いつものようにジョギングをしていたのだが、今日は嗜好を変えて毛利探偵事務所の方角へと走っていた。るんるんるん、と機嫌よく走っていると、丁度毛利探偵事務所の前にタクシーが止まる。
誰だろう。がちゃ、と車の中から出てきたのは浅黒い肌の青年とポニーテールの少女。そして顔に傷を負った男性が出てくる。
何だか面白い組み合わせだ。走っていたのに突然彼らのことを見ていたからか、「ん?」とこちらに視線を向ける青年。おっと、拙い。
ここまで来たし、蘭ちゃんとお話でもさせてもらおうかな、と彼らのことは放っておいて事務所の階段を上がろうとするが、彼らとぶつかりそうになる。
「え、」
「何や、もしかしてあんたも毛利探偵に用があるんか?」
どうやら行先が事務所だったようだ。今までに聞いたことが無い口調で話す彼に「ま、まぁ」と言葉を発する。これ、何ていう言語?
驚きのあまりに目をぱちくりさせていると、彼の隣に立っていた少女が「はよ行こうや」と彼を急かす。おう、と頷いた彼は階段を上っていく。顔に傷がある男性はタクシーに忘れ物をしたのか、慌てて車に戻っていった。
小五郎の客だったら悪いので、は彼らの後から階段を上っていくことにした。
「事件や、工藤!!」
ノックもなしに事務所の扉を開いた青年。それに、中から驚いた声が聞こえる。もしかして、彼らは小五郎の知り合いなのだろうか。ひょこり、と彼らの後ろから顔を覗かせれば蘭とコナンが「なんで(お姉)さんが?」とこれまた目を丸くしている。もしかして彼らと一緒に来たと思われたのだろうか。
「ジョギングしてたら下で会ったの」
そそくさ、と彼らから離れて蘭の所に行く。何やら事件について話している小五郎と大滝の話を聞きながらも、会話の邪魔にならないように蘭にあの2人はどういう人物なのかと訊ねた。そうすれば、彼らは蘭と同い年であり大阪の高校生探偵服部平次とその幼馴染の遠山和葉だということが分かった。ええ、凄いまた探偵。この世界にはいったい探偵は何人いるのだろうか。
どうやら彼らはある殺人犯を捕まえる為に、その殺人犯が訊ねそうな観月秀理が住むマンションを監視していたが、その彼が首を吊って絶命した姿を発見したらしい。
「で、下で会うたその姉ちゃんは誰なんや?」
「ああ、彼女は俺の一番弟子の助手でな。ちゃんだ」
「よろしく、服部くん、和葉ちゃん」
事件から一度離れてに向けられた服部の視線に、は笑って挨拶した。助手、という言葉に目を光らせた彼に「名ばかりだけど」と補足する。何か期待されて期待以下だったら困るから。和葉は「助手さんやったんやなぁ、よろしゅう」と微笑んでくれた。蘭ちゃん同様、可愛い子だなぁとは思った。


