分身とコナンたちが群馬に行っている間に、まさか事件に巻き込まれて死にかけているとは思いもしなかったは、大いに反省した。いや、だが少しばかり言い訳をさせてもらうなら仕方なかったのだ。あの日は丁度月に一度やって来る、それこそ世の女性たちのほとんどが疎んでいる日だったのだ。元々は痛みが強く身体が怠くなり始終眠くなる体質だった。それ故、安室がポアロへ行っていることを良いことにずっと寝ていた。
まぁ、あれだけ怒っていた様子の分身もの体調のことを知ったら納得してくれたようだったが。何にせよ、子どもたちが無事で良かった。
 そして今は蘭たちと一緒に東京駅に来ている所だ。初めて安室と丸一日以上会わなくなることに少しばかり不安だったけれど、凄い。あまりの人の多さには圧倒されてそんな不安なんて消えてしまった。
「人沢山いるねぇ」
さん東京駅来たことなかったんですか?」
おお、ときょろきょろ周囲を見渡しているに蘭が微笑む。うん、と頷けば園子が愛しの彼氏と一緒にいるだけじゃなくて日本を満喫した方が良いですよ、とからかって来た。
ちょ、っと安室さんは彼氏じゃないし。一方的に私が好きなだけで…。園子の言葉に慌てて否定すれば彼女はホホホと楽しそうに笑う。やけに彼女のテンションが高いのは、どうやら巷を騒がせている怪盗キッドとやらがこのベルツリー急行の一室に飾る宝石を狙って予告状を出しているかららしい。へぇ、よく分かんないけど怪盗は犯罪だよね。海賊の私に言われたくはないだろうけど。
 今回ベルツリー急行に乗る人数が集まった所で車内へと入っていく。外装も中々凄かったが、内装もとても豪華だ。たちが与えられた部屋は8号車のB室であったので、そこへと向かう。どうやら阿笠とコナンたちは2つ離れた車両に部屋を取ったらしい。
別々に分かれて部屋に入るとガタンと列車が走り出して景色が流れていった。
「うわぁ!すごっ」
さん子どもみた〜い」
「これくらいではしゃぐなよ」
窓から外を眺めてこの景色の移り変わりに感動していたら、蘭がコナンを見るような目で見てくるのに気付いて慌てて態度を落ち着かせる。女性陣の中では一番年上なのに一番はしゃいでいるとか恥ずかしい。小五郎からも笑われてしまったし。
だけど初めて列車に乗ったのだ。今まで船か車にしか乗ったことがないにとってはあまりにも新鮮で。
そこにコンコンと外からノックが聞こえる。誰だろう?と一番扉に近かったが扉を開けて外を確認すれば、床には一枚の手紙が置いてあった。
「見てください、私たち“共犯者”に選ばれたみたいですよ」
「んん?…なるほどなぁ」
共犯者、とはこのミステリートレインの中で起きる謎解きの役のことか。が持っている紙を覗き込んでいる蘭たちもそれに納得したらしい。
カードには7号車のB室の被害者役の人物と入れ替わって探偵たちを迷わせろ、と書いてあったのでたちは部屋を出てそこへ向かった。

「所で、君たちとさんはどういう関係なんだ?」
「あっ、紹介が遅れてごめん」
ベルツリー急行に乗る際、最後に現れた世良真純という少女がを見て首を傾げる。彼女とは丁度、被害者役の男と部屋を交換する際に会った。彼女の言葉によって、そう言えば彼女に自己紹介をしたものの、その後すぐに別れて蘭たちとの繋がりを話していなかったことに気付く。どうやら、彼女は蘭たちと同じ高校に通っていて、探偵をしているらしい。
はそんな彼女に驚いた。探偵って、安室さんと一緒。おお、と感動していたら蘭がのことを「安室さんの従妹で助手をしていて、この前一緒にお茶をして友達になったの」と簡単に彼女たちとの出会いを伝えてくれた。
「へぇ、あの安室って人の」
「よろしくね、真純ちゃん」
同じ探偵としてだろうか、安室の名に反応した彼女に微笑む。それに彼女は「ああ」と頷く。何だかボーイッシュで格好良い女の子だ。凄いなぁ、こんなに若いのに探偵なんてしていて。彼女との挨拶に気を緩めていると、突然ガチャリと扉が開いた。ノックも無しに誰だろう、と思えば扉から現れたのは慌てた様子のコナンだった。
――もしかして、探偵ってコナンくんたちのことだろうか。
この部屋を7号車のB室かと聞いてくる彼に園子が何言ってんのよ、とそれを否定する。凄い。全く嘘を言っているように聞こえない。は園子の演技力に驚きそうになるのを努めて隠した。ここでバレたら園子の演技の意味が無くなってしまう。
彼女の言葉によって惑わされたコナンたちは、おかしいなと首を傾げながら部屋を出ていった。
「ああいうとこ見ると素直なガキンチョよねぇ」
「園子ちゃんの演技力も大したもんだね」
ふふっと笑う園子を褒めれば、さんは全く無さそうねとお言葉を貰った。うっ、耳が痛いです。恋には駆け引きも必要なんですよ!と力説する彼女に目を見開く。まさか年下にそんなアドバイスをされるとは思ってもみなかった。確かに、の演技力の無さではいずれ安室に気持ちが伝わってしまいそうだ。いや、もうもしかしたら伝わっているのかもしれない。
そこに、また扉が開く。現れたのは先程と同じくコナンたちだ。
「ここって本当に8号車?」
「8って言ってんじゃない!」
相当混乱しているのだろう、目を丸くしているコナンを見て、はふふと笑った。いつもと違って謎に翻弄されている彼を見られるのは楽しい。園子は園子で共犯者としての仕事を全うする為にガキンチョは部屋で大人しくしてろってーの!と彼らを外に追い出してしまった。
――園子ちゃん、容赦ないなぁ。彼女の様子にへらりと笑う。しかし、その数秒後。
「この部屋ってさぁ、本当の本当は7号車のB室だよね?」
先程とは違い、何かを確信したような顔で入ってきたコナン。それにだーかーらー、と眉を寄せて説明する園子だが、恐らく彼はもうこのトリックを見破ってしまったのだろう。だって、安室さんが事件を解決した時のような不敵な笑みを浮かべているから。
そして彼が推理した内容は今までのたちが取ってきた行動そのものだった。そんな彼に蘭は凄い!流石コナンくんと微笑んだ。園子は見破られたことに憤慨していたけれど。

