ここ一週間何やらコナンと哀の視線が気になる。いつも通り小学校へと通う分身のは、彼らから感じる何かに眉を寄せた。何か、2人を怒らせるようなことしたっけ。最近の出来事を思い返してみても、これといって拙いことはしていないと思う。彼らの視線は別に鋭くも無いし、嫌な感じもしない。いったい、何だ。
いや、待てよ。もしかして。学校からの帰り道、後ろを歩くコナンと並んで小さな声で彼に訊ねた。
「最近コナンくん私のこと良く見てるけど、もしかして私のこと好きなの?」
「はぁ!?んなわけねーだろ!!どうしてそうなるんだよ!」
彼にこんなことを訊ねたのは冗談半分だった。この前に爆弾を落としていった彼に少しばかり仕返しをしてやろうと思って。しかし、こんなにも全力で否定され、且つ大きな声で叫ばれては耳が痛いと同時に心が痛くなった。コナンくんって冗談通じない。そんなに拒絶しないでも良いのに。
はぁ、と彼の様子に肩を竦めて首を振ったら「溜息吐きてーのはこっちだっつーの」とコナンがじとりと睨む。別にそんな目で見られても怖くないし。
「所で、安室さん最近ポアロに来てないって聞いたけど」
「ああ、何か熱出しちゃってお姉ちゃんが毎日看病してるよ」
先程の表情を消して安室について訊ねる彼に、彼に言われた通りのことを伝える。実際は家で何かには分からないことをパソコンで調べて難しい顔をしているのだが。そんな彼の顔を見るのも時たまにだ。彼は四六時中リビングにいるわけではないし、特にその調べものとやらの間は自室から出てこない。調べものをしている時の安室はと一緒にいてくれないからちょっと寂しかった。きっと、大切な情報なのだろう。には見せられないような、何かの。
ふーん、との答えに満足したらしいコナンは頷いた。
「なぁ、お前バーボンって酒知ってるか?」
「バーボン?うん。…そう言えば、シャロンさんが安室さんのことそう呼んでたかも」
だがまだ話は終わらなかったらしい。いきなり酒の話題に移ったことで、もしかして彼はこの年で酒に興味があるのではないかと訝しく思う。だって、普通この年の子どもがバーボンなんていう酒の名前を知っているわけがないからだ。いや、コナンくんならあるかもしれないけど。
酒に興味なんて持つな、と思いながらもはシャロンと出会った時のことを思い出した。そう言えば、彼女は安室のことをバーボンと呼んでいたなぁ、と。
それに、一瞬コナンが目付きを鋭くさせたことには気付かなかった。
「そのシャロンさんてどんな人?」
「えーと、金髪で釣り目のすごい美女だった」
ふーん。自分から聞いた癖に興味が無くなったかのように手を頭に回して歩くコナンに、はちえっと唇を尖らせた。私の話なんてどうでも良いってか。ムカついたので「コナンくんにお酒なんてあと100年早いよ!」と彼の脇腹をど突いてやった。勿論彼はそれに怒ってを追いかけ始めたけれど。


 週末、安室にテニスとやらに誘われたは分身と共にリゾート地へ来ていた。どうやら、小五郎から園子のテニスのコーチを頼まれたらしい。にはよく分からなかったが、彼はジュニア大会でも優勝したことがある少年だったらしく、実力はあるようだ。
もやれば良いのに」
「疲れました」
園子たちが来る前に彼によってテニスを手取り足取り教えてもらったは精神的に疲れて外野に行くことにした。だって本当に手取り足取りだったのだ。グリップの握り方からボールの投げ方まで一から傍で教えてくれた彼に、は動揺しっぱなしだ。因みに分身は最初から木陰で休んでいた。こちらの状況にかなりあちらも心中動揺していたようだけど。
 パゴッ。と鋭い音が響く。ドンッ、とコナンがいるコートに華麗なサーブを決めた彼に、わあっとギャラリーが湧いた。凄いなぁ、恰好良い。が出来ないスポーツを手慣れた様子で行う彼の姿は、同様周りの女性たちの心を掴む。
「ナダルみたい!」
園子が言う選手の名前は知らないが、きっと有名な選手なのだろう。こんな優秀なコーチが見つかって良かったと笑う小五郎にそれ程でも、と謙遜する安室。そんな彼を目を見開いてみているコナンに気付いて、大丈夫かなと気になった。もしかしたらさっきのサーブがあまりにも彼の近くに入ったからそれで驚いたのかもしれない。
「コナンくんどうしたの?」
そう言って彼に近付く分身にコナンは任せることにして安室へと向き直ったが、その時彼が「危ない!」と声を上げた。どうやら誰かのラケットが飛んできたらしい。それはコナンの頭へと命中して彼は地面に転がった。
「コナンくん!!」
急いで蘭が彼に走り寄って、意識を失ってしまった彼を見て顔を青褪めさせている。大丈夫だろうか。彼の隣にいた分身に当たっていれば、今頃ただ痛かった振りをするだけで良かったのに。不運なコナンを見て可哀想に思う。安室はそんな彼を診て多分脳震盪だろうと判断した。
今は一刻も早く医者を呼んで安静にさせないと、と言う彼の言葉に従ってたちはコナンを抱えてラケットを誤ってコナンにぶつけてしまった女性の別荘へと行くことになった。