 何やら探偵の助手やったらついて来てもらおか、と服部に言われたは小五郎たちと一緒に観月の部屋を訪れることになった。予め本当に助手として役に立っていないことを彼らに説明したが、コナンに「この前石栗さんが死んだ時にヒント出してたじゃない」と言われて首を傾げる。そんなことあったっけ。
まあそんなこともあったが、一応マンションで調べものをしている安室にメールで杯戸町へ小五郎たちと共に推理しに行くことを伝えると、「毛利先生たちから離れないようにしてきちんと役目を果たすこと」と返事が返ってきた。
――何これ、助手として試されてるのかな。
はメールを見てごくりと生唾を飲み込んだ。頑張って推理に貢献しよう。
観月の部屋に入って写真の椅子と実物の椅子を見比べている和葉に心中頷く。確かに、色も形も一緒だ。彼女はわざわざそれを確かめる為だけに家の椅子を写真に撮ってここまで来たのだから凄い。
「となると、問題は犯人がどうやって警察の目を盗んで此処に出入りしたかだが」
「どっかに抜け道があるかもしれまへんなぁ」
きゃいきゃいと任務完了やとハイタッチしている和葉と蘭を見ていると気分が和むが、今はこの密室のトリックを解かなくてはいけない。いや、私が解けるとは思ってはいないけれど、何かしら役に立たないと安室さんの評価が下がる。
「コナンくん、何か分かった?」
「えっ、ま、まだかなぁ」
一通り部屋を見渡してみて、床に座って鉛筆の削りカスを見ているコナンに近付く。そうすれば、彼はびくりと肩を揺らしてを見上げた。そんなに吃驚するような声のかけ方をしたわけじゃないんだけど。
どうにも、最近の本体も分身もコナンから変に意識されているような気がする。何もした覚えがないんだけどなぁ。
へらり、と笑って自然にから離れていったコナンにはあと溜息を吐く。もしかしたら思春期なのかな。結構早いけど。今はそう思っておかないと凹みそうだ。
だが、早速トリックは解けたらしい。ゴミ箱を逆さにして観月がそれに乗って自殺をし、円盤状のお掃除ロボットがそのゴミ箱を壁際まで運んだと服部は言う。突然動き出した掃除ロボットには目を丸くした。何だあの機械は。勝手に動いている。いや、それどころではないか。
「……どっからどう見ても、自殺や」
チーン、と壁際で魂が抜けたように落ち込んでいる服部には苦笑した。トリックを解けたのだからそれではいけなかったのだろうか。まだ会って間もない彼のことは良く知らないので、和葉に任せておく。推理オタクなのか分からないけれど、大変だなあ。
――帰りのエレベーターを待つ中で、このマンションの202号室に住む株ブローカーの布浦海象がどうやらこの自殺に絡んでいたそうで、その話を聞いた住人の名波という中年で小太りの女性が彼に対しての苦情を言い始めた。
「夫も乗せられそうになって大変だったんだから!」
そう不安を現す彼女が布浦の人相は本当に死神に似ていて、嫌な感じと言う。そこに、丁度布浦が乗ったエレベーターが上がって来たようだった。あ、噂をすれば。声を上げる彼女だったが、その瞬間、彼は自分の頭に拳銃を当てて発砲した。
「ひっ」
パァン!と乾いた音と同時に血飛沫が飛ぶ。それには喉を引き攣らせた。何で、いきなり彼が自殺したのだ。
急いで平次がエレベーターのボタンを押すけれど上に行ってしまったエレベーターは下りてこない。名波に階段の場所を聞こうにも彼女は震えてまともに言葉を発することが出来ない状態で彼は舌打ちをした。
もうええわ、と一人階段を探しに行こうとする彼に、は待ってと声をかけた。耳の良いには上からエレベーターが下りてくる音が聞こえたのだ。コナンも同じように頷く。
そしてこの階で開く、サヨナラと赤い字でスプレーされたエレベーターの扉。中には米神から血を流して床に倒れ込んでいる布浦の姿があった。


 現場に高木刑事たちが来て検証が行われている中、は少し離れた所で安室に連絡をしていた。もう日も落ちてきているし、このままだと帰りは遅くなりそうだ。現場に居合わせたからにも事情聴衆は及ぶだろうし、まず――。ちらり、と服部を横目で見る。あの生き生きとした瞳。きっと、事件が解決するまで家に帰れないだろう。
「ということなんです。すみません」
『分かったよ。僕も簡単な依頼で今出てるから、帰りは迎えに行くよ。そこで待ってて』
「はい、ありがとうございます。安室さんも気を付けて」
ピ、と彼との通話を切って、コナンたちの所に戻る。安室さんも今は家にいないのか。それならここに来て小五郎の推理が見れないのは仕方ないよなぁ。
既に布浦の死は他殺、と発覚したらしい状況に、早いなぁと驚いた。どうやら今回は服部が大活躍らしい。彼の言葉によってこのマンションの住人一人一人に話を聞くことになって、怪しい人物だと分かったのは3部屋の住人たちだった。
その3部屋の住人、会社員の陸奥勲雄、大学生の余田拓郎の2人は布浦の勧めで行った株で大損していた。もう一人の漫画家の井筒尚子も株をやっていた。そして3人とも布浦から彼と同じ時計を贈られていたという。
小五郎たちが階段を下りていく中、コナンと服部の前では頭を悩ませていた。うーん、どの人も怪しく見えるし犯人はいったい誰だろう。
ちらり、と後ろを振り返れば彼らは同じように顎に手を当て目付きを鋭くさせていた。あ、この顔分かっているって顔だ。
やっぱり、本物の探偵には敵わないなぁ。は今のところ勘でしかないが、犯人は井筒だと思っている。何故か、と訊かれたら服部たちと同じようには答えられないだろうが、匂いだろうか。犯人ぽいなぁ、という匂いが彼女からしたのだ。本当にそんな言葉で犯人に決めつけられる訳が無いので黙ってはいるが。