 それからたちは8号車で寛いでいる筈の被害者役の男にもう真相が解かれてしまったことを伝える為に、元の部屋に戻ってきていた。この推理の招待カードは本来ならまだ列車の中に配られていない筈だったので、彼の口から何か分かるかもしれないと思って。
コンコンと扉をノックしておじさん、と声をかける園子だが返事はない。寝てるのだろうか、と呆れた様子の彼女はノブに手をかけ開いた。本来であれば閉まっている筈の扉だったが何故か開き、チェーンがかかっている為それ以上は開かなかったがその隙間から中を覗くことは出来る。
「おじさーん!早くチェーンロック外してよ!」
その為園子がまた中にいる彼に声をかけるのだが、どうやら米神から血を流したままソファでうたた寝しているらしい。人の部屋で呑気なおじさんだなぁ、とは思ったが彼女の言葉を聞いた途端真純とコナンが血相を変えて扉へと駆け寄る。
何かを呟いた彼らはとにかく扉を破ろう、と思いきり扉を引っ張った。バキッとチェーンロックが壊れて扉が開く。何をそんなに慌てているのか分からないたちは、真純が彼の目蓋を開いて確認しているのをただ見つめるだけ。だが、
「本当に死んでるよ」
たちを振り返って呟いた彼女に、たちは目を見開いた。
死んだ男を前に冷静さを取り戻した彼らはすぐに推理を始めた。流石、場数を踏んでいるというか可能性を出していく彼らには口を挟む暇はない。でも、何よりも先にこのことを車掌に伝えた方が良いのではないだろうか。はそう思ったが、が車掌を呼びに行くよりも先に彼がやって来た。
車掌と共に他の乗客も集まってきて、皆が殺人事件だということに驚く。真純が慌てる車掌に指示を出して、今は自分たちの部屋で待機することになった。
廊下で蘭が小五郎へと電話をかけている中、は溜息を吐いた。せっかく初めての女友達との遠出だったのに、まさか殺人事件に巻き込まれるなんて。殺人犯はまだこの車内にいるわけだし、気分はとてもダークだ。
「あれ?あなたも乗っていたんですね、安室さん」
「ええ、運良くチケットを手に入れて」
俯きがちだった所に、聞きなれた声がした。えっ、驚いて視線を上げればにっこり微笑んでいる安室がいる。あれ、何でここに安室さんが。突然の出来事に混乱したに蘭が安室さんが来ること知らなかったんですか?と訊ねてくる。うん、知らない。は彼から「僕も今日は出かけてくるよ」としか言われてないのだ。朝、出かける際に交わした言葉は一体何だったんだろう。
、吃驚したかい?」
「え、は、はい」
ぽかん、と彼を見上げているに安室が笑う。その驚く顔が見たかったのだと言う彼に、漸く彼がを騙していたのだということが分かった。何だ、もう吃驚した。安室さんに色々思い出話を聞いてもらおうと思ってたのに。
むすっとしているに友人との時間を邪魔したくなかったんだよ、と彼が頬を優しく抓ってくる。そんな顔しないで、と。それにどきっと心臓が跳ねた。ずるい、こんな突然触ってくるなんて。彼の手はすぐに離れていったけれど。
「だけど、そうもいかないようだね…」
「ええ、殺人事件が起こってしまったみたいで」
この騒然とした列車内の空気に安室はいつもの柔和な笑みから探偵の顔へと変わる。蘭がそんな彼に先程起きたことを報告すれば、彼は小五郎に任せた方が良いだろうか、と顎に手を当てていた。
「とにかく、は蘭さんと子どもたちと行動して。何かあったら大変だ」
「え、でも私助手として働かなくて良いんですか?」
ふむ、と頷いた彼はを見下ろしてそう言うが、は首を傾げた。は曲りなりにも彼の助手であるわけだし、何の役にも立たないかもしれないが一緒に行動した方が良いのではないだろうか、と。
だがそれに首を振る彼。
「大丈夫だよ。今日は折角蘭さんたちと一緒に来たんだし、彼女たちと一緒にいて」
あの時約束しただろ?なんて、ベルツリー急行に乗る時は蘭たちから離れないように、と彼が言ったことを思い出させる安室。はそう言われてしまえば頷くことしか出来なかった。
確かに、今まだ捕まっていない殺人犯がこの列車に乗っている以上、犯人から彼女たちや子どもたちを守る必要がある。だけど、彼だって同じなのに。
心配しないで、と手を振ってこの場から去ってしまった彼に、は眉尻を下げる。一人で行動する彼に、何も危害が及びませんように、と祈って蘭が呼ぶ声に今行くと返した。


22:何も知ろうとするな。アネモネに、知識はいらない。
2015/06/26
アネモネの花言葉「清純無垢」

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