 コナンは別荘で医者に処置を施されて、やはり軽い脳震盪だと判断された。暫くは安静にしているように、と言った医師は仕事が終わったことで帰っていき、落ち着きを取り戻し桃園の厚意から昼食は冷やし中華をご馳走になることにした。
分身のは本体が蘭と一緒に慣れない料理を手伝う為にキッチンへ向かったのを見ながら溜息を吐いた。いつも料理していないくせに、こういう時には手伝わないと拙いと思ったのだろう。変な物を作らないように蘭に見張ってもらわないと、と思いながら隣に座っているコナンに視線を寄こした。
「コナンくん、頭大丈夫?」
「その言い方、なんか腹立つな」
包帯を巻いている彼を心配して言った言葉だったが、どうにも伝え方が悪かったのかジロリと睨まれた。しかし彼はそのことはもう気にしていないのか服をぱたぱた動かして風を送っている。きっとクーラーが効いていなくて暑いのだろう。もそれなりに暑いとは思ったが、特に彼のように服をぱたぱたさせることはしない。
暫くして暑さから高梨の誘いに乗って二階へと行ってしまったコナンをは見送った。クーラーが効いてる部屋で昼寝させてもらえるとか良いなぁ。
「あれ?コナンくんは?」
「さっき高梨さんと一緒に二階に行ったよ」
冷やし中華が出来てリビングにやって来た蘭が、この場にいないコナンを探している様子に、は答えた。彼女はの言葉にそっかぁと頷いて彼の分の冷やし中華を持って二階に行くことにしたらしい。はとりあえずキッチンに向かうことにした。だって、折角蘭たちが作った冷やし中華が早くしないと伸びる。それは勿体無い。本体もそれなりに盛り付けで貢献したらしく、ほっとしていた。コナンくんには悪いけど、先に食べちゃおう。

 皆で昼食の冷やし中華を食べてから2時間程経った。長時間ぶっ続けで分身を出すことが少し面倒になってきたは1時間前に分身を外に散歩に行かせて消していた。コナンくんがいるから、ってことで分身を出していたが彼がいないのだ、暫く休憩しても良いだろう。勿論安室の了承済みであるが。
それにしても、2時間以上経つというのにまだ石栗とコナンは二階の部屋から戻ってきていない。コナンだけでなく彼まで長い昼寝をしているのだろうか。テニスの試合をしようと言っていたのに。はテニスが出来るわけがないので勿論不参加だったが、安室が華麗に戦う所を早く見たかった。
そこにゴトゴトンッと何か重い物が落ちる音が響いた。それは、石栗の部屋からだ。それに驚く彼ら。
「何かあったんでしょう。上に行きましょうか」
「え、ええ」
安室が二階を見て立ち上がると、桃園たちも立ち上がって二階へと向かう。しかし扉を開けようにも桃園が言うには、昨日から彼の部屋の合い鍵だけが見つからないらしい。窓を伝っていくか、と話し合い始める彼らに、は強行突破した方が早そうなのに、と思った。だけどきっとそれを出来ない理由があるのだろう。
「何なら、僕が鍵を開けましょうか?」
しかしそこに安室が声を上げた。そういうの、割と得意なので。微笑した彼に、安室さんは本当に凄いなぁと感心した。彼が出来ないことってあるのだろうか。鍵を開ける為に持って来てもらった針金を伸ばしてカチャカチャと弄っている彼。それを見つめながらはこういうのも探偵に必要なのかと考えていた。必要なら私も出来た方が良いのかな。一応助手だし。
見事鍵を開けた彼に、園子が怪盗キッドみたい!と目を煌めかせる。そんな彼女にセキュリティ会社の知り合いから内緒で教えてもらったのだ、と言う安室。そんなことを教えてもらえるなんて吃驚だ。普通なら教えてもらえないだろうに。
「あれ、何かで扉が塞がれて…」
しかし折角鍵を開けたというのに扉が途中までしか開かない。一体どういうことだろう。ガタガタと何度が扉を動かす安室だったがその瞬間、扉の中から聞こえるコナンの声。
「開けるな!!」
その声の鋭さに、思わずはびくりと肩を揺らした。どうやら、その扉を塞いでいるのは石栗の遺体だったらしい。隣で途端に謎解きを始めた安室の横顔を見上げながら、コナンと一緒にいると本当に事件に巻き込まれることが多いな、と顔を青褪めさせた。

