の本体と分身は警察にこの間の誘拐事件のことで事情聴取を受けていた。事情聴取には身分証明書が必要だったが、そこは安室がどうにかしてくれたおかげでがこの世界の住人ではないということは露呈していない。
分身の付き添いとして本体も一緒に来たわけだが、分身は車に乗って暫くしてから眠ってしまったので、ほとんど参考になることはなかっただろう。
「まぁ、あなたの妹さんが無事で良かったわ」
「佐藤さん、ありがとうございます」
今日の事情聴取を行ってくれたのは、以前アイスクリームを一緒に食べて写真を撮った佐藤だ。最初に部屋に入って彼女と顔を合わせた時には驚いたが、その後お互いに自己紹介をして警察に調べられるというよりは知り合いに話を聞いてもらう、といった雰囲気になり、も初めての事情聴取に安心出来た。
気を付けて、と手を振る彼女に分身と一緒にお辞儀して警察署を出る。そして、分身がコナンたちと一緒に他所のお宅でバーベキューをするらしいので、予め聞いておいた住所に向かうことにした。
 数十分程歩き続けて、漸くその家に辿り着いた。庭先で既にバーベキューを始めているコナンとこの家の主人である紺野宅司と純夏を発見する。
「こんにちは、今日はお誘いいただきありがとうございます」
「いやぁ、どうぞどうぞ」
分身を阿笠たちの方に差し出して、は紺野夫妻にお辞儀をした。は安室と一緒に食事をする為ここに留まるつもりはないことを彼らに伝えながら。ちゃんと礼儀正しくねと安室から言われていた為、彼に渡された菓子折りを彼らに渡す。それに、気を遣わないでくれて良かったのにと微笑む彼ら。
よし、安室さんちゃんとできましたよ。
ちゃんのお姉さん本当にそっくりなんだね〜!」
「お綺麗ですねぇ〜!」
「名前まで一緒ってスッゲーな!!」
紺野夫妻との会話が一段落したことで、今まで本体と分身の顔を見比べていた子どもたちが目をきらきらさせてに群がってきた。阿笠も本当にそっくりじゃなぁと笑いながら。何気に光彦の言葉が一番嬉しかった。子どもの素直な言葉で褒められるのは願っても無いことだ。ああ、でも知識が豊富な光彦ならお世辞を言うことが出来てもおかしくないか。
いつも分身の目から彼らのことは見ていた為、彼らの扱いは多少なりとも分かる。そうなんだよねぇ、と笑って彼らの頭を撫でればきゃいきゃいと騒ぎ出す三人。可愛いなぁ。
コナンくんと哀ちゃんにも、と思って手を伸ばせばコナンはあどけない笑みでを見上げたが、彼女はぷいと顔を背けてがその頭を触る前にコナンの後ろに隠れてしまった。
「お姉ちゃん嫌われた〜」
「うるさい…」
今まで傍観していた分身がニヤニヤとしながらこちらを見上げてくる。分身が哀とは普通に話せているのに本体は警戒されていることを面白く思っているのだ。分身も本体も元は一緒なのにそうやってからかってくる彼女を見て、少しだけ腹が立つ。良いもん、哀ちゃんに認めてもらうまで頑張るし。
「哀くんは人見知りなんじゃよ。気にせんといてくれ」
「そうですか。じゃあ博士、妹をお願いしますね」
とりあえず彼らとの会話は楽しんだし、もうそろそろこの家を出ないと安室との待ち合わせ時間に遅れてしまう。普段から阿笠邸へお邪魔して楽しんでいる分身を、いつものように彼へと託す。頼りになる阿笠も紺野夫妻もいるし今日は何も起こらないだろう、と思いながら。面倒を見てくれる彼は本当にありがたい存在だ。
「安室の兄ちゃんとのデート楽しんで来てね」
「そ、そんなんじゃないよ!!」
紺野宅を出る際に、何故かにっこり笑ったコナンから何もかもを見透かしたような言葉を貰い、は動揺に顔を赤くしながら彼らと別れた。


 午後2時という、昼食には少し遅い時間ではあるがは安室と共にフレンチレストランへと来ていた。どうやら彼は、今度この店を依頼人との話し合いの場として使うらしく、下見がしたかったらしい。
見るも艶やかな料理に舌鼓を打ちながら、は安室と会話する。下見と言っても、こんな美味しいお店で安室さんと一緒にご飯が食べられて幸せだなぁ。
美味しい、美味しいと言いながら食べていくを見て、そんなに美味しいかいと笑う安室。きっと大げさだと思ったのだろう。安室さんと一緒に食べるから美味しいんだよ、とは絶対に言わないけれど。
「美味しいですよ。あ、だけどやっぱいつも安室さんが作ってくれる料理の方が好きですけど」
「――そう。それは良かった」
ぱくり、とまた一口料理を食べて彼にこの美味しさを伝えるが、それと同時にいつも食べている料理の味を思い出す。安室の料理はプロのように洗練されたものではないが、彼の料理の方が愛情が籠っているような気がしては好きだった。特に、彼がたまに握ってくれる塩おにぎり。あの程よい塩加減と米のバランスが、母親に作ってもらった覚えもないのに、どこか母親の味だと思ってしまうのだ。
しかし、その言葉を口にしてから自分の発言の恥ずかしさを自覚した。うわ、何も考えないで言ってた。どきっと心臓が跳ねて彼を見れば、きょとんとした後に微笑む。いつも作ってる甲斐があるよ、と言いながら。
その柔らかな視線に顔が熱くなる。コナン同様、彼もまた自分の気持ちを何もかも見透かしているのではないかと思って。
「ん……?」
「どうしたんだい」
しかし、そんな動揺も分身の状況を目にしてしまえば消えてしまった。どうやらあの紺野夫が包丁で妻を刺してしまったようだ。どうやら不可抗力だったらしい。まだ妻は亡くなってないので救急車を呼んだようで、今から病院へ向かうようだった。
また巻き込まれている。そう思ったは、この食事時にと思わなくも無かったが安室にこのことを伝えた。それに頷く彼。
「まぁ警察が来るし大人が傍にいるから彼らに任せようか」
「そうですか」
特に子どもたちが危険に曝されているわけでもなく、の言葉からただの事故だと判断した彼は食事をして帰ろうと言う。はそれに頷いて止まっていた食事を再開した。


