分身のは少年探偵団にキャンプに誘われて共に群馬に来ていた。
ちゃんも一緒にベルツリー急行に乗りたかったなぁ」
「ごめんね、お姉ちゃんがそれに乗るからお母さんたちが行かないでって五月蠅くて」
ベルツリー急行に乗る為のパスリングを指に付けた歩美が不服そうにこちらを見てくるのに、眉を下げた。勿論、彼らに誘われたのだから行けないことは無かったが、本体が面倒くさいと判断したのだ。本体が蘭たちと行動するように、と安室から強く言われている為、分身が本体から離れて子どもたちと一緒にいることはあまり望まれていないのだろう。どうしてか、は分からないけれど。その為、の両親が来日するのだと彼らに嘘を吐いた。
「きゃあ!エッチー!」
「えっ」
突然隣の隣から聞こえてきた哀の悲鳴に隣にいるコナンへと視線を向ける。どうやら、コナンが哀に何かしようとしたらしい。それに光彦と歩美はコナンに非難の声を投げかける。も同じように彼らを見て、頷いた。
「セクハラで訴えられるよ」
「そりゃねーよ」
はは、と目を座らせて乾いた笑みを浮かべたコナンに、全くと呆れた。子どもだからって許されることと許されないことがあるんだよ。ましてや、コナンの場合は普通の子供たちより大人びているのだから。
暫くしてキャンプ場へと着いた。いつもは都会の中で暮らしているにとっては、こうも森に囲まれた場所で過ごすのは新鮮だ。ここに来るまでの車の中は大層窮屈だったが、このキャンプ場に着いてしまえば先程のことなど忘れてしまえた。
さん、焚き木を拾いに行くわよ」
「うん、待って哀ちゃーん」
阿笠とコナンがキャンプ場付近のお店へ買い出しに行くのを見届けて、テントを張り終った彼らは火を熾す為に必要な焚き木を集めに行くことにしたらしい。元気良く先頭を歩く元太に、たちは付いて行く。
燃えやすい細くて乾燥している木の枝を探しながら少しずつ拾って行った。
「あ、蛇の看板…」
「どうやら、あまり奥に行かない方が良さそうね」
が見つけた蛇注意の立て看板を見て、哀が冷静に頷く。歩美たちにもこれ以上奥へ行くことは止めてキャンプ場に戻ろう、と言う光彦にも賛成だった。一人なら蛇に咬まれても能力で弾くことが出来るが、流石に子どもたち全員を守りきることは大変だ。
しかし、好奇心旺盛な元太が何かを発見したのか更に先を行く。
「おい、皆。こっち来てみろよ。穴掘る音が聞こえるぞ!」
「埋蔵金ですか?」
元太の言葉に走り出す光彦。こらこら、本当に蛇が現れたらどうするんだ。も急いで彼らを追う。坂道を楽々走ってその音の出所に向かった。しかし、着いてみるとそれは埋蔵金などではなく、血を流した女性を埋めようとしている男の姿が。うわ、殺人現場か。
悲鳴を上げる子どもたちに「逃げないと!」と声をかけるけれど、彼らは犯人の男と女の遺体から目が離せないようだった。拙い、犯人はこちらを凝視している。このままでは口封じにこちらを殺そうとしてくるだろう。
「逃げて!!」
再度、追いついた哀の声で漸く彼らは身体が動き出したらしい。悲鳴を上げて逃げる彼ら。歩美の手を引っ張って駆ける哀を見て、は一番後ろにいた元太の手を引っ張って必死に走った。
悪魔の実を食べた能力者だと気付かれてはいけない制約がある為、戦うことは出来ない。そもそもこの世界で人を傷付けることは、自分の世界よりも遥かに厳しく罰せられるのだ。例え、自分たちの身を守るためであっても限度があるだろう。
「もしもし!?江戸川君!?」
哀がスマートフォンでコナンに電話をかけるけれど、留守番だったらしい。どうしてこんな時に繋がってくれないんだ。彼から阿笠に連絡が行けば助けてもらえるのに。はぁはぁ、と後ろから追いかけてくる犯人の男を見て、ぞくりと背中が慄く。とて不死身ではない。外的攻撃は食らわないとは言え、口と鼻を手で覆われてしまっては他の人間と同じように苦しくなるし、普通の人間が死ぬような目に遭えば消えてしまう。そうしたら、彼らを守ることは出来なくなるのだ。
