバレないように少しだけタッパーに詰めて持ってきた。バレた場合はつまみ食いしましたと謝れば済む筈だろう。きっと怒られるだろうが。
リビングに通してくれた彼女にそれを見せる。どうぞ、と言えばいつもありがとうございますと丁寧に頭を下げてくれる彼女。にでさえこんなに丁寧に接してくれる彼女だ。この万人に向けられる優しさにストーカーは勘違いをしたのかもしれない。
「いつも持って来てくれる料理はさんが作っているんですか?」
「あ、私じゃないです。私、料理出来ないので安室さんが作ってくれるんです」
お茶を出してくれた彼女に礼を言いながら、がいつも持って来ている料理は全て安室が作っているのだと彼女に伝える。こんなに美味しいものが作れるなんて凄いですね、と微笑む彼女にそうでしょう?とは嬉しくなる。安室が褒められるとまるでまで褒められている気持ちになるのだから不思議だ。
「素敵な人ですね…好きになりそう」
「えっ」
安室が彼女の護衛をしているからか、依頼をした当初に比べて穏やかな様子で話す彼女。しかし、彼女の言葉には心臓がぎゅっと掴まれると同時に驚きの声を上げた。彼女が安室を好きになったら。には全く勝ち目は無さそうだ。彼女は大人びているし綺麗だし、性格だって優しい。のように安室の余計な一言でむっとするようなことも無いだろう。彼女なら、そんなことも穏やかに笑って受け止めてくれそうだ。
ど、どうしよう。そんな気持ちが現れていたのか彼女は冗談ですよと小さく笑った。上品な笑みだ。それにほっとする。
「安室さんのこと好きなんですね」
「えええ、そ、それは…!」
どうやらカマをかけられたらしい。悪戯っ子のように笑う彼女には顔を赤くした。大人しくて冗談なんて言わないような人かと思っていたのだがそうではなかったようだ。それくらい心を開いてくれたのかと思えば嬉しいし、こんな風に弄ばれるなんてと少し悔しくもなる。私、単純だからなぁ。膝を見つめてごにょごにょと言い訳を述べているには、彼女がどんな顔をしているかなんて見えなかった。
――カタン、と外の少し離れた所から僅かに音が聞こえた。神経を研ぎ澄ませていないと聞き漏らしていただろう程に小さな音だ。
佐々木の話では安室を雇ってからも毎日気色悪いラブレターは送られてきているようだった。彼女はそれをもう開けてはいないようだけれど、彼女の同意を得て読ませてもらった際には吐き気を催した。難しい漢字が読めないでこれなのだ。送られた本人が読んだ時のダメージは想像に難くない。
きっと、今日もあのストーカーがラブレターを送りに来たのだろう。安室は証拠を掴まなくてはいけない為、暫くストーカーを泳がせると言っていたから。だけど今彼が彼女の部屋のポストに手紙を入れたのをばっちり確認すれば現行犯だろう。
気配に鋭いにはその人物がそうっとこの部屋の前に近付くのが分かった。小さな声で佐々木を部屋の奥に追いやって、は静かに玄関に近付いた。
しかし、予想に反して手紙はポストに投函されず、ピンポーンとチャイムが鳴った。あれ、ストーカーじゃないのだろうか。きょとんとして離れた所にいる彼女を見やれば、彼女もまた首を傾げている。どうやら今までストーカーにチャイムを押されたことはないらしい。
「宅配便ですけどー」
外から聞こえる若い男の声に、彼女は「ああ」と思い出したように声を上げた。がさごそ、とハンコを探し出した彼女が「今日荷物を頼んでいたんです」とこちらにやって来る。何だ、宅配便か。それなら大丈夫だろう。
一応彼女の代わりに荷物を受け取ることにして、は彼女からハンコを受け取った。念のため、チェーンをしたまま扉を開けると、そこには体格が良い宅配業者の恰好をした若い男が立っている。
「智代さんじゃないですね」
「え?ああ、彼女は今お風呂に入っているので」
しかし彼はを見た瞬間、顔を歪めた。この人、宅配業者じゃない。咄嗟にそれに気付いて扉を閉めようとするけれど、それより前に彼の靴が扉に挟まって扉が閉められなくなった。その上、チェーンカッターでガチンとチェーンロックを切り落とした男。
「…お前だな。最近、俺と彼女の仲を引き裂こうとしている無粋な奴は!」
「佐々木さん、私が出たら鍵を閉めて!!」
ギラギラと瞳を怒りに染め上げ、何かを勘違いしてに殺意を向けてくる男。この殺意の矛先が佐々木に向かうかもしれないことを懸念してリビングにいる彼女に叫ぶ。どん、とを押しのけて部屋へ上がろうとする男の喉に、は肘鉄を食らわせた。
大きな悲鳴を上げてどたん、と玄関の外に転がった男と共には外に出た。それと同時にガチャリ、と鍵が閉まる音がする。ゲホゲホ、と咳き込んでいる男の手からチェーンカッターを取り上げて離れた所に投げ捨てた。
――捕えないと。でないと、佐々木が危ない。
安室が来る前に、何とかする。は攻撃をくらわないし、普通の人間より安全にこのストーカーを捕えることが出来るだろう。
「っの、アマァ!」
「わっ!」
突然彼は懐から包丁を取り出しの腹部を切りつけた。ガキンッと弾き返された音がするが、洋服は切れて腹部が露わになる。それに目を見開く男。うわ、やばい刃物で傷が付かないってバレちゃった。だが驚いている隙を突いてしまおう。そう考えたは固まった彼の顎に思い切り拳を決めようとした。
しかし、思いの他このストーカーは運動神経が良い上に頭が良かったらしく、包丁を手から放しの拳を避けてその大きな拳での口と鼻を覆った。その勢いのまま、どんと壁に身体を押し付けられる。
「!!んんう〜〜っ!!!」
「何だったんだ今のは。まあ良い。智代さんとの仲を邪魔するお前には死んでもらう」
ぐっと彼の腕を押しのけようとするけれど、何かで身体を鍛えていたのか腕の力が強い。勢いが無くては力がないには押しのけられない強さだった。彼の顔を殴ろうとしても腕の長さの違いから届かない。それに、絶望した。
「んん…!!!ふうう!」
――苦しい。息が出来ない。酸素不足から視界が回り涙がじわりと膜を張る。安室、さん。やだ、もう彼と会えないなんて、いやだ。死にたくない。
!!」
しかし、安室の声が聞こえた瞬間、ははっとして思い切り足を振り上げた。腕が駄目なら足を使えば良い。ガツン、と男の股間を蹴り上げると「ギャアアアア!!!」と男は叫んでから手を放し股間を押さえて床で悶絶する。
「ゲホッゲホッゴホッ」
!」
ずりずり、と壁を伝って床に座り込んだに駆け寄る安室にはほっとした。死ぬかと思った。今まで感じたことがない恐怖にばくばく、と心臓は五月蠅い。彼は駆けてきた勢いのままを抱きしめた。あまりにもの股間を蹴り上げる力が強くて、意識を飛ばしたらしいストーカーに一瞬目をやった彼は暫くは目を覚まさないだろうと踏んだのだろう。
…!!遅くなって悪かった…」
「う、うええっ…!!しぬかとおもいました…っ」
何度もの名を呼ぶ彼の腕に閉じ込められたことで安堵したのか、ぼろぼろと涙が溢れた。以前自分の世界で首を絞められた時には能力のおかげで気道を塞がれなかったけれど、今回は鼻と口。どうやったって剥せない男の力に初めて恐怖した。安室に抱きしめられているという事実にドキドキする余裕も無く、彼の背中に縋りつく。怖かった。震えが彼に伝わったのか、より一層強くなる彼の抱擁。を見つめる安室の顔は涙で歪んでいて良く分からない。だけど、彼が眉をぐっと寄せて眉間に深い皺を作っているのは分かる。
ぐすぐすと泣くをあやしながら、彼は警察へと連絡を始めた。を襲ったこともあり、現行犯で逮捕できるだろう。それに彼は既に佐々木へ行っていた数々のストーカーの証拠を掴んでいたからこの男は法的に罰せられるのだ。
佐々木から借りたガムテープで安室が犯人を動けないようにしている中、は佐々木に向き直った。
「これでもう安心ですね」
「はい…。さんが無事で良かった…!」
より少し背の高い彼女に潤んだ瞳でぎゅっと抱きしめられ、は照れた。きっと、扉の向こうでのことをずっと心配してくれていたのだろう。切られた洋服に目を見開いた彼女には咄嗟に避けたから傷一つないですよ、と嘘を吐いてしまったけれど。