 無事に紺野夫婦の事故は解決したらしく病院から帰ってきた分身。吃驚したよ、と言ってぽんと消えてしまった彼女を見てから分身が身に着けていたバッグをしまう。散らかしたまま消えないでよ。まあ許可したのは自分だけどさ。
そこにお風呂が沸いたことを知らせる音が鳴る。それを聞いた安室がキッチンから顔を覗かせての名を呼んだ。
「先に入っておいで。その間にの好きな僕の料理を作ってるから」
「あー、ちょっともうそれ忘れてくださいよ」
フレンチレストランでの言葉を覚えていた彼は、が恨めしそうに見やるのを眺めて笑っている。風呂に先に入るのは別に良いけれど、彼は余計な一言が多いのだ。
その言葉を口にして恥ずかしかったは今すぐにでも彼に忘れてほしかったのだが、彼は嬉しかったから忘れないよと意地悪をする。嬉しかったのか。思わぬ彼の感情の吐露に「へ、へぇ」と頷く。
私の言葉で嬉しくなってくれたんだったら、まぁ別に覚えていてくれても良いか。なんて、あまりにも単純すぎる思考に陥った。
そんなこんなで簡単に丸め込まれたは風呂場へ向かう。ぱぱっと服を脱いで浴室の扉を開けた。ふと、鏡に映る自分の姿に吸い寄せられる。否、が吸い寄せられたのは、鏡に映る右肩の銃創だった。
もう傷口も塞がって、新しい皮膚へと変わっているそこ。だけど、痕は残っている。この傷を作った時、は別に気にしなくて良いと思っていた。それは、今となっては少し変わってしまった。安室が好きだと分かってしまったことで、この傷を愛しく思えるのだ。彼を守って受けた傷。名誉の負傷だ。
へへ、と小さく笑う。シャワーを浴びながらこの傷痕に指を這わせた。指先から伝わる、肌の凹凸。これを失くしたくないなぁ、と思った。普通の女性だったら、きっと何としてでも傷痕なんて消したいと思うだろうけど。
ちゃぷり、と湯船に身体を横たえる。最近少しずつ寒くなってきて、日中に冷えた身体を温めるにはもってこいの温度だ。
 かくん、と揺れた頭にはっとした。やばい、風呂場で寝てたなんて。いつの間にか湯船の中で寝てしまっていたことに驚いた。身体の力が抜けた状態で寝たりしたら溺れて死んでしまう。しかしどうやら寝ていたのはそんなに長くなかったらしい。ほっとして頭と身体を洗って浴室を出る。タオルを身体に巻いて髪の毛を乾かしている所、コンコンと洗面所の扉がノックされた。タオル一枚だけのこの状況に、心臓が飛び跳ねる。
、大丈夫?」
「すみません、今出ました」
扉越しに聞こえる安室の声に心臓を五月蠅くさせながら応える。どうやらいつもより風呂から出てくる時間が遅くて心配してくれたようだった。寝ていた、なんて言ったらまた小言を貰いそうだし黙っとこう。
彼はが応えたことで納得したのか、早く出ておいでと言ってリビングに帰っていった。
髪の毛を乾かすのも時間がかかるし、先にご飯食べよう。安室を待たせては悪い、と洋服を素早く着て濡れた髪のままリビングに入る。そうすれば料理を並べた彼が、その頭を見て声を上げた。
「先に乾かさないと風邪ひくよ」
「でも…」
「でもじゃないだろ」
腹が減り始めたは目の前に並べてある料理を見て、それを食べずに髪の毛を乾かすなんてことは苦行である。安室さん待たせちゃ悪いし、とごにょごにょ言い訳をすれば溜息を吐いて彼がを洗面所へと誘導する。
ほら、座ってと椅子に座らされたはドライヤーを取り出した彼に髪の毛を乾かされていく。は彼の手が髪と髪の間を縫って梳いていくのが心地良くて目を閉じた。また寝てしまいそうだ。
は本当に僕が傍にいないと駄目だな」
「え?何ですか?」
「何でも」
ブオオオ、とドライヤーの音が五月蠅くて彼の声が聞き取れない。だけど鏡越しに彼が穏やかに笑っているから、まあ良いか。なんて思って、はまたその暖かさに目を閉じた。


20:僕無しじゃ生きられない、って言いなよ。
2015/06/24

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