その後、服部に高木と共に裏の家電製品の店に行くからそれを伝えておいてくれと言われたは下まで下りて「遅いねぇ」と彼らの帰りを待っていた蘭と和葉にそのことを伝えた。因みにコナンは服部に言われて容疑者3人を部屋からここに呼び出しに行く役をしている。
そして目暮警部と容疑者が揃った所で、はエレベーターに視線を向けた。確か、あそこに乗るのは服部の筈だ。視界の端にはTシャツになった高木がひっそりと佇んでいる。
「あっ、高木刑事だ!」
「バァン!」
「おい、いったい何を!?」
ウィーンと上がってきたエレベーターには微笑を浮かべた高木がいる。予めトリックを教えてもらっただったが、目を凝らしてもあれが服部とは分からない。指を米神に向けて倒れたように見える彼。全く違和感が無かった。ちらり、と視線をコナンに向ければ、彼は不敵な笑みをしている。
――流石だ。もういっそコナンが探偵として働いた方が良いのではないだろうか。この世界では子どもは学校に行かなくてはいけないから、無理なんだろうけど。
「やっぱり二人羽織りか!」
小五郎が蘭と和葉の「私達が見たのもこんなのだった」という言葉に推理する。しかし、そうではないのだ。ちらり、と後ろに控えている高木を見れば、彼はははと小さく笑った。
早く下りてきて説明しろ、と声を荒げる目暮に高木は漸く声を上げる。エレベーターが来る少し前から皆の反応を見ていたのだ、という彼にまた高木が乗ったエレベーターが下りてくる。とうとう服部の推理が始まるのか。
「つまりや、これがトリックの真相っちゅうこっちゃ」
エレベーターの扉が開くと同時に高木の写真が乗っているタブレット端末をずらして顔を現した服部。サヨナラの字でタブレットの淵を見えなくさせ、四枚のタブレットで別々に撮った布浦に扮した犯人の動画を同時に流せば、布浦が拳銃自殺した現場がエレベーターの中に出来るというわけだ。
「そうやったんとちゃうか?四つもタブレット隠してた、漫画家の井筒尚子さん」
きらり、と光った服部の瞳に貫かれた彼女ははっと息を飲み顔を青くさせた。彼女はすぐさま否定するが、デジタル音痴でという言葉にコナンが何も見ないで色々な物が描けるなんてすごいねと笑顔で追い詰める。彼女の部屋には漫画や資料が殆ど無かったからだ。その上彼女が描いているのは探偵漫画。資料無しに拳銃や凶器が描けるわけがない、と大滝が頷く。
――これはもう逃げられないな。の勘とは違って、彼等はきちんとした証拠を掴んでいる。ちらり、と井筒を眺めた。先程の表情とは変わって真顔になった彼女を前に服部がこのトリックが完成するまでの経過を話していく。井筒は彼を上手い話でエレベーターに誘い出し先にエレベーターに行き防犯カメラを赤いスプレーで見えなくさせ、一回扉を閉めた後にサヨナラとそのスプレーで書き、そこに乗り込んだ布浦が字に驚いた隙に殺害したのだ、と。


 あれから30分後、はマンションの下で安室を待っていた。一緒に帰らないの?と聞いてきたコナンに、安室さんが迎えに来てくれるからと言えば、そっかと頷かれる。服部と和葉にはまた会えると良いね、と言っては彼らが帰っていく後ろ姿を眺めた。
数分して、マンションの前に緩やかに止まる、見慣れた白い車。運転席には勿論、安室がいる。
助手席の扉を開けて中に入ると、遅くなって悪かったと眉を下げた彼が。迎えに来てくれただけでもありがたいのに、謝られてしまったはそんなことないですよ、と態々依頼主の所から杯戸町まで来てくれたことの礼を言った。
「で、犯人の動機は?」
「恩師が他殺に見せかけたトリックを使って自殺したのに、誰にもそれを気付かれなくて悲しかったから、恩師の願いであった布浦さん殺害を行なったようです」
服部が推理した後に自白した彼女の言葉を安室に伝える。漫画の中では探偵がトリックを暴いて問題を解決していくのに、現実の世界ではそうではなかった、と語った彼女。大した動機だ。それだけの為に布浦は殺され、おかげでは人が死ぬ瞬間を見てしまった。
「今日は疲れただろ。帰ったらゆっくり休んで」
「…ありがとうございます」
赤信号で車が止まったのを見計らって、彼がハンドルから手を放しての頭をぽんぽんと撫でた。を案じてくれた彼の言葉に小さくはにかんだ。
それをきっかけに殺伐とした話は終わり、いつものように他愛ない会話へとなっていく。明日はポアロでバイトだから家にはいないよ、とか今日の夕食の内容だとか。窓の外を流れる街の光に目を奪われながら、は漸く心が落ち着くのを感じていた。


26:あなたの隣が一番落ち着くの
2015/07/02

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