 夜分ということもあり、後日事情聴取を受けることになったたちはストーカーを警察に引き渡して、家に帰った。寝巻に着替えても先程の恐怖で中々眠気がやって来ないはソファに座ってぼんやりとテレビを眺める。目を瞑ると、あの男の憎悪で歪んだ顔を思い出しそうで。
そんなに、安室がホットミルクを持って来てくれた。それを受けとってそっと口を付けると、ほのかに甘い味がする。
「蜂蜜入りだよ。眠くなるまで何か見ようか」
「はい」
目が冴えて眠れないに気付いたのだろう、彼が借りてきたDVDをセットしての隣に座る。何も言わずに、ただ隣にいる彼が肩を抱いての不安を取り除こうとしてくれているのを感じながら、は彼にぴたりと寄り添った。今日だけはくっつくのを許してほしい。そんなの肩を抱く腕の力が強くなったことから、は許されたのだとほっとした。
コメディやアクション映画、切ないラブロマンスなど何本か続けて映画を見ていくうちにうつらうつらとしていたは、いつの間にか安室の肩に頭を乗せて眠っていた。だから、彼がどんな顔をして彼女を見つめていたかなんて、彼女は知らない。


28:僕の可愛い眠り姫
2015/07/03
安室さんが駆けつけるのが遅くなったのは近くの建物の廊下から男の様子を観察していた為。

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