運転席に圭、その隣にコナン、そして分身のはコナンの後ろの席に座って夜の街を走っていた。
「何で刑事さんに免許証を見せなかったの?」
「ブスに映ってるから見られたくなかったのよ」
コナンが彼女に話しかけているのを黙って聞く。何でコナンくんは部屋に戻らないで彼女についていくことにしちゃったんだろう。はぁ、と溜息を吐きたくなるのを我慢して窓の外を眺める。
あの時、トイレに行っていた彼を廊下で見つけた後、彼は玄関に向かう圭を見つけての手を引き彼女に近付いたのだ。何やってんの、と圭とコナンの行動の両方に驚いていたを蚊帳の外にして、コンビニへ向かうという彼女に付いて行くことに決めたコナン。
「ええ、ちょっと待ってよ」
「良いだろ、一緒に行こうぜ」
何か変なことに巻き込まれそうだ、と思って彼の手から逃れようとするけれどその拘束は意外に強かった。仕方ないか、と諦めて彼に付いて行くことにする。圭が変な行動をしていることは確かだし、それを安室に伝えたら役に立てるかもしれないから。それに安室の傍には本体がいるし、何かあっても大丈夫だろう。
そう思って付いて来たが、運転をする圭からは嫌な感じはしない。優しい面持ちでコナンの質問に答えているし、何より彼女が誰かを傷付けるような人には見えなかった。
それに、彼女は美味しいフルーツジュースを与えてくれたし。少し喉が渇いていたにとってはそれはありがたく、先程から飲んでいる。前にいるコナンも美味しいよと言っているから同じように飲んでいるのだろう。
だが、急激に襲ってきた眠気にはその手からペットボトルを床に落とした。


 安室と共に盗聴器を探している最中に、分身の意識が途切れたことに気付いた。それに思わず眉を寄せる。もしかして、あの時彼女から渡されたジュースに何か薬が入っていたのか。
うわ、そう言えば安室さんに簡単に人から食べ物を貰うなって言われてた。小五郎と蘭が別の部屋に向かったのを見計らって安室に声をかける。
「ごめんなさい、貰った飲み物に薬が入っていたみたいで意識が…」
らしいね」
盗聴器を取り外した彼が立ち上がって、ぽんと頭に手を乗せる。仕方ないなぁというように緩められたその顔に、唇を尖らせた。折角安室さんの役に立つと思ったのに。
眠らせているだけだろうけど、少し心配だね。顎に手を当てて小五郎たちが向かった部屋に安室が近付く。彼についてその部屋に入るとより一層腐敗臭のような異臭が嗅覚を刺激した。
どうやらこの部屋にも盗聴器がしかけられているらしい。この嫌な臭いに頭がくらくらする。安室たちがベッドの下から大きなスーツケースを取り出しているのを見ながら壁際に寄りかかって気持ちを落ち着けようとした。
「きゃあああ!!」
しかし、蘭の悲鳴にはっと意識を取り戻す。彼らの身体の隙間から、そのケースの中に細身の男が無理やり押し込められているのが見えた。死体か。
先程感じた嫌な予感は、これだったのか。死体の腐敗臭で故郷の記憶を呼び覚まされたは、少し気分が悪くなったからと一言伝えて外の空気を吸おうと玄関に向かった。
「はぁ……」
玄関の外で何度か深呼吸をしていくうちに、肺の中に溜まった臭いが無くなっていき気分もましになった。
そろそろ戻ろう、と玄関の扉を開けて彼らがいる部屋へと足を向ける。その最中に、蘭が阿笠に電話している声が聞こえた。
、大丈夫かい?」
「はい。もう大丈夫です」
安室に体調を心配されて、頷く。これ以上、彼に心配をかけさせるわけにはいかない。小五郎から分身とコナンが圭の手によって捕えられている事実を聞いて、だから蘭がこんなに慌てた様子で博士に電話をかけていたのだと分かった。一応、妹が攫われたということなので、コナンの無事を心配する気持ちを妹への気持ちとして手を握り締める。分身が起きていたら、まだ彼を助けることができたかもしれないのに。