「きゃあ!!」
「歩美ちゃん!」
地面の窪みに足を取られた歩美が転んだ。それに皆が足を止める。地面に手をついてもう走れないと泣き言を洩らす彼女を見て、どうすれば良いのかと周囲を見渡す。このままでは犯人に追いつかれて捕まってしまう。
しかし、光彦が山小屋を発見したことによって、一端そこに避難することが決まった。
「歩美ちゃん、行こう。大丈夫だよ」
起き上がれない彼女の手を掴んで立たせる元太と光彦を見て、彼女を励ます。漸く山小屋に入って鍵を閉めた所で安心した。はぁ、と溜息を吐いて真っ暗な小屋の中を見渡す。とにかくまずはこの小屋の中を調べないと。
光彦と共に他に入口が無いかと調べて回っていた所、彼が派手に転んだ音がした。
「大丈夫か光彦!」
「ええ、大丈夫ですよ。床が濡れて――」
急いで彼の元に向えば、元太が向けた光で血に塗れた斧が暗闇に浮かび上がった。それに悲鳴を上げる彼ら。ここで、さっきの男が女を殺したのだろう。見た感じまだ血は乾いていない。
ということは、さっきの男がこの現場に戻ってくる可能性は大いにあるわけだ。急いでこの小屋から出ないと、と扉に駆け寄る元太たち。だが、彼が扉に手を触れるより前にガタガタッとそれが揺れた。
「やっぱりさっきの男が戻ってきたのか?!」
「ちょっと話しかけてみませんか?たまたまこの山小屋を訪れた人かもしれませんし」
慄いて扉から離れる元太に、光彦が果敢にも提案するが、その直後に大きく扉が揺れたことでそれは叶わなくなった。あんなに扉をガタガタ乱暴に揺らす人物が犯人ではないなど考えられない。
はどうするべきか、と本体に意識を飛ばした。しかし、今はどうやら昼寝中らしい。使えない!!傍に安室がいたなら彼に指示を仰ぐことも出来ただろうに。何の為に意識を共有しているのだ。
「間違いないわ、扉の向こうにいるのはさっきの遺体を埋めた殺人犯よ」
目付きを鋭くさせてそう言う哀に歩美たちが顔を青くする。暫くガタガタと扉が揺れていたけれど、暫くするとそれは収まった。犯人がここからいなくなったのだろうか。それとも、いなくなった振りをして扉の外で待ち構えているのだろうか。
何にせよ、早くこの事態に阿笠たちに気付いてもらわないと。哀はどうやらコナンから風邪を貰ってしまったようだし、冷静で歩美たちをまとめ上げる彼女が倒れてしまったら大変だ。


 あれから2時間経った。外からは相変わらず変な音はしない。諦めて逃げたのかも、と言う歩美に光彦と元太がそれじゃあ扉を開けて確認しようとする。
「駄目よ、そう思わせておいて外で待ち構えてるかもしれないわ」
「元太くん、待って」
哀の言う通りだと彼に近付いて止めようとするけれど遅かった。がたん、と木の板の鍵を外して外を見た元太だったが、予想に反して殺人犯はそこにいないようで。ほっとしたのも束の間、扉が開かないように鎖が欠けられていることに気付く。
まさか、犯人は。閉じ込められたと慌てだした彼らから意識を外して周囲に向ける。何やら、焦げ臭い。そう、まるで何かが燃えているような。同じようにそれに気付いた歩美が焦げ臭いと声を上げた。
「もしかしたら、犯人はこの小屋ごと私達を燃やすつもりなのかも」
「ええ!?どーすんだよ!」
「慌てないで、窓から逃げられる筈よ」
耳を澄ませば、ぱちぱちと何かが爆ぜる音が聞こえる。音の出所を探すように室内を歩き回って壁に耳を当てれば、一つの窓の外から炎が上がっているのだということに気が付いた。
の言葉によって慌てだした元太に哀が窓を指す。しかし、そこは釘が打ちつけられてあって、とても子どもたちが開けられるような状況ではなかった。