 暫くしてやって来た横溝警部によって桃園や高梨、梅島の事情聴取を行われている様子を安室の傍で聞く。別に聞いていても特に不振に思う所はない。だが、高梨を前に皆動機は十分にありそうだと目を光らせた小五郎に頷く。サークルが何なのかには分からないが、大よそ何かの集まりであるそれの仲間が、去年石栗の冗談で死んでしまったらしい。友人たちなら、そんな彼を恨んでもおかしくない。
色々と証拠を上げてくる刑事たちの話を聞きながらも、はもう頭がごちゃごちゃだった。考えすぎて頭が熱い。
「熱…、かき氷食べたい…」
「この推理はには少し難しいかもね。頭も冷えるから食べておいでよ」
「…別に大丈夫です。こんなに暑いとすぐ溶けちゃいますし!」
の独り言にくすりと笑った安室に、は微かに目を見開いた。どうしての発言から頭を使いすぎて熱くなったことが分かったのだろう。その上かき氷を作る機械なんて物はないのに、食べておいでなどと意地悪を言う。私をここから追い出したいのか。そう思って、何か冷たい物を食べたい気持ちを我慢する。良いもん、安室さんがそうやって意地悪するなら私だってめちゃくちゃ考えて推理してやる。
むむむと今までに貰った情報でどうにか犯人を割り出そうとしているは、彼がそれにくすりと笑ってコナンに視線を送っていることに気が付かなかった。
 だがやはり、には犯人が分からなかった。探していた鍵も見つからないし、石栗のラケットのガットが所々歪んでいたというヒントも貰っているが、高梨が言う通り事故だったのではないかとさえ思う。
だが先程意地悪発言をした安室をちらりと見上げてみると、彼はまだ何かを考えているような顔をしていたし、同じようにコナンに視線を向ければ彼は何かを思いついたような顔をしていた。
――やっぱり、私が分からないだけで事件なのか。
「何してるんだい?コナンくん」
「う、腕時計の蓋が壊れちゃって…」
突如、コナンの時計を覗き込んだ安室によって意識が思考の渦から離れる。あははは…と力なく笑ったコナンにどうしたんだろうと思った。だが、本当にあの音は何かが落ちる音だったのかという言葉から、建物が軋む音、冷やし中華と話題が変わっていくことで彼から意識が外れる。冷やし中華ね、美味しかったなぁ…って違うか。
「ねえねえ、冷やし中華って言えばさ、氷を使うよね?」
突如、コナンのその一言で何かが変わったようだった。だって、安室の目が何か面白い物を見つけたように光っている。花瓶が氷で出来ていたら溶けて落ちるのに、と言うコナンに横溝が閃き「ああ!」と声を上げた。
氷を片方にだけ乗せてギリギリの所に置いておけば氷が溶けると自然に落ちる、と。それからは本当に速かった。まるでコナンが大人たちにヒントを与えているかのような発言に、どんどん推理を勧めていく彼ら。蘭に比べたら事件に巻き込まれない園子でさえ推理していくのだ。思わず吃驚した彼女はただぽかんと見ていることしかできなかった。ええ、コナンくんのヒントでこんなに推理って進むもんなの。
には全く口を挟む暇もない。だって、ドライアイスは知らないしラケットのガットに紐を通して遺体を動かすなんて方法も考え付かなかった。そしてそのトリックを使うことが出来たのはただ一人。
「桃園琴音さん、あなた以外に犯人は考えられませんなぁ」
――ああ、今回も全く役に立たなかった。
びしっと決めた小五郎の言葉に、は自分の推理力の無さを恨んだ。今までそんなに難しいことを考える習慣が無かったとは言え、少しも彼らの事件解決の役に立たなかったとは。余程、蘭や園子の方が助手に向いている。
そう落ち込んだだったが、桃園がどうして石栗を殺害するに至ったのか、という話を聞いているうちにそんな思いは無くなってしまった。
――人を殺すのは悪い。だけど、この人には石栗さんを殺してしまいたい程仕方ない理由があった。
それで殺人が正当化される訳ではないが、にはその気持ちは痛い程分かった。誰だって、大切な人を失ったらそうなっても仕方ない。ただ、はそれでも報復はしなかったが。そこだけが、彼女とは違う。


24:あなたの冷たい熱でとかして
2015/06/30
帰りの車の中では寝てしまい、安室がベルモットと話すのは聞いていなかった。

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