 窓を開けて換気をした後、安室がこの家の家主は樫塚圭ではなく男だったと気付き、また2億円強盗事件に酷く興味を持っていた事実が判明したことで、小五郎は部屋のパソコンを開いてその中にある情報を確かめようとしていた。しかしパスワードがかかっているらしく、そこから先に進めないようで眉を下げている。
漸く最近スマートフォンのメール機能を使いこなせるようになってきたにとっては、パソコンなんてものは理解の範疇を越えている。自分が出る幕はないと思って、黙って彼らの行く末を見守ることにした。
「あー…お2人はパスワードとかどうされてます?」
何やら机の下を覗きこんだ安室が、小五郎たちに訊ねる。それに最初は語呂合わせや生年月日と答えた彼らであったが、安室の導きによって小五郎がごそごそと机の下に手を伸ばし、そこにパスワードが書かれたメモが張ってあるのを発見した。
――何で起きている時の毛利先生はこんなに頼りないんだろう。
そんな彼を見て、疑問に思う。寝ている時に推理をするなんて、最初は馬鹿げていると思ったけれどいざそれを見た時は凄いということが分かった。何しろ、起きている時の彼とは印象が違う。正しく出来る探偵、といった雰囲気だった。それが、今は少しばかり頭の回転が遅い気がする。推理すら出来ないに思われたくないだろうが。
もしかしたら寝ないと力が発揮できないタイプなのかも。の世界にも、そういう者が一部いた。
「おいおいおい!こいつはこの前の銀行強盗の計画書じゃねぇか!」
パスワードを解除して無事に得られることが出来た情報を見て、小五郎が驚きの声を上げた。マウスを動かすと三人の男女が銃を持って映っている写真も載っており、かなり大胆なことをしている。
その中で分かったことは、写真に写っている男2人が探偵事務所で拳銃自殺した者と、この家でスーツケースに押し込められて死んでいた者だということだ。
もしかして、この女の人危ないんじゃないだろうか。一人だけ載っている女の姿を、そう思いながら眺める。もし圭がこの2人の男を殺していたとしたら、この女が狙われない理由は無さそうだ。
更に強盗犯がやり取りしていたメールから女の住所が分かり、そこに向かうことになった。


 車で女の住居へ向かう最中に、蘭がコナンからメールが着ていたことに気付いたらしい。その内容に、うっと眉が寄る。分身のが何も疑いもせずにジュースを飲んで寝てしまっているようなのに、どうやら彼はそれを飲まなかったようだ。
あの優しそうな彼女の笑みに騙されないなんて、コナンはいったいどんな子どもなんだろう。小五郎の隣でそんなことを思いながら居心地の悪さを感じる。どうにも小学生のコナンの頭の作りの方がより優れているらしい。
「あのガキ…探偵気取りかよ」
「子どもの好奇心は探偵の探究心と相通ずるものですから」
隣で呆れたように溜息を吐く小五郎に、バックミラー越しに安室が呟く。その際に、彼が窓の外をちらりと見て後ろを確認するのが分かった。子どもの好奇心、か。確かにコナンには少々好奇心が強すぎる気があると思う。蘭はそんな彼と一緒にいて面倒を見ているのだ、彼のことが心配で仕方がないのだろう。
サイドミラーに映る、陰りが差した彼女の顔に、憂鬱な気持ちになった。友達を励ます言葉も思いつかないなんて。きっと大丈夫だよ、なんて当てにならない言葉を聞いても彼女の気持ちは軽くならない。
「気休め程度にしかならないと思いますが…」
だが、そんなの苦悩を取り払うように安室が声を上げる。検問を突破しなくてはいけない以上、人質が死んでしまったら意味がないから、コナンたちには危害は加えられないだろうと。それはコナンとの分身の両方に言えることだった。
それに対して小五郎は可能性の一部としてコナンたちが巻き込まれるかもしれないことを話す。とにかく、急いで損はないのだ。先程よりややスピードを上げて前を見据える安室。は未だに意識を手放している分身に起きろ、と命令するのだが、それでもまだ分身は深い眠りに落ちているようだった。