相当まずい状況だ。煙が小屋の中に充満し始めて新鮮な空気が無くなりつつある。哀が始終咳をして苦しそうだし、何より熱気もある。
なるべく煙を吸わないようにと床に這いつくばっている状態だが、もう正直煙がない場所なんて無い。苦しそうに息をしている歩美を見て焦る。
「元太くん、歩美ちゃんを扉の近くにして」
「あ、ああ!歩美、しっかりしろ!」
いつの間にか哀が消えていることに不審に思いながらも、は今はとにかく歩美をどうにかしないと拙い、と彼女を扉の付近へ動かすように指示を出す。ゴホゴホ、と咳をしながらも何とかまだ動く元気がある光彦たちに安心した。
「2人はここで歩美ちゃんを見ていて。私は哀ちゃんを探してくるから」
「ええ!?本当です、灰原さんがいません!」
ハァハァ、と自身も相当煙を吸っているから意識がはっきりしていないが、自分自身のことよりも彼らの方が心配だ。意識を失ってしまった歩美を彼らに任せて、は背後にある扉を開けて進んだ。
「哀ちゃん!哀ちゃん!!どこにいるの!?」
彼女の名を呼びながら2階へと続く階段を上っていく。こんなに煙が充満して小屋が燃え盛る中、彼女はいったいどこへ行ってしまったのだろうか。炎がじりじりと肌を焼く中、はぁはぁと荒い息をしながら煙の向こうを眺めていると、ぎし、と階段が軋む音がした。
「哀ちゃん!?」
「はぁ、はぁ…」
しかし、現れたのはフードを深くかぶった女だった。探していた彼女ではない。しかも、その手には血に塗れた斧を持っている。まさか、あの殺人犯以外にも凶器を持った人物がいるなんて。それでは、哀は。
斧を凝視していたに、女は苦しそうにしながらも言葉を発した。
「大丈夫よ、今…助けるから……」
はぁはぁと彼女自身辛そうな様子であったが、ずりずりと壁に身体を凭れさせながらも歩く。その様子をただじっと見ていることしか出来なかった。フードで顔は隠れているけれど、どことなく聞いたことがある声に、力が抜けてしまったのだ。
「ぎゃああああ!!」
元太たちの悲鳴にはっと意識を取り戻した。相当煙を吸ったおかげでまともな判断が出来ていなかったらしい。燃え盛る炎の中、これ以上哀を探すことは不可能だ。それに、先程現れた女も気になる。
危害を加えることはないと直感的に悟って放心していたが、今は彼らの所に戻らないと。だっと駆けて先程の場所へと戻る。そうすれば、斧で扉にかかっていた鎖を壊した女が「早く!」とに向かって叫んだ。それに頷いて外へ出る。
「ゲホッゴホッ」
「良い?知っている人が来るまで息を潜めて隠れていなさい!」
歩美を抱えた女がそうたちに指示をする。それに頷くも、はその顔から目を離せなかった。あまりにも哀に似ていると思って。きっと、彼女が成長したらこんな顔になるのではないかと思ってしまう程の容姿。
裸足でどこかへ向かおうとする彼女に、は待ってと声をかけた。
「お姉さん!哀ちゃんは知らない!?」
「…ああ、あの子なら私が先に助けて安全な所まで逃げるように言っておいたわ」
一度振り返った彼女の言葉に光彦たちはほっとしたようだった。だけど、の疑問はそこで終わらなかった。でも、いつ、どうやって。あの燃え盛る炎の中で哀を助けたとして、どうやって外へ逃がしたのだ。そう思ったが、彼女は急いで走って行ってしまった。
――まさか。
は悪魔の実を食べてこうやって分身を作り出すことができるから彼女たちの類似点が分かる。あまりにも哀に似すぎている彼女が、もしかしたら哀なのではないかと、そう思ってしまうのだ。だけど、仮にそうだったとして、彼女がそれを隠している理由は分からない。
木陰に隠れながら、はコナンと阿笠が来るのを待った。今は何とかこの子たちを守らないと。


21:炎の中の真実
2015/06/25

inserted by FC2 system