「何ぃ!?小僧たちが乗っている車が大石街道を北上しているだと!?」
「大石街道ってこの道じゃない!」
突如小五郎の携帯電話にかかってきた連絡に、車内が騒然とし始めた。青い小型車、と特徴を確かめ始めた彼に窓の外を見てその車を探す。
目の良いが向かいからやって来る青と赤の車を視界に入れて「あっ」と声を上げたと同時に安室が「何かに捕まって」と指示を出す。
今まで向かっていた方向と反対車線へと飛び出した車に身体が揺れる。うおっと驚いた小五郎を支えて、前を走る赤と青の車へと目を走らせた。あの車に分身とコナンくんが。突如、前を行く赤い車の運転席から茶髪の男が身体を乗り出すのが見えた。あれは、確か。
赤い車を追い抜く際に、彼の顔がちらりと見える。いつか、ランニング中にお腹を空かせたに肉じゃがを与えてくれた男だ。
「毛利先生はそのままシートベルトを締めていてください。蘭さんはシートベルトを外してこちらに」
もシートベルトを外して、毛利先生の方へ。そう、前を見据えたまま冷静に支持を出す安室に従うたち。隣を走る青い車を見て、彼が何かをするんだということは分かった。ぐい、と蘭の肩を掴み安室が引き寄せる。それに小五郎がおい!!と声を荒げるが、は落ち着いてと彼を宥める。
正直、蘭が羨ましかった。私とそこを交換してほしいと思った。だけど今はそれ所ではない。それに、
、毛利先生を頼んだよ」
彼がそう言うから。信頼してくれている様子の彼の言葉だから、は頷く。瞬間、横を走るコナンたちが乗った車の前に車体をすべり込ませる安室。
「きゃああ!!」
「うおおお!」
ガシャアン!!と破損する車体の左側に、自分の身体は傷つかないと分かっていながらも驚く。いつの間にか、小五郎に抱き寄せられていたは咄嗟に彼が自分を守ろうとしてくれていたことが分かった。さっき、頼りないとか思ってごめんなさい。毛利先生は頼りがいのある人です。
「毛利先生、怪我は…!」
「ああ、ちゃんも無いか?」
「はい」
だが、何よりも先に小五郎の怪我の有無を確認する。そうすれば、彼は頷いての背中越しの車体を見て顔を青くさせた。とにかく、誰も怪我をしていないようで良かった。
小五郎に気遣われて身体を支えられながら車を出る。コナンはバイクに乗った中性的な人の手助けによって無事だったみたいで。それなら、後は分身を回収するだけだ。彼女は急いで車に駆け寄って後ろの座席からすやすやと眠っている分身を抱きかかえる。全く、コナンくんが大変な時に呑気に寝ていたなんて、大人としては本当に申し訳ない。はぁ、と溜息を吐いてコナンの無事に安堵した。
――何だか、大変な一日だった。ふうと溜息を吐いて安室の所に戻れば、彼は何かを考えてこんでいる様子。どうしたのだろう。だが、今自分が話しかけても邪魔になるような気がして、彼女は彼に話しかけないことにした。
そんな彼を通り過ぎ前に止まっている赤い車に、そう言えばと近付く。窓ガラスから中を覗けば、やはりそこにいたのはあの時の男性だ。
「あの時のお兄さん!」
「おや、もしかしてコナンくんと一緒に誘拐されていたのは君の妹さんでしたか」
嬉しくなって、声をかけてみれば相手もこちらを覚えていてくれていたようだ。ちらり、と抱きかかえられている分身に目を寄こした彼にそうなんです、と頷く。無事に帰ってきて良かったですね、と微笑む彼にはいと分身を抱きかかえる力を強くした
そんな2人を、否、沖矢を敵意の籠った目で安室が見ているとは知らずに。


19:少しずつ巻き込まれる
2015/06/23
コナン「こいつジュース飲んだのかよ…」

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